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2008年11月30日 (日)

ムソルグスキーとドヴォルザークの演奏会を聴きに行く

今日(11月29日)の午前中は、Jaynes-Cummings modelの崩壊・復活現象に関する研究の続きをする。Jaynes-Cummings modelの厳密解では、しばしば、非常に取り扱いの困難な無限級数に出くわすことがある。級数のindexをnとして、nを0から無限大の和で取る際、n番目の項が、nの平方根に比例する値を変数とする三角関数となっているのである。(通常のFourier級数では、和を取る各項が、nに比例する値を変数とする三角関数の形をしている。つまり、Fourier級数は波長の比が整数倍のモードの重ね合わせになっている。物理学に出て来る級数というのは、多くがこの形と考えてよい。しかし、Jaynes-Cummings modelの厳密解では、波長の比が整数の平方根となるモードの重ね合わせが出て来てしまうのである。)20081129blog

この無限級数を上手くさばくために、自分は、Whittaker & Watsonの物理数学の教科書に出て来る、とある公式を使ってみた。(このアイデアは、もともとは、A. B. Klimov, S. M. Chumakovが考え出したもののようである。)その結果、無限級数は、1個の定数項と3個の定積分項で表すことが出来た。ここまでは良かったのだが、そこから先が進まなくなってしまった。

定積分の被積分関数に、gamma関数の-1乗が含まれていて、簡単には積分出来そうにないのである。このgamma関数は、もともとは、無限級数の各項に含まれるnの回乗の逆数を、全複素平面上に解析接続するために、自分が少々無理を承知で導入したものである。これを思い付いたときは、自分で勝手に良い工夫をしたと思い込んでいたのだが、今になって、それが仇となってしまっている。困ったものである。

この研究は、もう一つ、自分で新しいアイデアを思いつかない限り、先へは進めない気配である。早く結果を出して、年内にも新しく論文が書ければと考えていたのだが、見通しが甘かったようである。

夕方、ティアラこうとうコンサートホールに出掛ける。江東シティオーケストラの演奏会を聴きに行くためである。アマチュアの演奏会ということで、入場無料であった。ティアラこうとうでオーケストラを聴くのは、これが二度目である。

曲目は、ムソルグスキー「はげ山の一夜」、ドヴォルザーク「チェロ協奏曲ロ短調作品104」、ムソルグスキー「展覧会の絵」、であった。コンサートの途中、チェロのソリストによるアンコールが一曲演奏された。聴いたことのあるメロディーだったが、曲名は分からなかった。コンサートの最後に、アンコールでラヴェルの曲が演奏されたのだが、これも知らない曲だった。

会場は、ほぼ満員だった。自分は、このことに少し驚いた。アマチュアのコンサートなのに、大した人気である。江東区にはクラシックファンが多いのだろうか、と真剣に考えた。

自分は、「展覧会の絵」のCDを持っており、しばしば聴いているので、この組曲のメロディー、構成は、大体覚えているつもりである。しかし、実際に演奏されているのをこの目で見て、いろいろ新たな発見があった。特に、この「展覧会の絵」という組曲では、打楽器類が非常に多用されているということに気が付いた。ティンパニー以外に、シンバル、木琴、トライアングル、銅鑼、それから名前も知らないすりこ木のような音を出す楽器まで、いろんな種類の打楽器が効果的に使用されていた。打楽器奏者も4人ぐらいいて、演奏中しょっちゅう立ち位置を変えて、順次、各楽器を使い分けていた。曲の最後の場面(「キエフの大きな門」のラスト)では、銅鑼の物凄く大きな音が鳴り響き、結構、度肝を抜かれた。CDを聴くだけでは想像できないシーンであった。

例えば、モーツァルトやベートーヴェンの交響曲では、このような、派手な打楽器の使い分けは、ちょっと考えられないのでは、と思ったりした。「展覧会の絵」は1874年にムソルグスキーが書いたピアノ曲を、1922年にラヴェルという人がオーケストラ用に編曲し直した、ということである。自分は、古典的な音楽の年代から離れた、ラヴェルという20世紀の人でなければ、こんな編曲は出来なかったのでは、と考えた。(この考えは、単なる自分の見当はずれかもしれない。自分は、格別、クラシック音楽に詳しいわけではない。このラヴェルという昔の有名な作曲家の編曲に対する自分の持った感想は、単なる素人の持った感想に過ぎない、と考えて、読み進めて下さい。)

理論物理においても、古典的な物理と現代的な物理(量子力学)の分類は、極めてはっきりとしている。(そうでもないという意見も存在するのだが。)自分は、組織立った理論物理を最初に建設した人は、やはりニュートンだろうと考えている。理論物理と数学の交流を最初に明確にしたのも、やはりニュートンだと思う。

その後、理論物理は、ファラデーやマクスウェルの電磁気学、アインシュタインの特殊相対性理論、一般相対性理論へと発展を遂げていく。(マクスウェルとアインシュタインの間にも、様々な理論物理の発展はあったわけだが、ここでは省略する。熱力学、統計力学、流体力学等の発展も重要だが。)アインシュタインの一般相対性理論(1915年)で、古典物理学は完成されたと考えていいだろうと思う。(もちろん、カオス系等の古典物理学における重要事項の再発見は、20世紀の後半で強く認識されるに至っているのだが。)

1925年に産声を上げた量子力学を筆頭とする現代物理学は、やはり、これらの古典物理とは大きく世界観がかけ離れていると思う。音楽や美術(絵画)の世界で、古典的な芸術と現代的な芸術が対比されるように、理論物理においても、古典論と量子論は、強く対比される構造を持っていると、自分は考えている。

自分は、大学院生時代、1980年代後半からの数理物理の発展を追いかけざるを得ない立場にあった。そうしないと、博士論文が書けない状況だったのだ。超弦理論の発展があって、それに誘発された数理物理をマスターしないと時代に乗り遅れてしまう感じがした。conformal field theoryを初めて勉強したときは、出来のいいパズルの話を聞かされているようで、「これって物理と言えるのだろうか」、と不思議に思った記憶がある。

しかし、では、自分は、そのような1980年代後半からの、現代的な物理数学をきちんと理解出来たかと言うと、答えはノー(「否」)である。大学院生時代、自分は五里霧中の中にいて、溺れかけているような状態だった。新しい物理数学の波に全く乗れていなかった気がする。

今の素粒子論は、一体どんな状況にあるのだろうか、と時々ふと考えたりする。M-theory等の登場を耳にするが、それがどんなものなのか、自分の理解の範疇を完全に超えた存在のような気がする。

今日は、アマチュアのクラシックコンサートをきっかけにして、いろんなことを考えてしまった。(この文章は、11月29日の夜11時過ぎに書き始めたため、書き終わった時点で、翌日の11月30日の日付となってしまいました。)

11月30日の出来事をここに書くことにする。

朝起きて、Jaynes-Cummings modelの崩壊・復活現象に関する研究の続きをする。Jaynes-Cummings modelの厳密解には、取り扱いに苦労する複雑な形をした無限級数が出て来る。自分は、この無限級数を、何とかして、数個の定積分項に変形することが出来た。(その際、A. B. Klimov, S. M. Chumakovの論文で提案されている方法を採用して、Whittaker & Watsonの物理数学の教科書に掲載されている公式を使用した。)しかし、得られた表式に対して、解析的に積分が実行出来なかった。そこで、試しにMathematicaで数値計算をさせてみる。しかし、被積分関数が、高速で振動する三角関数を含んでいるため、なかなか積分値が収束してくれない。

しかし、どうにかこうにか、いろいろ計算してみて、何となく様子をつかむことが出来た。自分が当初予想していた筋書きとは、少し違う展開になりそうである。それでも、何とか一つの話にまとまりそうな感じがしてくる。それで、これまで計算してきたことを改めて原稿として書いてみることにする。

妻から、「あなたは、いろんなものを、部屋のあちらこちらに置いて、とても邪魔だ」、という意味のことを言われる。それで、少し、本やノートを片付けたりした。

今日はNHK大河ドラマ「篤姫」を見て、早めに寝ようと思う。

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コメント

こんばんは、ヒロさん。
新しい職場には慣れるのが大変そうですね。でも、体調がよさそうなのでなによりですね。ヒロさんの書かれている通り初めから張り切りすぎないほうが良いと思います。まずは職場に慣れることが目標でも良いのかなと思います。でも、いろいろ覚えなきゃならないことがあるようなので大変ですね。体に気をつけて少しずつ取り組んで下さい。
江東区の演奏会、楽しまれたようで良かったですね。僕もヒロさんのページにリンクしているサイトから探して行ってみたいな、と思います。

今日は専門学校に体験入学してきました。ミニ講義では子どもの発達検査で使われる検査をさせてもらいました。楽しく取り組めました。
第2志望の学校なので第1志望の学校に比べると物足りない点もありますが、目標は言語聴覚士になることなので、細かいところは気にせず、受験したいと思います。
国家資格ということで精神疾患にも制限があるようですが、それを補う治療などされていれば大丈夫なようです。なので病気の事は隠さずに受験しようと思います。

投稿: くろまつ | 2008年11月30日 (日) 18時41分

くろまつ様、いつもコメント、ありがとうございます。専門学校に体験入学されたとのこと、目標に向かって一歩一歩進まれたら、と思います。また、病気のことは隠さず受験されるとのこと、それも一つの立派な判断だと思います。
実は私も、新しい職場に入社の際に人間ドックでの健康診断書を提出したのですが、お医者様の所見に、さりげなく統合失調症のことが書かれてありました。お医者様に診察のとき、「普段、服用している薬はありますか」と尋ねられ、思わず、「統合失調症のお薬を飲んでます」、と答えてしまったので、こういうことになりました。しかし、職場の人事の人も総務の人も、そのことに気付いていないみたいです。このまま何とか切り抜けられれば、と思っています。
では、これからも、よろしくお願い致します。

投稿: ヒロ | 2008年12月 1日 (月) 22時17分

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