昨日の出来事を書く。
朝、9時半頃、家族三人で、自宅アパートを出て、東京タワーに向かう。午前11時頃、東京タワー前に到着する。予想に反して、多くの観光客が集まっており、大展望台までのエレベーターは約一時間待ちとのことであった。
それで、どうしようかと思案していたら、係員の人が、「大展望台まで階段で登る方法も有りますよ」と、大勢の観光客の人たちに向かって呼びかけていた。係員の人の説明では、大展望台までの高さ約150メートルを、階段約600段で登ることが出来るとのことであった。入場料はエレベーターでも階段でも同じということであった。階段600段と言っても、普通の健康な大人なら15分弱で登り切れる、とのことであった。
それで、階段で登った方が面白そうだ、ということになり、我々家族三人は、階段を選択することとなった。階段コースは、東京タワー真下のビルの屋上まで一度階段で登って、そこから改めて600段登るという仕組みになっていた。
東京タワーの階段は、赤いペンキで塗られていて、大人二人が並んで登れる程度の横幅であった。途中で、何箇所か、休憩しながら周囲を見渡すための、ベランダのような場所が設置されていた。
階段コースを選択した人は結構多く、階段を人が切れ目なく登っている状態となった。
自分は、何とか600段を登り切ったが、大展望台に到着したときには、かなり汗が出ている状態となった。
自分達家族三人は、大展望台から眼下に広がる東京の景色を、しばらくの間眺めていた。六本木ヒルズのビルが、真正面に建っていたのが印象的であった。また、フジテレビの建物も見ることが出来た。レインボーブリッジも、ちゃんと見ることが出来た。
それから、さらに上の、特別展望台も行ってみようということになり、今度はエレベーターで昇った。(ここから先は、一般客が利用できる階段は無いようであった。)特別展望台は、高さ約250メートルに位置している。自分は、そこから富士山が見えるのではと思ったのだが、白いもやのような雲のような空気が邪魔をして、結局見付けることが出来なかった。
それから、自分達家族は、エレベーターで大展望台まで降りて、そこから再び階段で地上に降りた。
大展望台内で、自分は、何故か、ある一人の女性係員から、遠巻きにじっと観察されているような気分になった。その女性係員は、二十台半ば位の、さっぱりした顔立ちの人であった。何故か理由は分からないのだが、自分は、その女性から悪意のある眼差しで注視されているような気分になったのである。
しかし、その女性係員の方は、外見はごく普通で(と言うか、制服を着て観光客を案内しているので、外見は普通に見えるに決まっている)、表情も優しげで、周囲の見物客の人々に気さくに声をかけていた。普通の感覚を持った人であれば、その女性係員を見て、「仕事熱心な、美人で親切な、若い女性」、と言う印象を持つであろう。とても、「意地の悪い女性」には見えない。しかし、何故か理由は分からないのだが、自分は、その女性が自分に対して悪意を持って、少し離れた場所から自分の行動をじっと観察しているように、感じられてしまうのである。
「要するに、これは、自分の精神疾病が生み出す、被害妄想なのだな」、自分は、そう考えて、その場をやり過ごした。
東京タワーの見学を終えて、自分達家族三人は、都営三田線御成門駅に向かった。そこから、東急目黒線奥沢駅に出て、そこから歩いて自由が丘に行く予定であった。妻は、自由が丘で、自分と息子用の秋冬用ズボンを買いたいとのことであった。
御成門駅の自動券売機で切符を買っていると、隣の券売機で外国人夫婦が、上手く切符を買えずに困っている様子であった。見ていると、どうやらPASMOカードを券売機が受け付けてくれない様子であった。
自分でも理由は分からないのだが、自分は、大胆にも、その外国人夫婦からPASMOカードを取り上げ、自分で券売機に挿入して、「どこに行くのですか」と英語で尋ねていた。外国人の旦那さん(と思われる年配の男性)は、「okayama」と答えた。それで、自分は、「大岡山ですね」と念を押して尋ね、切符を買おうとした。
ところが、その外国人男性が持っているPASMOカードには、お金がチャージされていないようで、券売機は受け付けてくれないのであった。自分は、「この券売機は、あなたのPASMOカードを受け付けてくれない。お札で買った方が良い」と、説明した。それで、自分は、その外国人男性から千円札を受け取り、大岡山までの切符を二枚購入した。
ところが、それから、その外国人男性は、「自分達は大岡山で乗り換え、自由が丘に行きたい。最終目標は自由が丘駅である」、と言い出した。自分は、これには、ちょっとまずいな、と思ってしまった。と言うのは、切符は大岡山までの分しか買っておらず、この外国人夫婦は、自由が丘駅の改札を出る際、再度、料金の精算をしなくてはならない。それに、大岡山で東急目黒線から東急大井町線に乗換えをするのは、この外国人夫婦には無理ではないかと、思ったのである。(大岡山駅のホームは、二つに分かれていて、普通の人でも、時々乗り場を間違えることがある。)
しかし、その年配の外国人夫婦は、そのまま、ありがとうと礼を言って、改札を通ってしまった。
地下鉄駅のホームで、その年配の外国人男性は、「このホームでいいのかね」、と自分に尋ね、自分は「そうです」と答えた。そうして、その外国人夫婦と自分達家族三人は、同じ地下鉄に乗った。(彼らも我々も、自由が丘駅を目指しているので、当然、同じ道中になってしまったのである。)
車内で、自分は、妻に、「あの人達は、自由が丘駅に向かっているみたいだけど、どう行けば良いか、よく分かっていないみたいだ。一緒に行きませんか、と言ってみてはどうだろう。これは、お節介と思われるだろうか」、と尋ねた。ところが、そのとき、息子は、「この電車は、東急目黒線に行かない。白金高輪止まりだよ」、と言った。
自分達の乗った電車は、都営三田線のみで、東急目黒線に乗り入れない車両であった。それで、自分は、外国人夫婦に、「この電車は、次の駅で止まりです。別の電車に乗り換えなくてはなりません」、と説明した。それから、思い切って、「自分達も、自由が丘駅に買い物のために行く途中です。ご一緒しませんか(Would you mind accompanying ...?)」、と言ってみた。すると、その年配の外国人男性は目を丸くして、「No!」と答えた。これは、一緒に行きましょう、と言う意味である。それで、みんなで自由が丘に向かうこととなった。
その外国人夫婦は、非常にきれいな英語で話し合っていた。アメリカからの人ではなさそうであった。(別に、アメリカの人は雑に英語を話している、という意味ではない。)また、身なりも派手ではないが、良い服を着ていた。(少なくとも、妻は、そのように見ており、この人達は、多分、裕福な人たちだ、と判断していた。)しかし、ロンドン近辺の人ではない感じがしていた。言葉(単語)の切り方が、ちょっと、違う感じがしていたのである。(この辺りの記述は、読む人によっては、何だか、自分は英語が出来ることを自慢しているようにも受け取られるかもしれないが、そのような意図は、全くない。何だか自慢話みたいで不愉快に感じる方は、この部分を読み飛ばして構いません。)
自分達は、奥沢駅で下車して、歩いて自由が丘駅に向かった。と言うのは、外国人二人の買った切符が大岡山駅までなので、同じ料金である奥沢で降りた方が面倒が少ないと思ったからである。それに、奥沢駅から自由が丘駅まで、徒歩5分程度で、こちらの方が早く目的地に到着出来ると考えたのである。
それで、自分たちは、何とか、特に支障もなく、自由が丘駅前にたどり着いた。自分達家族は、そこで、外国人夫婦と別れた。自分は、「あなた方は、どこから来られましたか」、と尋ねたところ、「スコットランドから来ました。娘が自由が丘に住んでいるのです。自由が丘駅中央改札口で待ち合わせをしています」、と答えた。その夫婦は、自分達家族三人それぞれと固く握手して別れた。
自分達は、それから、自由が丘駅前のEddie Bauerという店に向かった。そこは、男性用のカジュアルな服を主に取り扱っている店であった。妻は、UNIQLOより、こちらの店の方が、サイズの大きい人用の服が揃っていて、しかも安いのである、と自分に説明した。そこで、仕事に出かけるときに着るためのズボンを二本購入した。その後、息子用のズボンを買うために東急ストアに寄ったのだが、適当なものが見付からず、買うのを諦めた。
それから、自分達は、今度は、西小山駅に向かった。西洋料理杉山亭で夕ご飯を食べるためである。珍しいことに、自分達家族が杉山亭に到着したとき、店内には他のお客が一人もいなかった。杉山亭で、妻と自分はオムライスを注文した。息子は、ナポリタン・スパゲッティを注文した。
杉山亭は、やはり人気が高いようで、自分達が店内に入ってから十分ぐらいすると、続々とお客がやって来て、何人かは店の外で待たされる状態となった。
それから、自分達家族は、自宅アパートに向かった。自宅に帰る途中の地下鉄車内でも、自分は、何人かの見知らぬ乗客から、遠巻きにじっと観察されているような感覚がした。どうしてそのように感じるのかは、全く説明できない。やはり、これも被害妄想なのだろうか。(そもそも、このような被害妄想の現象に、合理的な説明が付けられる訳がないのだが。)
自宅に戻ってから、自分は、O女子大のBさんに送る研究ノートのLatex原稿を、大急ぎでタイプした。そして、特に推敲もせずに、Bさんにメールで送ってしまった。
昨日は、そんな風に、いろいろなことがあった一日であった。
どうでもいいことだが、あの外国人夫婦は、今頃、何故自分たちは自由が丘駅に行くのに、あんなに街中を歩かされたのだろう、と不思議に思っているのではないだろうか、と自分は考えた。妻にそのことを話すと、とにかく自由が丘駅まで送り届けたのだから、それでいいのでは、と言われた。そして、「私たちは、イギリスで、あんなに親切にされたのだから、お返しをするのが当然でしょう」、と言われた。もっともな意見である。
今日は、何もせず、のんびりしようと思う。