Whittaker & Watsonの教科書
新しい職場に通い始めて、今日で三日目である。まだ、職場内ルールを覚えるのに大変な段階で、仕事と言えるものは全くしていない。今度の職場は、主にソフトウェアを製作する会社なのだが、社内の機密情報管理が厳しく、いろいろと神経を使いそうである。
職場の上司から、「Java」、「ソフトウェア開発のプロジェクト管理」、「データベース」についての知識を大急ぎで身に付けるよう指示される。これらの分野は、いずれも自分にとって初めてのものである。自分がこれまで仕事としてやってきた、FortranやC言語で数値計算プログラムを書く技術は、新しい職場ではほとんど役に立たないだろうと宣告される。
しかし、ここでめげてはいけないと思い、とにかく大急ぎで必要な知識を頭に詰め込むことにする。とりあえず、Java言語の習得に集中することにする。勉強して分かったのだが、Javaは、構文そのものはC言語とよく似ているが、オブジェクト指向の色彩が極めて強く打ち出されている言語のようである、ということである。実際、Javaのプログラミング言語としての文法そのものは、むしろシンプルな方であると感じた。しかし、クラス、メソッド、インスタンスと言った、オブジェクト指向に基づく新しい概念が導入されていて、その点で、結構、戸惑ってしまう。恐らく、何万行にもわたる大規模なソースプログラムを管理し易くするための工夫だろうと考える。Fortranで数値計算プログラムを書くのとは、随分違った仕事の進め方になると思われる。
ただ、新しい職場に移って、最初から、あまり張り切り過ぎないように注意しようとも思った。
Jaynes-Cummings modelの崩壊・復活現象の研究の方は、少しずつだが進んでいる。新しい職場に慣れるまで、個人的な研究のための、まとまった時間は取れないと諦める。それで、手間のかかるコンピュータによる数値計算シミュレーションの作業は、当分先にまわすこととする。それで、今は、数式を取り扱う解析的な研究に集中している。
今から約一年前、thermal Jaynes-Cummings modelに関する論文をarXiv.orgにuploadした際、Andrei Klimovという研究者の人からメールを受け取った。A. B. Klimov, S. M. Chumakov, 'Long-time behaviour of atomic inversion for the Jaynes-Cummings model in a strong thermal field', Phys. Lett. A 264 (1999) 100-102という論文が、自分の書いた論文と関連性があるので、引用してはくれまいか、という依頼のメールであった。それで、自分は素直に、Klimovさんの論文を引用することにした。KlimovさんもChumakovさんもメキシコの研究者であった。
その、Klimov & Chumakovさんの論文には、ある数学の公式が使われている。その公式の出典は、E. T. Whittaker & G. N. Watson, 'A course of modern analysis' (Cambridge University Press, London, 1967)の第7.82章、例題7であった。そこで、自分は、その本を読んでみることにした。この本は、日本語訳が宇野書店という出版社から出ており、東京工業大学大岡山図書館で借りることが出来た。
この、Whittaker & Watsonの数学の教科書は、読んでみると非常に興味深い本であった。タイトルは'modern'と銘打っているが、内容はとても古めかしい物理数学の本であった。(初版は1902年とのことである!)寺澤寛一著「自然科学者のための数学概論」(岩波書店)と似た感じの本である。しかし、取り上げられている例題に特徴があり、見たことのない公式がたくさん並んでいた。
Kilimov & Chumakovさんが引っ張り出してきた公式は、各項が性質の良い関数で表される級数を、複素関数論の留数定理を使って、積分形に書き換えるものであった。実は、Jaynes-Cummings modelを厳密に解くと、しばしば、取り扱いに困る形の無限級数が現れて、その処理に非常に苦労することになる。この事実は、多くの研究者によって認識されている。Kilimov & Chumakovさんは、この厄介な無限級数を、何とか上手くさばこうとして、Whittaker & Watsonの教科書に出て来る公式を使ってみたのである。
それで、自分も、Whittaker & Watsonの教科書の第7.82章、例題7の公式を使ってみることにする。しかし、この公式は、例題として教科書に掲載されているため、その導出方法は省略されていた。ただ、証明のためのヒントが記載されているのみである。そこで、ここ三日ほど、この公式の証明に頭を悩ませた。苦労した甲斐があって、何とか証明方法を思い付く。
週末の暇な時間に、この公式を使って、Jaynes-Cummings modelを分析する予定である。
ただ、新しい職場に慣れるまでは、あまり無理をしないことにしようと考える。
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