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2009年6月

2009年6月28日 (日)

アルミホイルにくるまれたクリップが磁石にくっ付くことを確認する

今日は、何もしないで一日が過ぎた気がする。20090628blog

ここ一週間ほど、A. Kuhn, M. Hennrich, T. Bondo, G. Rempe, 'Controlled Generation of Single Photons from a Strongly Coupled Atom-Cavity System', Appl. Phys. B 69, 373-377 (1999)という論文を熱心に読んでいる。この論文では、時間変数に陽に依存するハミルトニアンが出て来るのだが、この論文の著者達は断熱過程を仮定することによって、シュレディンガー方程式を厳密に解くのを避けている。時間変数に依存するパラメータが非常にゆっくりと変化すると仮定して、ハミルトニアンが事実上、時間変数に依存しないと見なして解いてしまうのである。

それで、自分は、きちんと時間変数に依存するハミルトニアンとして、厳密にモデルを解いたらどうなるかと考え、試しに計算してみた。しかし、非常に複雑な形をした三階常微分方程式が現れ、その時点で、何だかとても疲れた感じがして、計算を止めてしまった。

息子は、最近、百マス計算というのをやっている。妻が、傍らで、時間を計っていたりする。

今日、自分は、息子の塾のテストの見直しを手伝った。科目は理科であった。息子は、サランラップにくるまれたクリップが、磁石にくっ付くか否かで悩んでいた。サランラップにくるまれていないクリップが、磁石に引き寄せられることは理解しているようであった。しかし、磁力が、サランラップを透過して作用することを、十分に理解していない様子であった。

ところで、アルミホイルは、磁石にはくっ付かない。今日、自分と息子は、この事実を、実験で確認した。普段、冷蔵庫の扉にくっ付けているメモを留めるための磁石と、台所にあったアルミホイルを使って、実際に実験をしてみたのである。ところで、アルミホイルでくるまれたクリップが、磁石にくっ付くか否かは、大人でも、ちょっと悩ましい問題である。自分は、磁力はアルミホイルを透過するだろうと予測したのだが、自信は無かった。それで、実際に実験をしてみたところ、アルミホイルにくるまれたクリップは、見事に磁石にくっ付いた。

明日は、会社に仕事をしに行かねばならない。最近、職場の同僚達が、自分について悪い噂をしているような気がしている。また、通勤途中の地下鉄車内で、他の乗客から、じっと観察されているような気がするときが、多々ある。それらは、自分の統合失調症が引き起こす妄想なのだろう。そう考えるのが合理的なような気がする。しかし、そう分かっていても、自分の妄想は止まらないようである。

昨日、自分は、精神科クリニックに行って、かかりつけのお医者様と話をした。そのとき、自分は、お医者様に、最近、自分が妄想に悩まされていることを話さなかった。なぜ話さなかったのか、理由は良く分からない。ただ、たとえお医者様に、自分が妄想で苦しんでいることを説明しても、恐らく、お医者様は、服用している薬の量を多少増やすだけで、それ以外のことは、基本的に何もしてくれない、そんな気がしたのである。だから、話をしても、あまり意味が無いように思えたのである。

今日は、そんなこんなで、一日が過ぎてしまった。夕食に、ビールを飲んだ。ビールを飲むのは、随分久しぶりのような気がした。

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2009年6月27日 (土)

カナブンに降りかかった災難

今は、6月26日金曜日の深夜である。日付はすでに変っている。

数日前、朝、目を覚ますと、リビングの床が水浸しになっていた。エアコンを除湿モードで一晩中作動させていたのだが、そのエアコンから、水滴が勢い良くポトポトと流れ落ちていた。妻は、床に敷いていたパッチワークのキルトがびしょ濡れになっていることに、やや怒り気味であった。このトラブルのため、自分は、通勤バスを一本遅らせる羽目になった。20090627blog

このとき、自分が真っ先に心配したのは、アパートの下の階に、水が滲みて伝わって、天井から水が落ちて来たりしないかということであった。それで、自分は、妻に、下の階に住んでおられる老夫婦の方に、電話をした方が良いと言った。そうして、慌しく出勤した。

自分は、「しかし、どうして、今朝、突然、エアコンの調子が悪くなったのだろう、これまでは、そのような兆候は見られかったのに」、と不思議に思った。

昼頃、妻が職場に、携帯電話をして来た。エアコンの故障の原因が分かったとのことであった。妻は、下の階の老夫婦の方に、水漏れが無いか確認の電話をしてから、エアコン修理の業者に連絡したようだった。業者の人は午前中に来てくれたそうであった。

エアコンの故障の原因は、室外機から伸びている排水パイプに、カナブン(昆虫の一種)がもぐり込んで、パイプをずっと登って行って、エアコン本体に到達して、絶命したためであった。

夜、カナブンは、水分を求めて飛び回り、しばしば、エアコンの排水パイプに入り込んでしまうそうである。カナブンは一度パイプに入り込むと、容易には後ずさりすることが出来ないようで、結局、エアコン本体付近まで到達すると、力尽きて死んでしまうらしい。

自分は、「そう言えば、後ずさりする昆虫って見たことないような気がするな」、と思ったりした。アリもカブトムシもクワガタも、前にしか進めないような気がする。蝶だって、後ろ向きには飛べないだろう。

修理に来て下さった電気技術者の話によると、エアコンから水滴が落ちてくる場合、カナブンが原因か、結露によるものか、または排水パイプ自体が古くなって劣化した場合の、三通りしか考えられないそうである。また、排水パイプに詰まって死んでいる昆虫は、決まってカナブンだそうである。理由は分からないようである。

自分は、この話を聞いて、1950-1960年代のコンピュータが、真空管に寄って来て焼け死んでしまう蛾のせいで、しょっちゅうトラブルに見舞われた、という話を思い出した。プログラムの不具合を示す言葉であるバグ(Bug)は、本来、昆虫という意味を持っている。

自分は、現代の高度IT社会においても、昆虫一匹のせいで、巨大システムがダウンする可能性は、意外に高いのでは、と考えたりした。

明日の朝は、精神科クリニックに行く予定である。

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2009年6月20日 (土)

素晴らしい夢を見て目覚める

昨夜、自分は、とてもいい夢を見た。大学時代の友人達が登場する夢であった。しかし、夢の内容自体はあまり覚えていない。ただ、とてもいい夢だったという感覚が残っているだけである。そうして、朝八時半頃、目が覚めた。20090620blog

この所、自分は、いろいろなことに悩まされている。職場で、同僚の人たちが、自分の噂をしているような気がしている。また、通勤時の地下鉄車内で、他の乗客から、じっと観察されているような気がすることも、しばしばである。

恐らく、と言うか、確実に、これらは、自分の統合失調症が引き起こす、妄想なのだろう。そう分かっていても、自分は、それらの妄想に悩まされるのである。

今日、量子情報理論に関する計算をしてみる。ここしばらく取り組んでいる、Abel-Plana公式に関する計算問題は、全く見込みが無いことを悟る。それで、気分転換に、他の論文を読んでみることにする。

試しに、A. Kuhn, M. Hennrich, T. Bondo, G. Rempe, 'Controlled Generation of Single Photons from a Strongly Coupled Atom-Cavity System', Appl. Phys. B 69, 373-377 (1999)を読んでみる。この論文は、以前、一度読んだことがあるのだが、今日改めて読み直してみたのである。それで、気付いたのだが、この論文も、Jaynes-Cummings modelを、さりげなく利用している。(少なくとも、自分には、そう思えた。)改めて、Jaynes-Cummings modelって、すごいな、と思ったりした。

話は全く変るのだが、実は、自分は、先週の日曜日に、「レスラー」という映画を観た。これは、昔は人気があったのだが、今は全然冴えない中年のレスラーを主人公とした映画である。少し前に、この映画が、海外で賞を取ったというニュースを知り、「それなら、映画館で観てみよう」、という気持ちになったのである。

自分は、一人で映画を観に行くのは、本当に久しぶりである。前売り券は、妻が買っておいてくれた。

映画の中で、主人公の中年レスラーは、スーパーマーケットのお惣菜売り場でアルバイトをする。レスラーとしての収入だけでは、生活出来ない状況なのである。それを観ていて、自分は、京都で、無職で、精神科クリニックとハローワークに通っていた頃の自分を思い出した。映画の中で、主人公は一人暮らしである。幸い、あの頃の自分は、家族と生活していた。

映画を観終わったとき、自分は、とても複雑な気持ちになった。普通の人にとっては、この「レスラー」という映画は、元気を与えてくれるものなのだろう。特に、中年男性は、「俺も、もう一度、頑張ってみよう」、とか思うのかもしれない。しかし、自分の場合は、主人公の惨めな境遇が、あまりにも現実味を帯びて伝わって来るせいか、何か重苦しい気持ちにさせられた。

ところで、今日、テレビの番組を見ていたら、この「レスラー」という映画が、意外にも多くの観客を動員している、ということを伝えていた。上映している映画館の数は少ないのに、その割には、観客動員数が非常に多く、他の大作映画と比較しても、善戦しているとのことであった。

自分は、主にどのような人が、あの映画を観に行くのであろうか、と考えたりした。(自分は、観に行ったけど。)

明日は、父の日だそうである。妻は、自分に、ポロシャツを二着、買ってくれた。

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2009年6月18日 (木)

少しだけ良いことがある

今日も、職場で、幾何光学ソフトエンジン部分をCUDA on GPUに書き換える作業をする。この仕事を担当するようになってから、早くも半年が過ぎた。しかし、まだ先は見えず、プロジェクト自体、継続するかどうか、微妙な具合になって来た感じである。20090618blog

今日、cuda_kernel.cuの修正を完了する。自分は、アルゴリズムの一部を変更して、grid内のthreadを指定するindexを二次元とした。(これまでは、一次元のindexで展開していた。)これにより、shared memoryを、より有効に活用出来るようにしたのである。これにより、プログラムの実行速度は、25パーセント程向上した。(Visual C++のプログラムの、約4.5倍の計算速度を達成した。)

自分は、この結果に、少しだけ満足した。自分の直属の上司の人は、CUDAによって、数十倍の高速化を期待しているようである。正直な所、自分は、この目標を達成する自信が全く無い。そうなると、職場のこのプロジェクトは、完成を待たずに打ち切りとなってしまうのだろうか。そう考えると、少し心配になる。しかし、こういったことは、職場でまだ新米の自分が考えるべきことではないのかもしれない。

最近、精神状態が不安定で、何となく元気が出ないので、司馬遼太郎著「竜馬がゆく」(文春文庫)を読み始めることにする。自分は、この本を、ほぼ毎年一回の割合で読んでいる。筋書きもほとんど覚えてしまっている。それでも、結構面白く読めてしまう。読み始めて三日目であるが、すでに第二巻に突入した。

今日、気分を入れ換えて、Abel-Plana公式に関する計算をやり直してみる。この公式は、無限級数を、有限個の積分項に変換する公式である。これを使って、量子光学の分野でしばしば登場する、とある無限級数を評価しようと試みている。積分を実行していると、正弦積分関数Si(x)が現れて、ちょっとびっくりする。自分は、永いこと理論物理の勉強をして来たつもりなのだが、計算の途中でSi(x)が飛び出して来たのは、これが初めてである。[一般の物理数学の教科書でも、Si(x)の説明が記載されることは、滅多に無い(と思うけど)。]

明日、仕事の帰りの途中で、大岡山の東京工業大学図書館に寄って、計算の続きをしようと考える。

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2009年6月17日 (水)

何もしないことにする

今日も、職場で、幾何光学ソフトエンジン部分を、CUDA on GPUに書き換える作業に取り組む。現時点で、自分が書いたCUDAプログラムは、Visual C++で書いたプログラムの約4倍の速度で計算を実行する。しかし、自分の直属の上司は、さらなる高速化を期待しているようである。そのため、自分は、試行錯誤を重ねている。20090617blog

いろいろ考えたのだが、自分の書いたcuda_kernel.cuは、その内部でshared memoryを今一つ十分に活かせていないような気がした。それで、grid内の各threadが、なるべくshared memoryを頻繁に参照するようにコードを書き換えてみる。今日は、その作業を完了せずに退社した。

最近の自分の精神状態は、とても不安定な感じである。気分が晴れ晴れとしないのである。

何だか、職場の同僚の人たちが自分の噂をしているような気がしている。そう考える根拠は、どこにも無いのだが。自分は、職場では、仕事に関すること以外は、他の同僚の人たちと、ほとんど言葉を交わすことが無い。昼食も、休憩室で一人で取っている。自分は毎日弁当を持参しているのだが、他の社員の方たちは、ほとんど外食している模様である。そんな訳で、職場で他の人と会話する機会があまり無い。

また、通勤時の地下鉄車内で、他の乗客から、じろじろ見られているような気がして困ることが多々ある。ここしばらく、そういう感覚を覚えることが多い気がする。気のせいかもしれないけれど。

また、量子情報理論の研究も、あまり意欲的に取り組めなくなって来ている。自分は、いくら論文を書いても、他の研究者から評価されることは決して無いのでは。そんなことを、ふと考えてしまう。

それで、いろいろ考えて、これから当分の間、自分は、何もしないことに決めた。時間が経てば、気分が晴れる日も来るかもしれない。それまで、気長に待とうと考えたのである。

何か、そのうち、良い事がありますように。

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2009年6月13日 (土)

昨夜、NHKのテレビドラマを見て

今朝起きたら、息子は小学校に出掛けた後だった。今日は授業参観日だそうである。その後、妻も小学校に向かう。20090613blog

自分は、先日、イギリスの学術雑誌から返却された論文の修正を行う。この論文は、編集部から、雑誌の趣旨のそぐわない、という理由で掲載を断られたものであった。

自分は悩んだ末に、その論文原稿を、ある大学で准教授として勤務している友人に送ってcritical readingしてもらった。友人は、「それほど変なことは書かれてなくて、いたって普通の論文に読める」、という返事をくれた。その友人は、自分が、このところずっと一人で研究を続けているので、論文に書かれている内容が、独りよがりのものになっているのでは、と心配していたようである。

友人は、「念のため、量子情報理論を専門に研究している知り合いに、critical readingを依頼してみる」、と言ってくれた。そして、自分の論文を、ある大学院生の方に渡したとのことであった。その大学院生の方は、まだ若いけれど、とても優秀で信頼できる人物だから、その人に意見を求めた方が良いと判断したようであった。その大学院生の方の意見も、自分の書いた論文は、「ごく普通に書かれた論文で、特に目立った欠点は見出せない」、というものだった。

友人は、自分に、「その論文は、中身に問題が無いようだから、別の雑誌に投稿し直した方が良い」、という意味のことを、メールで伝えてくれた。

このことで、自分は、正直、とてもほっとした気持ちになった。自分は、精神疾患のために研究職を離れた訳だが、研究内容自体は別におかしくも何ともない(少なくとも、狂ってはいない)、と他人から保証をもらえた訳で、それが、何となくうれしかったのだ。

そんな訳で、自分は、論文を書き直すことになった。書き直しと言っても、新たに投稿する雑誌の指定しているformatに、Latex原稿を書き直すだけのことである。

昨晩、自分は、NHK連続ドラマ「ツレがうつになりまして」を見た。昨日が最終回であった。自分は、このドラマは、もっと続くのかと思っていたので、昨日で終わってしまって、ちょっとがっかりした。

実は、この「ツレがうつになりまして」の原作は、職場の保健衛生係りの人が購入していて、自分もすでに読んでいた。原作の著者は、女性マンガ家だそうである。(本人は、そう主張している。)しかし、その原作本は、一般的なマンガとは異なり、絵とエッセイ的な文章が組み合わさったような形式の本であった。

その原作の中では、作者の旦那さんが鬱病になって会社を辞める状況が、丁寧に描写されている。自分も、統合失調症で休職になったり、無職になってハローワークに通ったことがある訳だが、自分以外にも、似たような境遇だった人が少なくとも一人いることを知り、少しほっとする。

しかし、その原作の中で、主人公の旦那さんは、最終的に会社を自分で起こして、仕事を始めることとなる。自分には、このような積極的な行動は無理だな、と思ったりした。この旦那さんは、「えらい!」、と思ったりした。

ここ数週間の間、自分は、いくつかの小さな悩み事で、いろいろ不安になったり、気分が落ち込んだりしていた。

例えば、職場で担当しているCUDA on GPUによるプログラムの並列化の仕事は、あまり上手く行っていない。自分の書いたCUDAプログラムは、通常のCPUの約4倍の計算速度を達成した。自分では、精一杯頑張ったつもりなのだが、直属の上司を始めとする何人かの人たちは、そういう風には見てくれていない。「4倍程度の加速なら、CPUを4個搭載したパソコン(いわゆるQuad Coreパソコン)と同じことではないか」、という意味のことを言われた。全くその通りなので、自分は、「はい、そうです」、と答えるしかなかった。自分は、ちょっと困った状況にあるな、と考えたりする。

また、自分は、イギリスで生活していた頃の、National Insurance Number Cardを、どこに保管したのか忘れてしまっていた。別に、日本で生活しているのだから、そんなもの、失くしたって、どうでもいいはずである。けれど、自分は、そのことが非常に気になって仕方がないのである。毎日、自宅アパートで、時間を見付けては、書類入れを出して探したりしている。妻は、自分のそのような行動を理解できない様子である。

明日、気分転換に映画を観に行く予定である。

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2009年6月10日 (水)

ちょっとうれしいこと

今日も職場で、幾何光学ソフトエンジン部分をCUDA on GPUで書きかえる作業に取り組む。自分は、試行錯誤の結果、kernel.cu内のある一つのif文が、計算時間を大幅に消費していることを、突き止めていた。プログラム自体は、正しい計算結果を出力していた。ただ、GPU内でのthreadsが、上手くタイミングが合っていないような感じだった。(自分は、そのように推測した。)20090610blog

そこで、自分は、CPUでの処理を増やして、そのkernel.cu内でのif文が不要となるように、アルゴリズム自体の変更を行ってみた。自分の予想では、CPUでの計算時間が多少増えても、GPUが高速化するので、全体としては計算時間が大幅に短縮されるはずであった。

アルゴリズムの変更は手間のかかる作業と思っていたのだが、実際にやってみると、意外に早く終わった。そして、プログラムを実行してみると、通常のC言語プログラムの3倍程度の高速化が達成されていた。計算結果出力ファイルを調べてみると、正しい数値計算が行われている模様であった。自分は、この結果にほっとした。

その後、CPUの最適化オプションを/Oxにする等の工夫を加え、最終的に約4倍の高速化が得られた。

結果的に、kernel.cu内のif文は避けるべき、という原則を、身を以って体験することとなった。

このところ頑張っていたAbel-Plana公式の応用に関する計算で、誤りを見つける。このAbel-Plana公式は、無限級数を積分に変換してくれる公式である。それで、自分は、ある量子光学で頻出する級数の評価にこの公式を適用してみたのである。しかし、肝心の積分を実行する所で、計算間違いをしていたのであった。近日中に、計算間違いを直す予定である。

今日は、もう寝ようと思う。

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2009年6月 7日 (日)

なぜか明日も休み

職場で担当している、幾何光学ソフトエンジン部分を、CUDA on GPUで並列化する作業を、自宅に持ち帰って検討してみようと考える。それで、金曜日の夕方に、職場で、プログラムやテストデータをUSBメモリに入れて、自宅に持ち帰った。20090607blog

現在、このCUDA on GPU書き換え作業では、次のような問題が生じている。これまで、自分がCUDAに移植したコードは、通常のC言語プログラムの約三倍の速度で動いてくれていた。ただし、計算結果に微妙な食い違いが生じていた。自分は、このわずかな計算結果の食い違いを、GPUの計算精度の誤差と解釈していた。

しかし、数日前に、kerner.cuのコードに小さなバグがあることを発見する。このバグを修正したところ、計算結果の食い違いの問題は解消された。しかし、その代償として、プログラムの実行計算速度が非常に落ちてしまったのである。

実際、通常のC言語プログラムより、CUDA移植版の方が遅くなってしまったのである。自分は、これは困ったことになったなと考えた。それで、週末、自宅で、どうしてこういう事態に陥ったのか調べてみようと考えたのである。

問題のCUDAコードを、自宅のノートパソコンのCUDA emulatorで動かしてみる。すると、何の問題も無くcompileされ、計算も滞りなく実行された。何の問題も発生しなかった。CUDA emulatorの出力を見た限りでは、並列化も成功しているようであった。

CUDA emulatorが、何の警告も発しないので、プログラムを修正することが出来ない。どこを修正すべきか、分からないからである。要するに、このプログラムコードは、理屈の上ではどこも間違っておらず、ただ、いざGPUで並列計算すると異常に計算時間を消費してしまう、ということのようであった。

自宅には、GeForceを搭載したパソコンなど無いので、これ以上の作業は無理のようであった。それで、諦めることにする。プログラム修正作業は、職場のパソコンでしか出来ないようである。

明日、自分は仕事を休んで良いことになっている。これは、強制的に有給休暇を消化して欲しい、ということを受けてである。職場の組合がそう決めたようであった。他の多くの社員も、明日の休みをもらったようである。

しばらく前から、自分は、'Microscopic derivation of the Jaynes-Cummings model with cavity losses', M. Scala, B. Militello, A. Messina, J. Piilo, S. Maniscalco, Phys. Rev. A 75, 013811 (2007)、および、'Cavity losses for the dissipative Jaynes-Cummings Hamiltonian beyond Rotating Wave Approximation', M. Scala, B. Militello, A. Messina, S. Maniscalco, J. Piilo, K.-A. Suominen, J. Phys. A: Math. Theor. 40, 14527-14536 (2007)という、二編の論文に取り組んでいる。これらの論文は、Jaynes-Cummings modelに熱浴(調和振動子の集まり)を結合させ、Jaynes-Cummings modelの単一モード光子と熱浴の調和振動子が相互作用するモデルを新たに考え、そのモデルのmaster equationを導出する、という内容の研究に関するものであった。そして、新たに導入した熱浴を、cavity lossと解釈するようであった。

自分は、それら二編の論文を読んで、自分なりのやり方で、彼らの結果を導き出せないかと、いろいろ試行錯誤して計算をしてみた。と言うのも、これら二編の論文に出て来る方程式、および、その導出過程は、どれも非常に複雑で、ややもすれば、読み手の元気を失わせる感じのものだったからである。(自分は、これら二編の論文の内容に価値が無いと言っている訳ではない。ただ、とても複雑なのである。)

しかし、いくら自分で計算してみても、際立った改善は得られなかった。自分は、「きっと、今自分がしている計算を、これらの著者達も試したのだろうな」、と考えたりした。世の中、そうそう、良い論文の種が転がっている訳が無い。楽して良い結果が得られる訳が無い。そう考えたりした。

今日、昼ご飯に、妻は焼きそばを作ってくれた。

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2009年6月 6日 (土)

散髪に行く

朝起きて、朝食を取ってから、精神科クリニックに出掛ける。何だか、とても眠たい状態で家を出る。電車内で座っていたら、居眠りをしてしまい、目的の駅を過ぎてしまう。それでも、何とかクリニックにたどり着く。20090606blog

クリニックで、お医者様に、ここ一週間程の自分の精神状態をかいつまんで話す。自分でも、どういう話をしたのか良く覚えていない。それで、いつも通りのお薬が処方されることとなる。

クリニックを出てから、薬局に寄る。その後、散髪に行く。

その理髪店に行くのは、今日で三度目だと思う。夫婦でやっているお店のようなのだが、自分の髪を切ってくれるのは、決まって女性スタッフの方である。

今日、その女性スタッフの人は、一度自分の髪を切り終わった後、以下のようなことを自分に言った。「あなたは、髪の毛が普通の人よりもずっと多いので、少し髪が伸びただけで、全体が膨らんでしまう。だから、思い切って、短く刈り上げた方が、すっきりする。」そのような意味のことを、その女性スタッフの人は自分に説明した。

それで、自分は、「では、次からそのようにお願いします」と答えた。すると、その女性スタッフの人は、「今から、そのように、髪をカットし直しても良い」と言ってくれた。自分は、少し驚いて、「そうしたら、二度手間で大変でしょう」と言った。すると、その女性スタッフの人は、「今、他にお客さんがいないから、やってあげます」と答えた。そして、もう一度、自分の髪をカットし直してくれた。

仕上がった自分の髪型は、何だかアメリカの映画に出て来る海兵隊員みたいな感じであった。その女性スタッフの人は、「あなたは、普段、どんな整髪料を使ってますか」と自分に尋ねた。自分は、何も付けないし、そもそも、あまり髪形を気にしたことがない、と答えた。すると、その女性スタッフの人は、自分に、ウエットジェルと呼ばれる整髪料の使い方を教えてくれた。これを使えば、涼しげな髪型に出来ると説明してくれた。

これだけ親切にされ、時間も普段の倍かかったのだが、料金はいつも通りであった。自分は、どうして、この女性スタッフの人は、自分にこんなに親切なのだろうかと不思議に思った。その女性スタッフの人の目には、自分が、あまりに髪型を気にかけない人と映ったのだろうか。

その後、目黒区立洗足図書館に寄って、CDを数枚借りた。

自宅に戻って、妻に、新しい自分の髪型について意見を求めたところ、「その方が、小顔に見える」と言われた。

今日は、何だか得をした気分の一日だった。

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2009年6月 4日 (木)

様々なこと

今日、いつものようにCUDAプログラミングに取り組んでいたところ、kernel.cuの部分に、小さな間違いがあることに気付く。それは、ある配列のindexを、本来、a[j]とすべき所を、a[i]としてしまった、というような間違いであった。この配列に対して、index jでloopを回しているので、当然、プログラムは誤った答えを出力するはずである。しかし、どうした訳か、プログラムは、この誤りにもかかわらず、もっともらしい出力を吐き出してしまうようであった。そのため、このバグを見付けるのが遅れてしまったのである。20090604blog

自分は、このバグを見つけたとき、頭の中が真っ白になった。と言うのは、自分は、直属の上司に、CUDAによって、プログラムの実行速度が3倍程度に加速されたと報告してしまっているからである。しかし、バグを直したところ、プログラムの実行速度は極端に落ちてしまったのである。この失敗を、どのような形で報告すれば良いだろうかと、悩んでしまった。

とにかく、明日頑張ってバグを取り除いて、CUDAの並列計算による効果を取り戻すしかないようである。それがだめだったら、正直に、事態が上手く行っていないことを上司に報告するしかなさそうである。

自分は、このことで、少し気落ちした。しかし、自分の落ち度であるから仕方ない。

今日、目黒区立洗足図書館で、YEO. エイドリアン著「パイ(円周率のこと)とeの話:数の不思議」(青土社)という本を借りる。この本は、パイ(円周率のこと)およびeに関連する、無限級数とその証明をいっぱい載せた本である。証明は極めて簡潔で、高校卒業程度の数学の知識で読み通せるように書かれていた。自分が予想した証明と、異なる証明が与えられている場合が多く、ついつい読み進めてしまう感じの本であった。

最近、どうした訳か、自分の死期について考えることが多い。別に、自殺願望があるわけではない。よく精神病を患った人の中には、自傷行為に走る人がいると聞いたことがある。自分は、自傷行為を行った経験はない。しかし、あまり生きていても良いことが無いのでは、と考えることがある。特に最近、そんなことをつい考えてしまう。

自分が死んだら困るのは、妻と息子であろう。だから二人のために生きて、仕事をして、安定した収入を得る必要性がある。せめて、息子が大学を卒業して就職するまでは、元気に働き続けたいものである。

自分が死を考えるようになったのは、腎臓癌の影響である。自分は、6年前に腎臓癌を患って、左腎臓を摘出した。最近、ある本で、腎臓癌は、発症から十年、二十年後に再発する可能性が、結構高い、という記述を見付けた。

自分は、現在のところ、特に死を恐れてはいないようである。一度癌になったから、ちょっと、長生きは諦めている感じである。もちろん、出来るだけ永く家族と居たいから、長生きできれば、それに越したことは無いと思っているが。

今日は、もう寝ようと思う。

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2009年6月 2日 (火)

アムダールの法則を教えてもらう

職場の直属の上司から、「アムダールの法則」(Amdahl's law)というものを教えてもらう。教えてもらうことになったきっかけは、以下の通りである。20090602blog

自分は、現在、職場で、幾何光学ソフトエンジン部分をCUDA on GPUで書き換える仕事を担当している。それで、なかなか劇的な高速化が達成されないので、プログラムの各部分(関数)が、どれだけ計算時間を消費しているか測定してみた。

測定と言っても、計算時間を見積もりたいプログラム部分を二回繰り返す設定にして、腕時計のストップウォッチ機能で時間を測っただけのことである。その結果、プログラム中の各部分(関数)が、ほぼ同じオーダーの計算時間を消費していることが分かった。

自分が、CUDAで並列化したのは、これらの関数の中の、ごく一部分である。と言うのは、並列化する前は、プログラム中のその部分が総計算時間の大部分を占めていたからである。しかし、今や、その部分の並列化が成功してしまったので、プログラムの各部分が、互いにほぼ同じオーダーの計算時間で済む状態になってしまったのである。

自分は、これは困ったことではないか、と考えた。と言うのも、今よりプログラムを高速化するには、どこかプログラム中の一ヶ所だけを改善しても、さして効果が無く、プログラム全体の多数の箇所を万遍なく改善する必要が出て来たからである。

このことを直属の上司に報告すると、上司は、「アムダールの法則」を教えてくれたのである。これは、あるプログラムの、主たる計算時間を占めていた並列化可能な部分を並列化し終えてしまうと、並列化不可能なプロセスの占める計算時間の比率が高まってしまい、それ以上の高速化が、非常に難しくなってしまう状況を、法則として表現したもののようである。

自分は、「では、このプログラムは、もうこれ以上高速化するのは難しいのでは」と、直属の上司に尋ねた。上司は、「本当にだめなら仕方ないが、もう少し粘って、この問題に取り組んで欲しい」、という意味のことを自分に告げた。

そんな訳で、もう少し頑張ることになった。

今日、仕事帰りの地下鉄の中で、少し前に取り組んでいた、Abel-Plana公式に関する計算が上手く行ったような気がした。それで、自宅アパートに帰って、きちんと計算してみたのだが、自分の思い違いであることが分かった。それで、少しがっかりする。

今日は早く寝ようと思う。

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2009年6月 1日 (月)

少し元気が出る

今日も、職場で、CUDAのプログラミングの作業をする。幾何光学ソフトエンジン部分をGPUで並列化して高速化する仕事を任されているのだが、なかなか速くなってくれなくて困っている。

今日は、kernel.cu部分のコードの改良を試みる。CUDA kernel内部で、変数をglobalメモリとsharedメモリに振り分けるのだが、この振り分け方のパターンを変更したら、計算速度が速くなるのではと考えた。そんなことを期待して作業をしたのだが、結局、徒労に終わった。現時点の結論としては、「一番最初に書いたコードが、最も効率的らしい」、と判明する。20090601blog

そんな風に、仕事の方は、上手く行っているのかいないのか、今一つ、はっきりしない状態である。

いろいろ悩んで、自分は、友人に、研究のことについて相談をした。自分は、先日、イギリスの学術誌から、投稿した論文が返却されたこと、その理由は、多数のrefereeが自分の論文の査読を拒否したためであること等を、メールで友人に伝えた。そして、友人に意見を求めた。

その友人は、大学で研究職に就いている。学会の役員等を務めた経験があり、研究者仲間のコミュニティでも、重要な位置を占めている。自分は、その友人を信頼しており、彼なら、きっと適切な助言をしてくれるだろうと考えたのである。

自分も、かつては研究職にあり、量子情報理論関連の学会にも積極的に参加していた時期がある。(もう、随分、昔のことのような気もする。)しかし、自分は、学会において、研究に関して気兼ねなく話し合える友人を、一人も作ることが出来なかった。それは、恐らく、自分の非社交的な性格のためだと思われる。

正直、自分は、現在、量子情報理論の研究に関して、完全にお手上げの状態である。そして、頼れる友人は彼しかおらず、それ故、自分は彼に助けを求めたのである。最早、自尊心のかけらも残っていない心持である。

その友人は、以前から、自分に対して、「一人で研究するのは、あまり良くないのではないか」、と助言してくれていた。友人は、自分に、「単著で論文を書く場合は、第三者にcritical readingを依頼すべきだ」、とも言っていた。

自分は、メールで友人に、critical readingを引き受けてくれる人に心当たりが無いか尋ねた。

悩み事の解決を友人に預けて、自分は、随分と気が楽になった。自分は、何て無責任な人間なのだろう、と思った。しかし、これ以上一人で悩んでも、解決の見込みは無い訳で、こうするしか、事実上、選択肢は無いのだと思う。

そんな訳で、今の自分は、少し、ほっとした気持ちである。

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