日記・コラム・つぶやき

2009年11月11日 (水)

息子と苦労して算数の問題を解いたこと

先日、自分は、私立中学入試算数問題集を駅ビル内の本屋さんで購入した。そこで、その問題集に掲載されている問題を、少しずつ、順番に、家族で楽しみながら解いて行く、という予定だったのであるが、思わぬ障害が発生する。20091111blog

何と、とある私立中学の入試問題を、自分は解くことが出来なかったのである。それは、整数に関する問題で、どう考えても、連立一次方程式を導入しなくては、解けそうに思われない問題であった。

それで、自分は、無理に連立一次方程式で解こうとしたのであるが、妻がそれを見て、「xとかyを使ってはだめ、だって、小学生の問題だから」、と反対した。しかし、自分は、それでも、あえて、連立一次方程式を使って解いてみた。すると、その問題をきちんと解くには、連立一次方程式を解く上に、ある種の場合分けも必要なことが判明した。

それで、自分は、このような禁じ手を使って得られた答えを参考にして、小学生向けに、少し方法を変えて、その問題を解き直し、その解法を息子に教えた。

息子は、最初は、「さっぱり分からない」、と文句を言っていたのだが、最終的には何とか納得してくれたようであった。

しかし、今回のその問題は、恐らく高校生でも、正解にたどり着けない人がいるであろうと、思われた。問題集に書かれてある模範解答も、ほぼ、自分が苦労して得た説明と同様の内容であった。従って、小学生にでも簡単に分かる特別なコツが存在する、といった種類の問題では、なさそうであった。

自分は、「今の子供は、大変だな」、と考え込んでしまった。理科離れが世間で叫ばれている訳だが、少なくとも、私立中学入試問題の算数は、アクセル全開を、子供たちに要求しているように見える。自分は、実際の入試では、正解率は何パーセントぐらいなのだろうか、と考えたりした。

明日は、午後から、営業担当者と外回りのようなことをする予定である。そのため、スーツ姿で出社しなくてはならない。商談が、何事もなく、滞りなく進みますように、と祈ったりする。

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2009年11月 8日 (日)

あまり作業が進まなかった一日

午前中、ジョギングをする。妻と息子が、昼過ぎから夕方まで買い物に出掛け、自分は、その間、留守番をすることとなる。20091108blog

以前書いた、Abel-Plana公式をJaynes-Cummingsモデルの解析に応用する論文を、改訂する作業を行う。残り一節を書き替え、新しい補遺の節を付加すれば完成、という所まで進む。

それから、何だか気分が優れなくなり、液体タイプのリスパダールを服用する。すると、途端に、眠気を催し、考えを集中することが出来なくなり、論文原稿を読むことが不可能となる。それで、一休みするうちに、一日の大半が終わってしまう。

そんな訳で、今日は、思った程、作業が捗らなかった。

明日は、事情があって、スーツ姿で職場に行かなくてはならない。午後、営業の方と、外回りをする可能性があるからである。これも、ちょっと気の重いことである。

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2009年11月 7日 (土)

中学入試算数問題集を購入する

今日、世田谷区立奥沢図書館に行き、借りていたCDを返却する。その後、歯医者さんに行く。20091107blog

この歯医者さんは、かかりつけの精神科クリニックの先生の知り合いであった。精神科クリニックの先生に、「安心して診てもらえる歯医者さんを紹介して下さいませんか」、とお願いした所、この歯医者さんを紹介して頂いたのであった。

自分は、歯科医院に行くのが、やや苦手である。それで、どうしても行かなくてはならない場合は、いつも、周囲の人に、「出来るだけ優しそうな歯医者さんはいませんか」、と尋ねて紹介してもらい、そこに行くことにしている。

治療は、奥歯の金属が取れたのを詰めてもらうだけのものであった。歯医者さんは、「プラスチックを詰めます。その方が、取れにくいはずだから」、と仰った。治療は、一日で終了した。良かった。

帰りに、駅ビルの本屋で、「中学への算数、わくわく算数100題」(東京出版)という本を購入する。少し前に、息子から、「私立中学の入試では、どんな問題が出るのか」、と尋ねられたことがあって、「それなら」と、この本を買い求めたのであった。

どうでも良いことだが、その本屋の私立中学入試向け参考書コーナーは、結構大きな本棚いっぱいに広がっていた。そして、その一角に、自分と同世代くらいの男女(恐らく、小学生の子供を持つ親)が、数人、集まっていて、熱心にどの参考書が良いか眺めていた。

自宅に戻り、親子三人で、この参考書に掲載されている問題を、試しに一題解いてみた。その問題は、とある私立中学校の入試で実際に出題された問題で、ちょっとひねってあったが、ある事実に気付けば、小学五年生でも易しく解けるレベルであった。

しかし、息子は、なかなか、その問題が解けなかった。と言うか、その問題の説明文の意味を汲み取るのが精一杯のようであった。こんなに文章の部分が長い算数の文章題を解くのは初めて、と言った感じであった。

非常に驚いたのは、妻が、俄然、やる気を出して、その問題を解こうとしたことであった。妻は、「私は、昔から、算数とか数学が得意だった。答えが一つしかない所が、自分の気性に合っている」、と言う意味のことを言った。そんなの、初耳である。

それで、親子三人で、何だかんだ言い合っているうちに、その問題を解くことが出来た。息子は、その問題が、解いてしまえばあっけないことに気付き、その点に興味を持ったようであった。自分は、息子に、中学入試の算数の難しい問題のを解くには、ある種のコツを飲み込む必要がある、と言うような説明をした。(でも、自分は塾の先生ではないので、そんなに、偉そうな事は言えないのではあるが。)

それで、これから、暇を見付けて、家族でこの問題集の問題を、最初から順に解いて行こう、ということになった。自分は、本屋でこの算数の参考書を買ったとき、息子は見向きもせずに、結局、無駄になるのでは、と危惧していたので、この展開は、非常に意外であり、また、うれしくもあった。

明日は、以前書いた論文の、改訂作業を行うつもりである。

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2009年11月 5日 (木)

地下鉄車内で寝過ごす

朝、いつもの時刻に地下鉄で職場に向かったのであるが、車内の座席に座っているうちに眠ってしまい、降りるべき駅をはるかに通り過ぎた頃に、やっと目を覚ます。それから、慌てて駅で降りて、逆方向の車両に乗り込む。20091105blog

そういう訳で、今日、自分は、いつもより遅い時刻に職場に到着する。しかし、幸い、自分の職場は、フレックスタイム制が適用されているので、遅れた時間の分だけ、帰りの時刻を遅らせるだけで、勤務時間を調整することが出来た。

職場で、営業担当の方から、来週、とある独立行政法人の研究所を訪問するので、同行してくれないかと頼まれる。自分は、仕事なので、当然、「同行させて頂きます」、と返事をした。

訪問先の研究所の、暗号に関する研究部門の研究チームリーダーの立場の方と面会させて頂き、何か、仕事を勝ち取ることが出来ないかどうか、打診する目的のようであった。自分は、量子暗号の知識がある社員、ということで、同行させてもらえるようであった。

仕事であるから、当然、張り切って、先方の研究所に胸を借りに行く、という気持ちで臨みたい所なのだが、自分は、そこまで気持ちを高める事が出来ないような感じである。もし先方の研究所の、量子情報理論の専門家が打ち合わせに同席したら、どうしようかと考えた。

落ち着いて考えれば、別に、量子情報理論の専門家と、会議で顔を合わせても、不都合なことは何もない。ただ、同じ分野の研究者であるから、自分が、大学の教官を精神疾患のせいでふいにした事、その後、様々な職を転々としたことを、相手は知っているかもしれない。

自分は、無職でハローワークに通っていた期間も、何編かの論文を学術誌で発表したのであるが、その際、どこの研究機関にも所属していないので、論文の冒頭に表示する所属先住所を、実家の住所にした。従って、これを目にした研究者は、自分がこの時期無職であったことを知っている、もしくは、少なくとも推測出来ることになる。

そんな話が、真面目な商談の席で出てくるとは思えないが、やはり、自分としては、ちょっと気が重いのも事実である。

しかし、自分の精神疾患にまつわる、過去のいくつもの人生の上での失敗は、消すことの出来ない事実であるのだから、そのことについて、今さら気に病んでも仕方がない気もした。もう、腹をくくるしかないのである。

明日は金曜日。それが終われば、土日で、休みである。

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2009年11月 4日 (水)

テレビを見なかった日

今日、普段通り自宅に帰って、夕食を食べた後、休憩していたら、「今日は、何だか家の中が静かだな」、と感じた。理由は、テレビを点けていなかったからであった。20091104blog

我が家では、比較的、何となく、だらだらとテレビ番組を見続ける習慣がある。特に、一時期、妻も息子も、気に入ったドラマを毎週見ていたときがあって、夕方7時くらいから11時頃まで、テレビが点けっ放し、という状態が、しばしばであった。

しかし、今日、夕食後、プロ野球日本シリーズで、巨人が日本ハムにリードされている状況に、妻が多少機嫌が悪くなり、テレビを消してしまった。それから、息子が、小学校の宿題を始めて、結局、今日は、その後、テレビを見なかった。

こういうのも、たまには良いかな、と思ったりした。

最近、何事にも集中できない日々が続いている。いつになったら、以前の自分に戻るのだろうか、と考えたりした。

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2009年11月 3日 (火)

ジョギングをする

今日、わずかな時間ではあるが、自宅アパート周辺をジョギングした。時間にして10分程度である。それだけの間走っているだけで、自分は息が上がってしまった。自分は、運動不足のようであった。20091103blog

自分は、日中、近所を出歩くと、また周囲の他人の視線が気になるのでは、と心配したのだが、走っている間は、そういったことは気にならなかった。

これからも、暇な時間を見付けて、近所を軽く走ってみようと思う。

今日は、もう、これ以上、何もしないことにする。

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2009年11月 2日 (月)

ささやかな決心

今日から自分は、W. Duer, J. I. Cirac, M. Lewenstein, D. Bruss, 'Disitillability and partial transposition in bipartite systems', arXiv:quant-ph/9910022という論文を、集中的に読み込むことにする。そのように決心した理由は、この論文の内容を理解してからでないと、O女子大のBさんへ送る予定の研究ノートを書き上げることが出来ない、と判断したからである。20091102blog

この論文は、数学的に細かなテクニックが満載の内容となっており、読み切るには結構時間がかかりそうである。しかし、約十年前に書かれた論文であり、本来であれば、もう既に抑えておいて当然の知識なのかもしれない。

自分は、量子情報理論を専門にしていると公言している割には、enatanglementの分析に関する知識を取りこぼし気味である。(自分で、そう思っている。)これは、この分野に関する論文の量が、半端でなく多く、また、テクニカルな議論に終始する場合が多く、自分としては、手を付けづらい感じがしてしまうからであった。

自分の感覚では、bipartite systemにおけるentanglementの研究は、1996年頃から本格化して以来、未だに、大きな幹と呼べるような分析手法が見付かっておらず、そのため、とかく、研究内容が細かな話に及んでしまう場合が多い。主たる分析方法が見付かっていないため、技術的に細かな話題(ある種のノウハウ)で、議論が停滞してしまっているのである。(これは、あくまで自分の感想です。)

でも、そんな文句ばっかり言ってはいられないので、勉強を開始することにする。

今日、いろいろ、部屋の中にたまった書類をバインダーに綴じたりして、少し整理をした。

自分は、有給休暇消化のため今日休みを取ったのだが、息子は、普段通り学校に出かけて行った。

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2009年11月 1日 (日)

今日の出来事

今日、妻は、髪を切りに外出した。妻の行きつけのカット屋さんは、自宅からやや遠い所にあり、夕方まで帰宅出来ないとのことであった。それで、自分は、息子のために、朝食、昼食を用意することになった。20091101blog

今日、全く、唐突ではあるが、OASISの「Who feels love?」という曲の歌詞を、日本語に訳すことを思い立った。自分は、この「Who feels love?」という曲が収録されている、「Standing on the Shoulder of Giants」というCDアルバムを、英国滞在中に購入した。そのため、日本語の歌詞カードを持っていない。それで、自分なりに勝手に心の中で、英語の歌詞を日本語に訳して、理解したり、口ずさんでいたりした。

Who Feels Love?
(愛を感じるのは誰か?)
By Liam Gallagher

Found what I lost inside, my spirit has been purified.
(自分の中で、失われてしまったものがあることに気付いて、自分の精神は、今までよりも、より純粋なものに変化した。)
Take a thorn from my pride, and hand in hand we'll take a walk outside.
(自分の心の中のプライドから、棘のようなものが取れて、僕達は、手に手を取り合って、外に歩き出すことが出来るようになった。)

Thank you for the sun the one that shines on everyone who feels love.
(太陽の光を、人類全ての者に照らしてくれる、唯一の存在に対して、感謝した。)
Now there's a million years between my fantasies and fears I feel love.
(今この瞬間、自分の夢と恐れの間には、百万光年の隔たりが存在し、自分は愛を感じることが出来る。)

I'm leaving all that I see, now all my emotions fill the air I breathe.
(目に見える存在から離れ、今この瞬間、自分の全ての感情は、自分が呼吸する大気の中に満ちている。)
Now you understand that this is not the promised land they spoke of.
(今この瞬間、君は、この土地が、他の無責任な連中が話して聞かせてくれた「約束された夢の土地」ではないことに気付いた。)
There's nothing more to be if you can be the remedy who heals love.
(君が、自分自身で、愛を癒す者になる以外に、問題を解決するための手立てがないのだから。)

I thank you for the sun the one that shines on everyone who feels love.
(僕は、全ての者に分け隔てなく太陽の光を照らす、唯一の存在に対して、感謝を捧げる。)
Now there's a million years between my fantasies and fears I feel love.
(今この瞬間、自分の夢と恐れの間には、百万光年の隔たりが存在し、自分は、愛を感じた。)

(上記の日本語訳は、私が勝手に付けたものです。文法的に正しく翻訳されているかどうかは、保証出来ません。あしからず。)

自分は、英国でポスドクをしていた時期、なかなか論文が書けず、非常に苦労した。また、周囲に頼れる人が少ない状況下での、妻、幼い息子、との三人暮らしは、気苦労が何かと多かった(ような気がする。)そのような時期に、自分は、度々、この「Standing on the Shoulder of Giants」というCDを聴いた。

特に、この、「Who feels love?」という曲を聴いていると、「心を高い壁で囲んではならない、そして、つまらないプライドから生じる心の棘を取り除かなくてはならない」、「結局の所、自分の心の傷ついた部分を癒すことが出来る者は、自分自身に他ならない」、といったことを、語りかけられているような気がした。(本当は、別に、そんな教訓的なことを歌った曲ではないと思うのだが。)

OASISは、本当に解散するのであろうか。いつものノエルとリアムの兄弟喧嘩で収まってくれれば良いのであるが。

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2009年10月29日 (木)

様々なこと

今日、職場の上司に、自分は、このところ、精神疾患の症状が思わしくないこと、そのため仕事に集中できない日々が続いていることを、告げた。上司は、「思い切って休みを取れば」、と提案してくれたのであるが、自分は、「そこまでは、ひどくなく、仕事は何とか続けられると思う」、と返答した。20091029blog

今日から、井上靖の「敦煌」と言う小説を読むことにする。この本は、確か、学生時代に一度読んだはずであった。また、西田敏行、三田佳子等の出演した映画も見た記憶がある。しかし、主演が誰だったか思い出せない。

今日、仕事帰りに、目黒区立洗足図書館に寄る。予約していたCDを借りる。

もう、あまり、深く悩まないようにしようと思う。

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2009年10月28日 (水)

良く分からない不安

今日、仕事で、加速器の医療への応用に関する研究会に参加した。しかし、講演者の話す内容を、十分に理解出来なかった。20091028blog

最近、仕事中、仕事と関係のない別のことを考えてしまうことが多い。特に決まった事柄が頭に浮かぶ訳ではない。ただ、頭の中で、考えがしっかりとまとまらない感じである。

このところ、訳の分からない、言葉で表現出来ない、何か漠然とした不安に襲われる。そんな、気持ちがするのである。

通勤途中の地下鉄車内で、普段通っている区立図書館で、その他、様々な場所で、何か不安な気持ちに襲われるのである。周囲の、見知らぬ他人から、遠巻きに観察されているような、そんな気持ちがするのである。

「だから何なんだろう」、そう、自分に問いかけてみる。別に、他人からじろじろ見られたところで、何か実害があるだろうか。

ただ、とにかく、考えがまとまらず、それで困っている状態である。

今、自分は、自宅アパートで、暇な時間を見付けては、英国に滞在していた期間に発行されたはずの、National Insurance Number Cardを探している。妻は、「そんなもの探して、何になるの。私達は、今、日本に暮らしているのよ」、と言う。確かに、その通りである。しかし、自分は、探さずにはいられないのである。

O女子大のBさんに、研究ノートを送る約束をしているのに、それが書けていない状態である。「別に、そんなに必死になって、必要のない研究なんかしなくても良いのではないか」、そういう意味のことを、妻と息子は、自分に言う。「もう、研究職ではないのだから」、そういう風に説得される。

もう、いろんなことが良く分からない気持ちである。

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2009年10月26日 (月)

最近、よく、家でビールを飲んでいること

このところ、週ニ三回の割合で、夕食後、ビールを飲んでいる。500ml以上飲まないように注意している。精神科クリニックのお医者様に相談した所、それぐらいだったら、飲んでも構わないと許可して下さった。しかし、なるべく家で飲んだほうが良い、とも言われている。20091026blog

外で飲んで、睡眠薬や抗精神病薬と相乗効果が現れて、記憶を失くしたら困るだろう。そういう風に、お医者様から注意を受ける。だから、居酒屋で一杯、とか、そういうのは、避けた方が良いようであった。

正直な所、自分は、職場の飲み会も遠慮したい気持ちである。別に、職場での人間関係で困っている、とか、そういうのではなく、ただ、もう、あまり、家の外でお酒を飲みたいという気持ちが無くなってしまったのである。たまに、家で、少々のビールを飲むのが、自分にとっての幸せとなりつつある。

そう言えば、最近、本を読んでいないな、と考えたりする。物理や数学の本は、時々目を通しているのだが、文学・歴史関係の小説等には手を出す暇が無いのであった。でも、時間が出来たら、何か新しく本を読んでみたいものである。

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2009年10月25日 (日)

コンサートに出掛ける

朝起きて、細々とした雑用を片付けてから、午前11時頃に自宅を出る。20091025blog

まず、大岡山東京工業大学付属図書館に向かう。大学構内に入ってみると、学園祭で大盛り上がりの状態であった。普段大人しそうに見える東工大生も、今日は、ちょっとテンションが高いように見受けられた。(どうでも良いことだが、自分には、東大生よりも東工大生の方が、大人しくて礼儀正しそうに見える。理由は良く分からないのであるが。)

図書館で、量子光学に関するテキストを二冊借りる。一冊は、S. M. Barnett and P. M. Radmore著の本、もう一冊は、W. P. Schleich著の本である。これらの本を借りた理由は、自分は、もう一度、Abel-Plana公式を量子光学の問題に適用する研究に関する論文を、書き直してみよう、と考えたからである。自分は、今年の1月から2月にかけて、Abel-Plana公式をJaynes-Cummings modelの分析に応用する内容の論文を書いた。この論文を、もっと拡張した内容に書き替えられるのでは、と考えたのである。それで、これらのテキストを参考にしようと、借りてみた訳である。

それから、ティアラこうとう大ホールに向かう。午後2時から、霞ヶ関フィルハーモニー管弦楽団の演奏会があるのであった。自分が、このアマチュア・オーケストラの演奏会に出掛けるのは、これが二度目である。前回は、ドヴォルザークの「新世界より」を聴かせて頂いたはずである。今日は、ボロディンの歌劇「イーゴリ公」序曲、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、ブラームスの交響曲第1番の予定であった。

自分は、これらの曲目の中でも、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番に多大な関心を寄せていた。自分は、この曲が大好きで、CDで何度も聞き返しているのであった。

結果を述べると、自分は、これらの演奏に、とても感動し、来て聴いて本当に良かった、と思えるものであった。(自分は、さほど熱心でないクラシックファンであり、本格的な音楽教育も受けていないので、オーケストラの演奏を自分の耳で聴いて、それを客観的に批評する、という資格は全くない。ただ、自分は、今日の演奏を聴いて、とても感動し、満足した、ということである。)

ピアノを演奏したのは、上野優子という人で、プロのピアニストとして活動している方のようであった。プロのピアニストが、どうして入場料無料のアマチュアコンサートに出演してくれるのかは、ちょっと疑問であったが、結局、今日、自分は、プロのピアニストの演奏を無料で聴けた訳で、物凄く得をした気分になった。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は、当然ではあるが、出だしからCD通りの演奏な訳で、自分は、「ああ、CD通りに演奏してくれている!」と、素人丸出しで感動した。

なお、上野優子さんという方は、聴衆の拍手に応えて、アンコールで「熊蜂の飛行」という曲を演奏してくれた。自分は、この曲が、ピアニストにとって極めて高い技術が要求される、名人芸的な曲であると、本で読んだことがあった。しかし、この曲を実際に聴くのは、今日が初めてであった。物凄い速弾きの曲であった。

コンサートの最中、自分は、ずっと、量子情報理論の研究について考えていた。自分は、現在、量子情報理論の研究に関して、二通りの行き方がある、と感じられていた。一つは、O女子大のBさんとの共同研究を続ける行き方であり、これは、entanglement measurementに関するテーマとなるはずであった。もう一つは、量子光学の問題に取り組んでみる、というプランであった。特に、自分は、Abel-Plana公式を量子光学の様々な問題に応用出来るのでは、という、予想というか期待のようなものを抱いている。これを、いろいろ調べてみるのも、自分にとって良いかも、と考えたりしている。

しかし、コンサート会場でアマチュア・オーケストラの真剣な取り組みを目にしていると、何だか妙に元気付けられて、自分は、「何だか分からないけど、とにかく、やってみよう」、という気持ちになった。

量子情報理論の研究は、自分にとって、ある種の戦い、と言えるものである。しかし、たとえ、それに勝利しても、誰も褒めてくれない訳で、そういう所が、スポーツや芸術と異なっている。では、自分は、何のために研究を続けているのだろうかと考え込んでしまう。

今日演奏をしてくれた、アマチュア・オーケストラの団員の人たちは、どういう気持ちで活動に取り組んでいるのだろうか。「趣味でやっているんだ」と言えば、それまでだが、今日の演奏を聴くと、それだけではない気もしてくる。演奏力の向上のための、人知れぬ苦労もあるはずである。

今日は、そういうことを考えながら、自宅に戻った。

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2009年10月22日 (木)

あまり仕事に集中出来なかった日

先週の日曜日に応用技術者試験を受けて以来、何だか気が抜けて、何事にも集中出来ない日々が続いている。20091022blog

職場で、自分は、現在、Geant4と呼ばれるソフトウェアの調査を行っている。Geant4とは、KEKとCERNの(共同?)開発した、高エネルギー粒子、放射線等の透過・散乱過程をシミュレーションするための、一群のソフトウェアの集合体とのことである(と自分は理解している)。非常に規模の大きなソフトウェアで、compileするにも小一時間くらいかかった。恐らく、自分がこれまで取り扱った経験のあるソフトウェアの中では、最大のものだと思われる。

職場の上層部の人たちは、このソフトを改良して、計算速度のさらなる向上を目指している様子であった。少なくとも自分には、そのような話をしているように受け取れた。しかし、自分は、Geant4のソースコードの規模の大きさに圧倒されて、「そんなことが、自分のプログラミングの力量で実現可能なのだろうか」、と考え込んでしまった。

Geant4は、通常のモンテカルロ・シミュレーションの手法で、放射線の散乱を再現するようであった。原理的には、並列化も可能だろうが、これほど洗練されたフリーソフトウェアに、自分のような浅学非才のプログラマーが手を入れて良いのだろうかと、自問自答してしまうのであった。

Geant4は、数値データを出力するのみで、グラフィック表示を行うには、別の可視化ソフトが必要である。このような補助的なソフトウェア群も、いくつかの研究機関がフリーで提供している模様である。自分は、DAWNというフリーソフトを選択したのだが、まだ、これを使いこなせていない状態である。

また、Geant4に計算をさせるために入力するデータの量も半端ではないようで、高エネルギー実験で実際に使用するdetectorの複雑な形状を入力するとなると、入力データファイル自体が、一つの独立したプログラムのような形態になる感じであった。(ドキュメント類に、ざっと目を通した限りでは、そのように想像された。)

自分は、入力ファイルを簡単に生成するプログラムを作ったら、いろいろな人に喜ばれるのでは、と考えたりした。しかし、それだって、自分のプログラミング技術を超えたものになると想像された。

そんなこんなで、自分は、ここしばらく、職場では、少々げんなりした気持ちで仕事に取り組んでいる。

量子情報理論の研究の方は、少しずつだが進んでいる。主に、通勤途中の地下鉄車内で、ノートに計算式を書き込んでいる。行き帰り、合計二時間以上、地下鉄車内の座席に座っているので、以外に、さくさく計算を進めることが出来ている。自分は、もう少ししたら、また、O女子大のBさんに研究ノートを送れたら、と考えている。

次の日曜日は、気分転換に、アマチュアのクラシック・コンサートに行ってみるつもりである。(入場料は無料とのことであった。)早く、日曜日にならないかな、と考えたりする。

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2009年10月20日 (火)

健康診断に行く

今日、午前中、職場の健康保険組合の健康診断を受ける。指定のクリニックで検査を受け、午後から職場に顔を出す。20091020blog

何だか今日は、気分がざわついて、仕事に集中出来なかった。ここしばらく、そんな調子の日々が続いている。

自宅に帰ってから夕食を食べて、その後、O女子大のBさんとの共著論文の英文原稿に目を通す。少し推敲してから、自分は思い切って、その原稿を、とある海外の学術誌に投稿してしまった。

投稿作業(Webでのupload)を終えた後、もっと丁寧に英文原稿を見直してから、投稿した方が良かったのでは、と後悔したが、何だかずっと手元に原稿があるのも、気分が落ち着かないわけで、これで良かったんだと、自分に言い聞かせる。

応用情報技術者の試験を終えて、自分は、とても、さばさばした気分でいることに、気が付いた。もう、試験準備をしなくて良いわけで、精神的な負担が取れた感じである。

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2009年10月18日 (日)

いろいろなことを決心する

今日、応用情報技術者試験を受験する。朝7時30分に自宅を出る。試験は9時30分からの午前の部と、13時からの午後の部に分かれている。あまり実力が出せなかった気がする。でも、もう終わったことだから、くよくよ悩まないことにする。20091018blog

試験会場でも、自分は、周囲の何人かの人たちから、じっと遠巻きに観察されているような気がしてならなかった。昨夜、自分は、早い時刻に抗精神病薬を服用して就寝した。頭がぼんやりした状態で試験に臨むのを避けるために、早めに床に就いたのであった。そのため、薬の効果が切れて、そういう他人の目が気になる症状が出たのだろうか。自分は、その辺の所が、はっきり分からない。

帰りに品川区立大崎図書館に寄って、CDを借りる。CDを借りる手続きをする際も、自分は、何か、司書をしている女性係員から、じろじろ見られているような、何か邪険にされているような、そんな気がした。理由はよく分からないのだが。(別に、その女性司書の人は、外見は普通の大人しそうな人であった。)

帰りの電車の中で、自分は、O女子大のBさんとの共同研究を、さらに続行する決心をする。明日からでも、再び、研究ノートを書き直して、Bさんに送ろうと考える。

今回の自分とBさんとの共同研究では、かなりの部分が、ポーランドの研究グループ(Horodecki family)の人たちの既に発表済みの結果と重なってしまう事態となっている。正直、ここで一旦、手を引いて、休んでみようかとも思ったのだが、そうしないことを心に決める。と言うのも、ここで手を引いたら、何だか負けを認めたような気がして、ちょっぴり悔しい、そんな気持がするからである。

とにかく、Horodecki家の人たちの得ていない結果を、何でもいいから見付け出せれば良い訳である。頑張れば、何とかなるのではないか、そういう気がしてきたのである。

何だか、自分は、とっても懲りない奴だな、と思ったりする。

どうでも良いことだが、来年も、情報処理推進機構の試験を受けてみようと考える。いろいろ勉強になった気がしたからである。

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2009年10月17日 (土)

明日は試験

明日は応用情報技術者試験ということで、今日は、仕事のことも、量子情報理論のことも忘れて、ひたすら受験準備に没頭する。20091017blog

前回の基本情報技術者試験の場合と異なり、今回は、合格する自信が全く無い。妻にそのことを話すと、「とにかく全力で頑張れば良いのではないか」、とアドバイスされる。

そういう訳で、今日は、「GIF形式は可逆圧縮だけど、JPEGは非可逆圧縮」とか、そういうことを口に出して暗唱したりして、一日を過ごした。

O女子大のBさんとの共同研究は、いくつかの障害により、文字通り座礁した状態にある。これまで自分がBさんに送った研究ノートの内容の、約半分近くが、R. Augusiak, M. Demianowicz, P. Horodeckiといったポーランドの人たちの手によって、既に論文として発表されていることが判明したからである。しかも、一年以上も前にであった。

これには、自分も、少しがっかりしてしまった。Bさんは、「こういった事は、しばしば起こり得るものだ」と、自分のことを元気付けるような内容のメールを、自分に送ってくれた。しかし、それで急に元気が回復する訳でもなく、自分は、「どうして、こういう結果になったのかな」、と考えたりした。

実際、R. Augusiak, M. Demianowicz, P. Horodeckiさんたちの書いた論文の中に出て来る、いくつかの数式は、自分のノート(ミスコピーの裏紙)に書かれてある数式と、ほぼ同じであった。広い世界には、自分と同じ事を思いつく人が他にもいるのだと、妙に感心したりした。

しかし、いろいろ考えを巡らすうちに、「こうなる原因は、やはり自分にある」、という結論に至った。つまり、自分は、最新の研究成果に関して、若干、疎い状況にあるということである。自分は、アマチュア研究者として、主にインターネットから、プレプリントをダウンロードして研究を進めている。学会等には全く参加していない。だから、量子情報理論に関する最新の発見、話題に、付いて行けていない状態にあるのである。だから、既に他人が行った業績を、知らないうちに辿ってしまう、といった事態が発生してしまうのである。

しかし、だからと言って、これと言った有効な対策手段が有る訳でもなく、「これは、どうしようもないことだ」、と諦めることにした。

しかし、自分のこういった失敗に、いちいち付き合わされるBさんも、随分と迷惑を被っている訳で、何だか、自分は、もっと慎重に事を進めるべきではないかと、さらに反省したりした。

あと3ヶ月弱で、今年も終わりとなる。この一年は、とても速かった気がする。

どうでも良いことであるが、今日の夕方、息子は、ピアニカ(鍵盤ハーモニカ)で、「スター・ウォーズ」のテーマ曲の最初の部分を弾いてくれた。発表会で、合奏するそうである。大変上手に弾いていて、ちょっと、驚いた。息子は、特別、音楽教室等に通って習った経験は無いのであるが、様々な楽器を器用に、こなすのであった。

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2009年10月12日 (月)

今日も受験勉強

午後から、応用情報技術者試験の受験勉強をする。情報処理推進機構のホームページから過去問をダウンロードして、解いてみる。なかなか正解に達することが出来ず、ちょっと不安になる。20091012bog

O女子大のBさんから、今回の共同研究をまとめた英語原稿の書き方についてのアドバイスを、メールで受け取る。書き直しは、一週間ほどかかりそうな見通しである。

自分がここ数ヶ月の間悩まされている妄想は以下のようなものである。自分が息子と外出して、バス等の交通機関を利用する際、息子が先に乗車して、自分の分を含めた大人と小人の料金を一括して、息子が支払うケースが多い。これは、最近、息子が、料金を自分で支払いたがる傾向があるからである。

ところが、しばしば、運転手は、息子から、小人1人の料金しか受け取らず、自分の分の大人の料金を後で説明して、改めて支払いなおすケースがあるのである。その度に、自分は、運転手に、自分と息子はペアで乗車していて、それで一括して料金を支払った旨を説明し直すことになる。

このような出来事が、息子と広島を旅行した8月半ば頃から、何度か続けて起こった。バスの乗車の際だけでなく、それ以外でも、息子は自分の連れである事を認識してもらえず、ちょっとした手違いに出くわす場面が何度かあった。(ただ、そんな気がするだけかもしれないが。)

それで、自分は、息子と自分が、二人で外出している際、道行く周囲の人達から、親子とは見られていないのでは、と考えるようになった。そして、自分は、周囲の人達から、子供を「連れ去り」行為している、その子ども自身にとって赤の他人の大人に見られているのでは、と思い込むようになった。

そんな状態がしばらく続いて、自分は、外出するのが、何だか憂鬱で、気の重い行為に感じられるようになった。

そのことを、かかりつけの精神科クリニックのお医者様に話すと、「それは、精神疾患による、典型的な被害妄想である」と、断定された。それで、抗精神病薬を増やすことになり、何だか調子の出ない状態が、ずっと続くこととなった。

最近は、そのような症状も治まり、外出するのも、それほど苦痛ではなくなった。

時々、自分の頭の中はどうなっているのだろうかと、考え込んでしまう。

来週の応用情報技術者試験に合格出来ればいいな、と考える。

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2009年10月11日 (日)

「吐き出して、牛乳」

今日は、午前中から、来週に迫った、応用情報技術者試験の受験勉強をする。情報処理推進機構のホームページから過去問がダウンロード出来るようになっているので、それを試しに解いてみる。20091011blog

息子に、とても面白い替え歌を教えてもらう。「吐き出して、牛乳」を、ハッピーバースデートゥーユーの歌に合わせて歌うのである。今これが、小学校で流行っているらしい。自分は、これには大笑いした。そして、これを思い付いたのは、一体、どんな子なのだろうか、と考えたりした。(だって、ものすごいギャグセンスの持ち主に思えるので。)

O女子大のBさんから、先日自分が送った研究ノートに関する、意見、感想、をまとめたものを、メールで受け取る。また、英語の原稿に関して、ダメ出しを一杯もらう。

夕飯に、近くのカッパ寿司に行くことになる。妻と息子が散歩している最中、偶然見付けたお店だそうである。

ところで、Oasisが解散するらしい。それも、NoelとLiamの兄弟げんかが原因とのことである。自分は、このニュースに大ショックを受けている。NoelがOasisを一方的に脱退した模様であるが、Noelがいないと曲を作る人がいないわけで、そうなると、Oasisはバンド活動を続けるのが非常に難しくなってしまうであろう。何とか丸く収まる方向には行かないものだろうか。

今日は、早く寝ようと思う。

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2009年10月10日 (土)

特に何もない日

今日、昼ご飯を食べてから、品川区立大崎図書館に出掛ける。そこで、借りていた本とCDを返却し、新たにCD数枚を借りる。20091010blog

自宅アパートに戻って、頭痛薬を飲む。なぜか今日は、ひどい頭痛のする日であった。

本来であれば、来週に迫った応用情報技術者試験の受験勉強をしなくてはならないのだが、あまり、やる気が起こらず、結局、今日は何もしないことにする。

これからしばらく、職場で、Linuxマシンを使って仕事をすることになっている。Geant4というソフトをインストールして、そのソフトのコーディングをいろいろ調べる予定である。数日前に、そのGeant4を職場のRedHat系Linuxマシンにインストールしたのだが、環境変数の設定で手こずって、サンプルデータの解析もまだ出来ていない状況である。

Geant4の使用説明書によると、例えばOpenGLのインストールされているディレクトリを環境変数で設定しなくてはならないことになっている。しかし、自分は、職場のLinuxマシンにおいて、どのディレクトリにOpenGLがインストールされているのか、そもそも、そのマシンに本当にOpenGLがインストールされているのかどうか、そういうことさえ、分からない状況である。

Geant4は、そのほかにも、いくつかのフリーソフトがマシンに予めインストールされていることを要求している。これらについて、いちいち環境変数を適切に設定しなくてはならないようであった。そして、これらの命令を、env.shというようなshell scriptに書き込んでおいて、ログインする度に自動的に呼び出すようにするのが、一般的なやり方のようであった。

自分は、昔、UNIXマシンのスーパーユーザーをしていた時期があって、それなりにshell scriptの書き方等を理解しているつもりであったが、少し複雑な設定になると、もうお手上げという感じになってしまう。それで、来週から、bash等の勉強を始める予定である。

量子情報理論の研究は、一休みすることにする。O女子大のBさんと、M大のP. H.さんに研究ノートをメールで送ったので、その返事がもらえるまで、何もしないことに決める。

今日は、家でビールでも飲んでみようかと考える。

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2009年10月 7日 (水)

社内失業状態?

今日、職場で、MPIに関する仕事は一段落したから、もう、当分、そのプロジェクトには関わらなくて良い、と言い渡される。それで、自分がすべき仕事がなくなってしまった。自分は、いわゆる、社内失業状態になってしまったようであった。20091007blog

それで、仕方がないので、Geant4と呼ばれる、放射線量シミュレーションソフトの調査をすることになった。この仕事は、直接、社の売り上げに貢献するタイプの仕事ではないようであった。どちらかと言えば、将来、この分野が伸びるのではという予想の基に、予備調査をする、そんな感じの仕事であった。

前任者から、書類の束を受け取る。大型ファイル一冊分であった。その先輩社員の方は、しばらくの間、Geant4の高速化に取り組んだが、良い結果は得られそうにない、という結論に達したとのことであった。しかし、その先輩社員は、「貴方も、一度ソースコードを丁寧に読んで、高速化の工夫を考えてみるのは、良い経験になるはずだ」と、自分にアドバイスして下さった。「高速化するなら、MPIかGPUのどちらかでしょうね」、とも言われた。

自分は、その先輩社員の方のアドバイスとは裏腹に、とても無力感に襲われた。自分は、この職場に移って来て、一年弱になろうとしている。しかし、目立った成果も上げられず、周囲からお荷物扱いを受けているような感じがしている。

量子情報理論の研究の方も、ちょっとトラブルに見舞われている気がしている。数日前に、O女子大のBさんとの共同研究の結果をまとめたノートを、M大のP. H. さんにメールで送った。P. H. さんのunpublishedな結果の引用の許可を取り付けるためである。しかし、返事が来ない状態で、自分はとても心配している。もうちょっと待って、様子を見た方が良いのかな、と考えたりもする。

自分は何でもかんでも、自分の期待通りに事が運ばないと、とても不安な気持ちに襲われる。これも、統合失調症から来る、被害妄想なのだろうか。何だか、自分で、自分の心がコントロールできない感じがするのである。

自分は、毎朝、丸の内線を一区間だけ乗車する。時刻は大体、午前8時15分前後である。その区間の地下鉄車内において、自分は毎朝、なぜか、周囲の乗客から遠巻きにじっと観察されているような気がしてしまう。理由はよく分からない。その時間帯は、何故か女性(OL風)の人が多く乗り合わせており、何だかそれらの人達から、自分の挙動がいちいち観察されているような気になってしまうのである。考えすぎかもしれないけれど。そんなとき、自分は、妻から持たされたペットボトルのお茶を飲んだりして、さも、特に何も気にしていないような、そんな風を装うことにしている。別に、そういうことが、何かプラスに働くとは思えないのだが。

でも、とにかく、前向きに仕事に取り組もうと思う。せめて、職場の周囲の人に、そういったことをアピールしていかなくては、と考える。

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2009年10月 6日 (火)

漠然とした不安

今日、自分は漠然とした不安にさいなまされながら、一日を過ごした。ただ不安な気持ちがするだけで、何か具体的な悩みや心配事がある訳ではなく。ただ、不安な感覚がして、それが一日中、止まなかったのである。20091006blog

帰りの地下鉄の駅構内で、自分は液体タイプのリスパダールを服用した。そのため、自宅アパートに戻ってから、頭がぼんやりし始めた。ブログを書いている今も、そのような状態である。

今日は、早く寝ようと思う。

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2009年10月 4日 (日)

算数の図形の問題を解くのを手伝う

今日は、朝からずっと、O女子大のBさんとの共同研究結果を、英語原稿にまとめる作業に没頭した。20091004blog

本来であれば、二週間後に迫った、応用情報技術者試験の受験勉強をすべきなのではあるが、こちらは、あまり気が乗らなくて、結局、手を付けなかった。

妻が息子の塾の算数の宿題を手伝っていたのであるが、二問、どうしても解けない問題があって、自分が手伝うことになった。二問とも、図形の問題であった。一つは、三角形の内角の和が180度であることを応用するものであった。もう一つは、面積に関するものであった。幸い、自分は、二問とも解くことが出来た。それで、かろうじて、父親の権威が保たれたのであった。

結局、夕方近くに、英語の論文原稿を完成させることが出来た。これを、M大のP. H.さんに送らなくてはならない。先方が、自分のことを覚えてくれているかどうか、また、そもそも、自分のことを相手にしてくれるかどうか、はなはだ疑問である。でも、乗りかかった舟であり、やり遂げるしか仕方がないのである。

今日は中秋の名月とのことであるが、実際、ベランダから満月を見ることが出来た。

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2009年10月 3日 (土)

職場での些細な出来事

今日、自分は、職場で、些細なことではあるが、トラブルのようなものを引き起こしてしまった。ここに、そのことについて書くことにする。20091002blog

職場で、ここニ週間程、自分は、MPIによる並列計算環境を整える仕事を担当している。そこで、16コア、および、8コアの二台のLinuxマシンに、MPICH2をインストールして、職場の別の担当者の方が作成されたモジュールを並列計算可能なようにした。ただし、MPI並列計算は、16コアのマシン、8コアのマシン、それぞれの内部で収まるように設定しており、異なるhost間での並列計算は設定しなかった。

しかし、今日、社の上層部の要請で、異なるhost間、つまり、16コアのマシンと8コアのマシンとを並列的に動作させ、計24コアのMPI並列化を設定することとなった。このような設定を行う場合、二つの異なるホスト間で、rshまたはsshと呼ばれるプロトコル(?)で情報のやり取りが出来るようにしなくてはならない。

しかし、並列化させる二台のマシンは、ルーターを境に、ネットワーク上、異なるドメインに属しており、現状では、sshもrshも使えない状態とのことであった。

また、これまで自分は、MPICH2を、root権限ではなく、一般ユーザーの権限で、一般ユーザーのアカウントのhomeディレクトリの下にインストールしていた。しかし、異なるhost間で協調して並列計算を行うのなら、root権限で、もっと上位のディレクトリにインストールした方が良いのではと考えた。

それで、自分は、今日、16コアおよび8コアのマシンの管理者、および、ネットワーク管理者に、上記の問題を解決してもらえるよう、お願いをした。特に、自分は、Linuxマシン管理者の方に対して、一時的で良いから、自分にsuper userの資格を与えて欲しいと頼んだ。一定期間が過ぎれば、自分のrootとしてのpasswordを無効にするようにすれば、問題はないのではないか、とお願いした。

しかし、Linuxマシンの管理者である方は、職場ではまだ新米の自分に、root権限を与えたくない様子であった。

(しかし、落ち着いて考えてみると、このように考えること自体が、自分は被害妄想に取り付かれていることの証拠なのかもしれない。Linuxマシンの管理者である先輩社員の方は、ただ単純に、securityの問題上、不用意にroot権限を持つユーザーを増やしたくなかっただけなのかもしれない。常識的に考えれば、そのように受け取る方が普通の反応のような気がする。)

それで、仕事の段取りをどうするかで、少しもめて、結局、職場のネットワーク管理者の方が、ルーターを介して、問題の二つのLinuxマシン間にsshを通し、その後、自分が、一般ユーザーの権限でMPICH2のインストールを行うこととなった。職場の並列計算に詳しい別の先輩社員の方は、root権限がなくてもMPICH2の設定は可能なはずだ、と自分に説明された。

本当のところ、自分は、上記の段取りで、異なるhost間のMPIによる並列計算が上手く設定できるのかどうか、今一つ自信が無い。(本当は、これで、きちんと並列計算設定できるのかもしれない。)しかし、これ以上、何か他の同僚の方々への不満と受け取られるような発言はしたくなかったので、上記の決定に従うことにした。周囲の人から、強情な人、と思われたくなかったのである。

結局、自分は、この件に関して、何が不満だったのだろうかと、後で考えてみた。別に、大した事件ではない、と思う。自分は、上司から指示された仕事をしようと努力し、職場の周囲の人も、同様に、自分の担当の仕事を遂行しようとしただけの話である。

自宅に戻り、O女子大Bさんとの共同研究の内容を、英語論文原稿にまとめる作業を行った。

ここまでが、10月2日(金)の出来事である。

ここから、10月3日(土)の出来事を書く。

午前中、かかりつけの精神科クリニックに出掛ける。お医者様と、いろいろ話をする。お医者様は、セロクエルからリスパダールに切り替えてみてはどうだろうか、と自分に提案された。その方が、日中の眠気が抑えられるかもしれない、とのことであった。それで、「しばらく様子を見てから、お薬を切り替えるかどうか決めましょう」、ということになった。

その後、東京工業大学図書館(大岡山)で借りていた本を返却する。それから、品川区立大崎図書館に行く。そこで、借りていたCDを返却し、本とCDを新たに借りた。

それから、自宅アパートに戻り、英語論文原稿作りに取り掛かった。O女子大のBさんからメールが届いていた。Bさんのメールは、あまり焦らず、落ち着いて論文原稿を書いた方が良い、そのようなことが書かれてあった。Bさんは、自分が、今回の研究について、やや勇み足である、と思われているようであった。(自分は、メールの行間に、そのような意味が込められているような気持ちがしたのである。)

話題は唐突に変るが、今回のブログのページに貼り付けられている画像は、ディズニー・シーのタワー・オブ・テラーというアトラクションの建物を写したものである。夕方で、小雨が止んだばかりのときで、ちょうどそのとき空に虹がかかったのを息子が見付け、それを撮影したのである。(ディズニー・シーに行ったのは、7月のことである。)

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2009年9月30日 (水)

論文原稿を書き始める

今朝、朝食を取らずに、地下鉄副都心線北参道駅近くの東海大学付属東京病院へ向かう。腎臓癌の転移検査を受けるためである。この検査のために、自分は有給休暇を使った。20090930blog

紹介状を持参しての初診であったが、それほど待たされることなく、診察を受けることが出来た。胸部CTスキャン、および、血液検査を受ける。これから主治医となる先生は、「半年毎に検査をしましょう」、と仰った。とりあえず、今日の検査結果は異常無しであった。

それから、自宅アパートに戻る。妻は買い物に出掛けていて、昼食を一人で取る。

午後から、論文原稿を書き始める。約一ヶ月前から、O女子大のBさんと、研究ノートをメールで交換し合って、共同研究を進めて来たのだが、それが一段落したので、得られた結果をまとめて論文の形にすることにしたのである。

今回のBさんとの共同研究の内容において、M. Lewenstein and A. Sanpera, 'Separability and Entanglement of Composite Quantum Systems', Phys. Rev. Lett. 80, 2261-2264 (1998)の結果が重要な役割を果たしている。しかし、実は、自分は、この論文で論じられている、いわゆるLewenstein-Sanpera decompositionの導出過程を、これまで十分に理解していなかった。それで、ここ一週間程の間、Lewenstein & Sanperaの論文を、頑張って、読んで理解しようとしていた。そして、昨日、ようやく自分の心の中で納得が行ったので、今日から、共同研究の論文原稿を書き始めらる気持ちになれたのであった。

しかし、この論文原稿を完成させても、自分は、これをすぐに公表すべきか否かで、少し悩んでいる。と言うのは、今回の結果には、M大学のP. H.さんの未発表の結果が一部含まれているのである。従って、論文として公表する場合、P. H.さんの結果をpersonal communication、もしくは、unpublished等と断り書きして引用しなくてはならない。

自分は、この件について、一度、P. H.さんに連絡すべきでは、と考えている。しかし、自分が、P. H.さんと最後に言葉を交わしたのは、9年前のことである。P. H.さんは、恐らく自分のことを忘れているであろう。当時、自分は、Clarendon Lab.でポスドクをしていて、P. H.さんは大学院生であった(と記憶している)。それで、P. H.さんは、自分で思い付いた量子情報理論に関するある結果を、Latexで印刷して、周囲の人に配っていたのであった。自分は、その内容を今でもしっかり覚えていて、それを、今回のBさんとの共同研究で使わせてもらったのであった。

しかし、P. H.さんは、さっぱりした性格の人であったから、きちんと頼めば、引用を許可してくれると思われる。この件については、深く悩まないことにしようと考える。

当然のことながら、明日は、仕事である。

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2009年9月27日 (日)

気分の乗らなかった一日

9月26日(土)の深夜に、このブログを書いている。

今日、午前中、泌尿器科のクリニックに出掛ける。腎臓癌の転移がないか検査をしてもらうつもりで行ったのだが、結局、検査はしてもらえず、他の大きい病院への紹介状を書いてもらっただけで診察が終わった。今日行ったクリニックでは、CTスキャンの設備がないので、詳しい検査が無理とのことであった。それで、再び、癌転移の検査をしてもらえる大きな病院に、予約を取る必要が出て来た。何だか、たらいまわしにされている気がしてきて、少し、いらいらしたような、そんな気分になってしまった。20090927blog

そして、自分は、こんな些細なことでいらいらしている自分が、嫌いになった。お医者様は、ちゃんと、自分の体を診て下さっているのである。本来であれば、ありがたいと思わなくてはいけないところである。しかし、今日の自分は、何だか、疲れたような、気分が安定しない一日であった。

自宅に戻って、M. Lewenstein and A. Sanpera, 'Separability and Entanglement of Composite Quantum Systems', Phys. Rev. Lett. 80, 2261-2264 (1998)を読むのに取り掛かる。しかし、途中で計算がフォロー出来ない所に出くわし、前に進めなくなる。明日、時間を置いて、考え直してみようと考える。

職場では、ついに自分は、CUDA on GPUのプロジェクトから正式に外されてしまった。それで、今度からは、MPIch2を勉強することになった。しかし、この仕事を上手くやり遂げる自信が、現在の自分には全くない。

応用情報技術者試験の準備も進んでいない。この先、一体どうなるのだろうかと、少し悩んでしまう一日であった。

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2009年9月23日 (水)

ずっと眠かった一日

昨夜、普段服用している薬の他に、液体タイプのリスパダールを飲んでから、就寝する。そのためか、今朝は、遅い時刻まで起きれなかった。また、午後になっても、眠気が取れず、数時間、昼寝をした。20090923blog

京都に住んでいた頃、お世話になっていた精神科クリニックの先生から出してもらっていた、液体タイプのリスパダールが、まだ手元にかなり残っている。それで、何となく精神状態が安定していない気分のときは、それを飲んでいる。しかし、この液体タイプのリスパダールを飲むと、決まって、翌日まで眠気が残ってしまうのであった。

今日、暇な時間を見付けて、応用情報技術者試験の過去問を解いてみる。しかし、なかなか正解に到達しない。来月中旬に、試験を受ける予定なのだが、あまり準備が進んでいない状況である。

昨日の昼頃、O女子大のBさんから、一昨日送った研究ノートの、返事のメールを受け取る。一昨日送った自分の研究ノートには、証明に不備な点が残っていたのだが、Bさんは、それを即座に解いてしまったようであった。自分は、その鮮やかさに、少々驚いた。

結局、今日一日の間で、きちんと起きていた時間は、計9時間程度であった。明日は、早起きして、頭をはっきりさせて、職場に行こうと考える。

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2009年9月22日 (火)

東京タワーを階段で登ったこと

昨日の出来事を書く。

朝、9時半頃、家族三人で、自宅アパートを出て、東京タワーに向かう。午前11時頃、東京タワー前に到着する。予想に反して、多くの観光客が集まっており、大展望台までのエレベーターは約一時間待ちとのことであった。20090922blog

それで、どうしようかと思案していたら、係員の人が、「大展望台まで階段で登る方法も有りますよ」と、大勢の観光客の人たちに向かって呼びかけていた。係員の人の説明では、大展望台までの高さ約150メートルを、階段約600段で登ることが出来るとのことであった。入場料はエレベーターでも階段でも同じということであった。階段600段と言っても、普通の健康な大人なら15分弱で登り切れる、とのことであった。

それで、階段で登った方が面白そうだ、ということになり、我々家族三人は、階段を選択することとなった。階段コースは、東京タワー真下のビルの屋上まで一度階段で登って、そこから改めて600段登るという仕組みになっていた。

東京タワーの階段は、赤いペンキで塗られていて、大人二人が並んで登れる程度の横幅であった。途中で、何箇所か、休憩しながら周囲を見渡すための、ベランダのような場所が設置されていた。

階段コースを選択した人は結構多く、階段を人が切れ目なく登っている状態となった。

自分は、何とか600段を登り切ったが、大展望台に到着したときには、かなり汗が出ている状態となった。

自分達家族三人は、大展望台から眼下に広がる東京の景色を、しばらくの間眺めていた。六本木ヒルズのビルが、真正面に建っていたのが印象的であった。また、フジテレビの建物も見ることが出来た。レインボーブリッジも、ちゃんと見ることが出来た。

それから、さらに上の、特別展望台も行ってみようということになり、今度はエレベーターで昇った。(ここから先は、一般客が利用できる階段は無いようであった。)特別展望台は、高さ約250メートルに位置している。自分は、そこから富士山が見えるのではと思ったのだが、白いもやのような雲のような空気が邪魔をして、結局見付けることが出来なかった。

それから、自分達家族は、エレベーターで大展望台まで降りて、そこから再び階段で地上に降りた。

大展望台内で、自分は、何故か、ある一人の女性係員から、遠巻きにじっと観察されているような気分になった。その女性係員は、二十台半ば位の、さっぱりした顔立ちの人であった。何故か理由は分からないのだが、自分は、その女性から悪意のある眼差しで注視されているような気分になったのである。

しかし、その女性係員の方は、外見はごく普通で(と言うか、制服を着て観光客を案内しているので、外見は普通に見えるに決まっている)、表情も優しげで、周囲の見物客の人々に気さくに声をかけていた。普通の感覚を持った人であれば、その女性係員を見て、「仕事熱心な、美人で親切な、若い女性」、と言う印象を持つであろう。とても、「意地の悪い女性」には見えない。しかし、何故か理由は分からないのだが、自分は、その女性が自分に対して悪意を持って、少し離れた場所から自分の行動をじっと観察しているように、感じられてしまうのである。

「要するに、これは、自分の精神疾病が生み出す、被害妄想なのだな」、自分は、そう考えて、その場をやり過ごした。

東京タワーの見学を終えて、自分達家族三人は、都営三田線御成門駅に向かった。そこから、東急目黒線奥沢駅に出て、そこから歩いて自由が丘に行く予定であった。妻は、自由が丘で、自分と息子用の秋冬用ズボンを買いたいとのことであった。

御成門駅の自動券売機で切符を買っていると、隣の券売機で外国人夫婦が、上手く切符を買えずに困っている様子であった。見ていると、どうやらPASMOカードを券売機が受け付けてくれない様子であった。

自分でも理由は分からないのだが、自分は、大胆にも、その外国人夫婦からPASMOカードを取り上げ、自分で券売機に挿入して、「どこに行くのですか」と英語で尋ねていた。外国人の旦那さん(と思われる年配の男性)は、「okayama」と答えた。それで、自分は、「大岡山ですね」と念を押して尋ね、切符を買おうとした。

ところが、その外国人男性が持っているPASMOカードには、お金がチャージされていないようで、券売機は受け付けてくれないのであった。自分は、「この券売機は、あなたのPASMOカードを受け付けてくれない。お札で買った方が良い」と、説明した。それで、自分は、その外国人男性から千円札を受け取り、大岡山までの切符を二枚購入した。

ところが、それから、その外国人男性は、「自分達は大岡山で乗り換え、自由が丘に行きたい。最終目標は自由が丘駅である」、と言い出した。自分は、これには、ちょっとまずいな、と思ってしまった。と言うのは、切符は大岡山までの分しか買っておらず、この外国人夫婦は、自由が丘駅の改札を出る際、再度、料金の精算をしなくてはならない。それに、大岡山で東急目黒線から東急大井町線に乗換えをするのは、この外国人夫婦には無理ではないかと、思ったのである。(大岡山駅のホームは、二つに分かれていて、普通の人でも、時々乗り場を間違えることがある。)

しかし、その年配の外国人夫婦は、そのまま、ありがとうと礼を言って、改札を通ってしまった。

地下鉄駅のホームで、その年配の外国人男性は、「このホームでいいのかね」、と自分に尋ね、自分は「そうです」と答えた。そうして、その外国人夫婦と自分達家族三人は、同じ地下鉄に乗った。(彼らも我々も、自由が丘駅を目指しているので、当然、同じ道中になってしまったのである。)

車内で、自分は、妻に、「あの人達は、自由が丘駅に向かっているみたいだけど、どう行けば良いか、よく分かっていないみたいだ。一緒に行きませんか、と言ってみてはどうだろう。これは、お節介と思われるだろうか」、と尋ねた。ところが、そのとき、息子は、「この電車は、東急目黒線に行かない。白金高輪止まりだよ」、と言った。

自分達の乗った電車は、都営三田線のみで、東急目黒線に乗り入れない車両であった。それで、自分は、外国人夫婦に、「この電車は、次の駅で止まりです。別の電車に乗り換えなくてはなりません」、と説明した。それから、思い切って、「自分達も、自由が丘駅に買い物のために行く途中です。ご一緒しませんか(Would you mind accompanying ...?)」、と言ってみた。すると、その年配の外国人男性は目を丸くして、「No!」と答えた。これは、一緒に行きましょう、と言う意味である。それで、みんなで自由が丘に向かうこととなった。

その外国人夫婦は、非常にきれいな英語で話し合っていた。アメリカからの人ではなさそうであった。(別に、アメリカの人は雑に英語を話している、という意味ではない。)また、身なりも派手ではないが、良い服を着ていた。(少なくとも、妻は、そのように見ており、この人達は、多分、裕福な人たちだ、と判断していた。)しかし、ロンドン近辺の人ではない感じがしていた。言葉(単語)の切り方が、ちょっと、違う感じがしていたのである。(この辺りの記述は、読む人によっては、何だか、自分は英語が出来ることを自慢しているようにも受け取られるかもしれないが、そのような意図は、全くない。何だか自慢話みたいで不愉快に感じる方は、この部分を読み飛ばして構いません。)

自分達は、奥沢駅で下車して、歩いて自由が丘駅に向かった。と言うのは、外国人二人の買った切符が大岡山駅までなので、同じ料金である奥沢で降りた方が面倒が少ないと思ったからである。それに、奥沢駅から自由が丘駅まで、徒歩5分程度で、こちらの方が早く目的地に到着出来ると考えたのである。

それで、自分たちは、何とか、特に支障もなく、自由が丘駅前にたどり着いた。自分達家族は、そこで、外国人夫婦と別れた。自分は、「あなた方は、どこから来られましたか」、と尋ねたところ、「スコットランドから来ました。娘が自由が丘に住んでいるのです。自由が丘駅中央改札口で待ち合わせをしています」、と答えた。その夫婦は、自分達家族三人それぞれと固く握手して別れた。

自分達は、それから、自由が丘駅前のEddie Bauerという店に向かった。そこは、男性用のカジュアルな服を主に取り扱っている店であった。妻は、UNIQLOより、こちらの店の方が、サイズの大きい人用の服が揃っていて、しかも安いのである、と自分に説明した。そこで、仕事に出かけるときに着るためのズボンを二本購入した。その後、息子用のズボンを買うために東急ストアに寄ったのだが、適当なものが見付からず、買うのを諦めた。

それから、自分達は、今度は、西小山駅に向かった。西洋料理杉山亭で夕ご飯を食べるためである。珍しいことに、自分達家族が杉山亭に到着したとき、店内には他のお客が一人もいなかった。杉山亭で、妻と自分はオムライスを注文した。息子は、ナポリタン・スパゲッティを注文した。

杉山亭は、やはり人気が高いようで、自分達が店内に入ってから十分ぐらいすると、続々とお客がやって来て、何人かは店の外で待たされる状態となった。

それから、自分達家族は、自宅アパートに向かった。自宅に帰る途中の地下鉄車内でも、自分は、何人かの見知らぬ乗客から、遠巻きにじっと観察されているような感覚がした。どうしてそのように感じるのかは、全く説明できない。やはり、これも被害妄想なのだろうか。(そもそも、このような被害妄想の現象に、合理的な説明が付けられる訳がないのだが。)

自宅に戻ってから、自分は、O女子大のBさんに送る研究ノートのLatex原稿を、大急ぎでタイプした。そして、特に推敲もせずに、Bさんにメールで送ってしまった。

昨日は、そんな風に、いろいろなことがあった一日であった。

どうでもいいことだが、あの外国人夫婦は、今頃、何故自分たちは自由が丘駅に行くのに、あんなに街中を歩かされたのだろう、と不思議に思っているのではないだろうか、と自分は考えた。妻にそのことを話すと、とにかく自由が丘駅まで送り届けたのだから、それでいいのでは、と言われた。そして、「私たちは、イギリスで、あんなに親切にされたのだから、お返しをするのが当然でしょう」、と言われた。もっともな意見である。

今日は、何もせず、のんびりしようと思う。

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2009年8月19日 (水)

妄想の症状がひどくなる

ここしばらく、自分は、ひどい妄想に悩まされています。その妄想の内容は、ここでは詳しく書きません。20090819blog

それで、自分は、当分の間、このブログを休むことにしたいと思います。しばらくして、また、精神状態が落ちついたら、このブログを再開したいと思います。

このブログを読むのを、いつも楽しみにしていて、「更新が待ち遠しい」、というような人は、恐らく、数人程度かと思われます。(もしかしたら、そんな人は一人もいないかもしれません。)その方達には大変申し訳ないのですが、自分と致しましては、やや精神的に限界の状態に近付いており、ブログ継続は無理と判断しました。

自分は、このブログを通じて、精神疾患で苦しんでいるのは、自分だけではないと知りました。

とにかく、無理しない程度に仕事を続けながら、精神疾患の症状を少しずつ回復するように持って行って、出来れば数ヵ月後には、ここに戻って来れれば、と考えています。

今後とも、どうかよろしくお願い致します。

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2009年8月15日 (土)

原爆ドームを見学したこと

この文章は、8月14日(金)の深夜に書いている。

昨日、自分と、息子と、自分の両親(息子の祖父母)で、広島に日帰り旅行する。午前中、宮島の厳島神社に行き、午後は、原爆ドームおよび平和記念資料館に行く。20090814blog

自分が広島を訪れるのは、これが初めてであった。自分は、原爆ドームをこの目で初めて見て、やや圧倒される思いがした。平和記念資料館は多くの人で混雑していて、ゆっくりと見学出来なかった。見学者の中には、外国からの観光客が多く見受けられた。

平和記念資料館内の展示で、核分裂の実験に最初に成功した科学者として、リーゼ・マイトナー(オーストリアの女性物理学者)が紹介されていた。リーゼ・マイトナーは、物理の世界では、核物理に関して多くの業績を挙げながら、ユダヤ系でありかつ女性であったことから、ノーベル賞を授けられなかった、悲劇の研究者ということになっている。(少なくとも、これまで、自分は、そのように認識していた。)しかし、この展示を見学していると、リーゼ・マイトナーの発見から、マンハッタン計画、原子爆弾の完成、への流れが、何か、方向性を誤った科学の歴史の典型例のようにも見えてきて、心穏やかにはいられなかった。

見学者で館内はごった返していて、見学すべき資料も多く、そして、ほとんどの見学者が、非常に熱心かつ丁寧に時間をかけて展示物を見ていたので、各展示コーナーへの人の列は、なかなか早く進んでくれなかった。自分と息子は、帰りの新幹線の時刻も考慮して、いくつかの展示物を跳ばして見学した。

息子が非常に興味を持った展示物は、次の二点である。一つは、原爆が投下された時刻の、午前8時15分に止まってしまった腕時計である。二つ目は、当時の女性がはいていたモンペである。(モンペのことを、小学校で教わったことがあるようであった。)

館内では、小さなすすり泣く声が、しばしば聞かれた。見学に来た小学生の女の子が泣いているようであった。息子も、ひどい火傷を負った被災者の写真を見るのが、だんだん嫌になってきたようで、自分に、「早く通り過ぎようよ」、と言ったりした。

見学路の途中で、ビデオコーナーがあり、自分と息子は、そこで休憩を兼ねて、ビデオを見ることにした。それは、「PICA-DON」というタイトルのアニメーションで、原爆投下の朝の様子を描いた作品であった。時間は10分程度の作品であった。このアニメーションの中で、通勤、通学(学徒動員?)途中の、一般市民や、木造二階建ての家に住んでいる男の子が、二階のベランダから紙飛行機を飛ばす瞬間に、閃光と共に、焼け焦げたり、熱で体が溶けてゆく様子が描写されていた。そのアニメーションは、あまりリアルな感じの絵柄ではなかったので、自分も息子も何とか見終える事が出来た。

息子は、紙飛行機を飛ばしていた男の子はどうなったのか、赤ちゃんに授乳をしていた母親はどうなったのか、自分に尋ねた。自分は、広島に投下された原爆では、爆心地付近の温度が、一気に3000度から4000度に上昇したと説明した。また、太陽の表面温度は一般に約6000度とされていると説明した。従って、中心地付近にいた人たちは、太陽に投げ込まれたようなもので、一瞬のうちに蒸発したであろうと説明した。息子は、先年亡くなった義父を火葬した際のように、骨や灰になったのかと尋ねた。自分は、火葬の場合は、せいぜい1000度強であり、原爆中心部の被災者は、骨や灰も残らず、蒸発もしくは気化したであろう、と説明した。自分は、「骨も灰も、残らないだろうと」、と説明した。(自分は、素粒子論で博士号を取り、長年、理論物理を研究して来ただけあって、結構、すらすらと正確に状況を説明出来てしまうのであった。自分は、このことを自慢するために、以上のことを書いているのではない。)

(上記の自分の説明は、爆心地付近で成立することである。爆心地から半径2km程度の距離にいた人たちは、強い熱線、および、放射線を受け、命は助かっても、いわゆる被爆者となってしまったようである。また、それよりさらに離れた距離にいた人たちも、「黒い雨」等の被害を受けたようである。)

学生時代、自分は、R. P. Feynman著「Surely you're joking, Mr. Feynman」という本をペーパーバックで読んだことがある。この本の中に、若きファインマンが、マンハッタン計画で大活躍する様子が描かれている。その中でのファインマンは実に生き生きとしている。しかし、自分たちが開発した原爆が日本において実戦で使用されたと聞いて、深く落胆するシーンがある。(強い自責の念と、虚無感に襲われた、とのことであった。)

平和記念資料館の展示においては、当時の米国政府は、マンハッタン計画であまりにも巨額の予算を使ってしまったため、その巨額な開発費を米国民に対して正当化するために、あえて、原爆の実戦使用に踏み切った、と説明していた。(少なくとも米国政府が原爆投下の実施に踏み切った要因の一つに、それを挙げていた。)自分は、この説明文を読んで、複雑な感情を抱いた。

平和記念資料館の順路の最後に、見学者がメッセージを残すコーナーがあった。息子は、何か熱心にメッセージを書き残していたようであった。自分は、そのメッセージを読まなかった。また、平和宣言の文書が書かれた紙に、記念スタンプを押したりしていた。また、息子は、街頭での平和活動の署名にも応じた。自分は、そのようなことは、一切しなかった。

帰りの新幹線まで少し時間があったので、自分達家族は、広島風お好み焼きを食べた。そうして、新幹線で広島を後にした。

自分は、以下のことを考えたりした。湯川秀樹は、戦前に核力の伝播に関する中間子論を発表済みである。朝永振一郎も、戦争中に、超多時間理論による量子電磁力学の繰り込み処方の手がかりを得ていたはずである。従って、この二人の巨人とも言える研究者、および、周囲のお弟子さんたちは、原子爆弾の可能性について、ある程度の知識を持っていたはずである。何故、彼らは、この危険性を、政府関係者や軍部に伝えなかったのだろうかと考えた。彼等が、無責任な人間であったとは考えにくい。湯川先生も朝永先生も人格者で、特に湯川先生は、戦後、核兵器の廃絶運動に積極的に参加している。しかし、もし、当時の日本において、研究者たちが軍部に原子爆弾の脅威を説いていたら、逆に研究者たちの命が危険にさらされたかもしれない。例えば、特別高等警察(いわゆる特高)に監視されることになってしまっていたもしれない。

科学者にとっての正義が、どういう形のものであるべきかは、時として、複雑な問題をはらむ可能性がある。

こんなことを、昨日は、つらつらと考えていた。

しかし、息子は、いつか自分と、もう一度、広島に訪れたいと言ってくれた。もっと時間をかけて、いろいろ見てみたいと言った。これは、自分にとって、うれしいことであった。

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2009年8月12日 (水)

研究が少しだけ前進する

今朝は午前9時頃目を覚ます。それから、すぐに、量子情報理論に関する研究の計算を始める。ここ数ヶ月ほど取り組んでいた、単一光子発生素子に関する計算が上手く行きそうな感じがして、それなら、実際にやってみようと、思い立ったのであった。20090812blog

これまでの研究では、係数が時間変数tに依存する三元連立の線形常微分方程式が出て来て、その時点で立ち止まっていた。しかし、先日購入した高橋陽一郎著「微分方程式入門」(東京大学出版会)を読んでいるうちに、何となく解ける気がしてきたのである。

実際に、Mathematicaの助けを借りながら、ノートと鉛筆で計算してみると、問題の微分方程式の、形式的な解を得ることが出来た。しかし、その形式解は行列の無限級数の形を取っており、explicitな表現の解は、級数を有限個の項で打ち切った形でしか得られなかった。

昼食は、父が宅配のピザを注文し、それを、父、自分、息子の三人で食べた。

昼食後、午前中に取り組んだ微分方程式に対して、具体的な数値パラメータを設定して、Mathematicaの数値計算機能で、やや強引に解いてみた。Mathematicaは、微分方程式を差分法で自動的に解いてくれる機能を備えているのである。数値計算の結果は、自分の予め立てていた予想と、おおむね一致しており、自分の計算に誤りはないようだと判断する。

いろいろ考えた末、これらの結果を取りまとめて、かつての共同研究者であるBさんに送る予定の原稿に書き加えることにする。しかし、Bさんは、自分から原稿を受け取っても、果たして、まともに読んでくれるであろうか、と心配になる。Bさんだって、自分の研究で手一杯のはずである。しかし、ここで、くよくよ悩んでも仕方ない訳で、とりあえず、原稿を早急に書き上げてしまおうと決心する。

今日、息子は、何もすることがなく、手持ち無沙汰のようであった。横浜に比べると、京都の実家付近は、かなり田舎で、子供にとっては、やや退屈な場所のようである。

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2009年8月11日 (火)

回転寿司に関する疑問

午前中、息子の、漢字ドリル、計算ドリルを手伝う。20090811blog

手が空いた時間に、高橋陽一郎著「微分方程式入門」(東京大学出版会)を読む。読むといっても、斜めに目を通すといった感じである。それで、周期係数線形微分方程式におけるフロッケ行列というものを勉強する。

息子は、祖父(自分の父)から「ロビンソン・クルーソー」(岩波少年文庫)という本を買ってもらい、半ば強制的に読まされている。息子は、あまり読書を好まない傾向にある。それで、無理やり読まされることになったようである。

夕方、息子、自分、自分の父の、男三人で、河原町三条の回転寿司店に行く。各自、十皿程度食べる。

阪急河原町駅で降りて、四条河原町から三条の回転寿司店を目指して、河原町通りを北に向かって上っている途中、前方を歩く金髪の、いかにも今時の若者の格好をした、二十代らしき男性二人が、振り向いて誰かを指差して笑っている様子であった。そのとき、自分は、何だか自分のことを指差されている気持ちがした。何故だかは分からない。二人の若者は、何か声を上げていたが、自分はそれを聞き取れなかった。それから、また例によって、通りを歩く周囲の人たちが、自分のことを遠巻きに眺めて、何か噂をしているような気がして来た。要するに、これは、精神病のせいで、自分が勝手に抱く妄想なのだろうが、自分は、そのような感覚が湧き起こるのを止めることが出来なかった。

回転寿司店に入ってからは、周囲のことが気にならなくなり、普通に食事をすることが出来た。と言うのも、息子のためにサビ抜きの皿を寿司職人さんに、いちいち頼まなくてはならず、それなりに結構忙しかったからである。また、一つ席を置いて隣に、非常に大きな声で店員さんに、いろいろな注文を命令口調で指示する、かなりの年配の女性客(お一人様)がいて、その人は店内で猛烈に目立っていて、そのせいで、自分は逆に、安心出来たのであった。

どうでも良いことだが、その店には、多くの外国人観光客も入っていて、「arigato!(ありがとう)」とか「ohkini!(おおきに)」を連発していた。この店は、結構観光客の間で有名な店なのだろうかと、考えたりした。

父は、ビールを注文したが、自分は飲まなかった。

回転寿司店で勘定を済ませた際、女性店員が息子にキャンディーを手渡した。それで気付いたのだが、回転寿司店を出るとき、たいていの店で、子供にキャンディーを手渡すことになっているような気がする。少なくとも、自分のこれまでの経験では、そうである。これは、寿司を食べて口の中が醤油で塩辛くなったのを、口直しするために手渡しているのであろうか。ちょっと謎である。

今日は、もうこれ以上、何もしないことにする。

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2009年8月10日 (月)

雨の日が続いている

午前中、歯医者さんに行く。その歯医者さんに行くのは二年振りである。そこで、歯石を取ってもらう。20090810blog

昨日、今日と、雨の日が続いている。でも、夜は結構暑く、クーラーを付けっ放しにして寝ている。

歯医者さんから実家に戻って昼食を取る。その後、眠くなり、ソファーで数時間眠ってしまう。

今日、夜寝る前に、昨日購入した、高橋陽一郎著「微分方程式入門」(東京大学出版会)に目を通してみようと考えている。この本の中で、線形常微分方程式y'(t)=A(t)y(t)において、A(t)が変数tについて周期関数である場合が、議論されている。これまで、自分は、このような微分方程式の解は、当然、tについて周期的であり、フーリエ級数のテクニックで厳密に解けるだろうと考えていた。しかし、この本では、そのような考えは一般には成立せず、誤りであることが説明されていた。一般に、この種の微分方程式では、解は周期的とは限らず、有界であるか否かも保証されていないとのことであった。自分は、その記述を詳しく読みたいと思ったので、この本を購入しようと考えたのである。

自分は、これまで、微分方程式に関して、主として物理数学の立場から書かれている教科書で勉強してきた。そして、そのような、純粋数学向けではない、理工系向けの実用性を重視したテキストでは、上記のようなadvancedな内容は触れられていないのが普通である。

ところで、昨日行った本屋さんには、ポントリャーギン著「常微分方程式」(共立出版)も書架に並べられていた。このテキストの中でも、上記の問題が議論されていた。それで、自分は、高橋陽一郎著のテキストと、ポントリャーギン著のテキストと、どっちを買おうか、かなり迷ったのである。ポントリャーギンのテキストは昔からの名著ということになっており、定番中の定番である。しかし、自分には少し難しいのではと思い、結局、高橋陽一郎著の方を選択した。

でも、ポントリャーギンの本も、いつかは挑戦してみたいものである。

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2009年8月 9日 (日)

映画「HACHI 約束の犬」を観に行く

今日、息子と、映画「HACHI 約束の犬」を観に行く。前売り券を、少し前に、職場の近くのコンビニエンス・ストアで購入していたのである。前売り券は、大人1枚、子供1枚買っていた。当初は、妻と息子が観に行く予定だったのだが、何故か妻は、自分に、「あなた、観に行ってみれば」、と勧めたのである。そんなわけで、今日、自分は息子と映画「HACHI」を観に行く運びとなった。20090809blog

映画館は、新京極通りのMOVIX京都であった。自分が高校生だった頃は、河原町通り、および、新京極通りの、四条から三条にかけて、多くの映画館が立ち並んでいたのだが、今は、それらのほとんどが閉館した模様で、残っているのは、このMOVIX京都だけのようである。

そう言えば、かつては、河原町通りの四条から三条にかけて、丸善を始めとする大型書店がいくつも並んでいたのだが、それらも、いつの間にか店仕舞したようである。何だか、短期間のうちに、河原町通りの文化的な雰囲気が、大きく損なわれたような気がして、残念な感じである。

「HACHI」という映画は、あの渋谷の忠犬ハチ公の話を、アメリカに置き換えた内容であった。ハチの主人である大学の先生役を、リチャード・ギアが扮している。映画の最後で、「この物語は日本の実話を基にして作られた」、という内容の説明がなされていた。

映画館では、字幕版と吹き替え版の両方が上映されていた。息子は、「吹き替え版の方がいい」、と言ったので、そちらのスクリーンを選択した。自分は、リチャード・ギアの生の声が聞けなくて、少し残念だった。

自分は、映画を観ながら、「そう言えば、息子と以前観に行った実写版の映画も、犬が主人公だったな」、と考えたりした。「盲導犬クイール」という映画で、そのとき、息子は、6歳か7歳だったはずである。

今日まで知らなかったのであるが、MOVIX京都の映画の半券を持って行くと、四条河原町阪急ビルの7F, 8Fのレストランは、会計が300円引きとなる、とのことであった。それで、映画を観終わってから、自分と息子は、阪急ビルのレストラン・フロアに向かい、昼食を取ることにした。自分と息子は、スパゲティ・ピザの専門店に入り、セットメニューを頂いた。確かに、会計で、二人分の600円が割引されていた。

その後、自分と息子は、四条河原町から烏丸の方向に少し歩いた所にある、ジュンク堂書店に寄った。自分は、高橋陽一郎著「微分方程式入門」(東京大学出版会)を購入した。現在取り組んでいる量子情報理論の研究で、この本に書かれている内容を勉強する必要がありそうだからであった。

どうでも良いことだが、映画の中の子犬時代のハチは、自分のこれまでイメージして来た忠犬ハチ公より、やや太めで、体型がコロコロし過ぎているような感じがした。やはり、アメリカの犬は、日本の犬より体が大きめなのだろうか。しかし、映画のストーリーの中で、ハチは、Akita(秋田犬のこと)という日本の伝統的な犬の種類であることが強調されていた。ということは、映画の中で登場する犬は、日本産のようにも思える。別に、どちらでも構わないのだが。

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2009年8月 8日 (土)

息子と帰省する

今日、息子と二人で、京都の実家に帰省する。妻は、福島の親戚の家に帰省することになっている。妻は、父(自分にとっては義父)を亡くして間がないため、いろいろと片付けなくてはならない用事が、実家において山積しているようであった。20090808blog

新横浜から新幹線N700系で京都に向かう。車中で、自分は、息子と囲碁を打った。息子は、新幹線車内で約二時間ぶっ続けで囲碁を打てることを、以前から楽しみにしていたのであった。

これまで、自分は、息子と囲碁を打つ際は、取り囲んで取った碁石(アゲハマ)の総数で勝敗を決していた。これは、息子の所属している小学校の囲碁クラブでの特別ルールのようであった。子供でも親しみ易いように、このようなルール変更がなされているのだと推測される。しかし、今日、息子は、このルールでは今一つ面白くないという意味のことを言った。「やっぱり、正式なルールで囲碁を打ったほうが面白そうだ」、という意味のことを言った。それで、今日からは、取り囲んで得た地の目の総数で、勝敗を決することとなった。

正式な囲碁のルールで楽しむのは良いことだと思うのだけれど、この場合、どの状況で終局したかを判断するのが非常に重要となる。そして、これが、初心者には結構難しいのである。しかし、何だかんだ言い合いながら、自分は息子と囲碁(のようなもの)を打って楽しむことが出来た。自分は、もっと囲碁の勉強をしないと、そのうち息子と話が合わなくなるな、と考えたりした。

京都はとても暑かった。息子は、社会の自由研究として、京都の有名なお寺を見に行って、そのことを紀行文風の作文にまとめるつもりである、と言っている。それを済ませれば、小学校の夏休みの宿題は全部やり終えたことになるのだそうだ。だから、自分は、息子を、どこか京都市内のお寺に連れて行かなくてはならない。でも、どのお寺に行けばいいのであろうか。

新幹線車内で、自分は、斜め前に座っている年配の女性から、じっと見られているような気がした。何だか、監視されているような気持ちがした。その年配の女性も、やはり京都駅で下車した。自分は、以前、何処かで会った人だろうかと考えたりした。しかし、当然のことながら、はっきりとしたことは思い出せなかった。やはり、自分の考えすぎであろうか。これも、妄想性障害の一種なのだろうかと考えたりした。

実家では、これまで忙しくて出来ずにいた、量子情報理論の研究を、ちょっと集中して、やってみるつもりである。

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2009年8月 6日 (木)

わずかだが仕事が前進する

今日も職場で、幾何光学ソフトエンジン部分の試作プログラムを、CUDA on GPUに書き替える作業に取り組む。cuda_kernel.cu内で、global memoryを小分けにして、データの一塊をshared memoryに移し、sharede memoryのデータの内容を使い終わったら、global memoryの次の一塊のデータをshared memoryに移す、というプロセスを何度も繰り返すように、コードを書き替える。すると、典型的なテスト問題の計算時間が、約30秒から約28秒に短縮された。これにより、Visual C++プログラムの約6.3倍の高速化が達成されたことになる。20090806blog

自分は、この結果に、「自分なりに頑張った」、と一応満足したのだが、直属の上司を始めとする周囲の人は、最低約15倍の高速化を期待しており、要するに、これでは、まだ不十分ということであった。自分でも、正直、限界に近いと思うのだが、プロジェクトとしての目標は厳然たる事実として、自分の目の前に立ちはだかっている。自分としては、ただただ疲れたという気持ちである。

量子情報理論の研究の方は、ちょっと上向きの兆しが見えてきた状態である。単一光子発生素子の動作解析を目指しているのだが、昨日、新しい計算方法らしきものを思い付き、今は、それをいろいろ試している。何とか上手く行ってくれますように。

先日、Guns N' Rosesの「Chinese democracy」を購入したのだが、時間が取れなくて、まだきちんと聴いていない。お盆休みに、時間をかけて聞いて見ようと考える。

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2009年8月 4日 (火)

少しだけ仕事が上手く行く

今日も職場で、幾何光学ソフトのエンジン部分をCUDA on GPUに移植して、計算実行速度を高速化する作業に取り組む。今日、たまたま思い付くことがあって、cuda_kernel.cuの、あるglobal memoryに割り当てられた変数を、shared memoryに移してみたところ、これまで、テスト問題を約35秒程度で解いていたのが、約30秒まで短縮された。ちょっと、驚く。20090804blog

これで、Visual C++で書かれていたエンジンプログラムを、CUDA on GPUによって、約5.3倍程度まで高速化できたことになる。ここまでたどり着くのに、自分は多大な苦労をして来た訳だが、職場の上司を始めとする周囲の人たちは、この程度の高速化では納得してくれそうにない雲行きである。自分でも、どうしたものかと、悩んでしまう。

量子情報理論の研究の方は、極めて複雑な計算に出くわしてしまい、なかなか先に進めない状況である。

最近、職場で、ショパンの「練習曲集」のCDを熱心に聴いている。(CDヘッドフォンプレーヤーで聴いているのである。)ショパンは、練習曲を全部で27曲作曲したそうであるが、作品10の第1番が、猛烈にかっこいいのであった。それで、何度も繰り返し聴いている。

ロックもいいけど、クラシックもいいなあと思う今日この頃であった。

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2009年8月 2日 (日)

紫キャベツによる理科自由研究

今日、息子の理科の自由研究を手伝った。紫キャベツの色素を使って、いろいろな水溶液の酸・アルカリ性を調べる実験を行った。20090802blog

こういう風に書くと、何か物凄い実験をしたように聞こえるが、実際は、別に大したことはしていない。紫キャベツの葉を千切りにして、ガラス瓶に焼酎(ホワイト・リカー)と一緒に入れて、湯せんで温めただけである。そうすると、焼酎は、きれいな薄紫色の溶液となる。この溶液を、酸性の水溶液に加えると赤色、アルカリ性の水溶液に加えると緑色に変化するのであった。

この実験方法は、自分が考え付いたものではない。インターネットで、小学生高学年向きの理科の自由研究のテーマを検索した所、この実験のやり方を紹介しているホームページが多数有ったので、特に深くも考えずに、「これ、やってみよう」ということになったのである。

息子は、このような理科の実験に心ときめくタイプの子供ではないようであった。息子は、理科系の考え方が苦手のようであった。それでも、何とか、家族三人で、実験を敢行した。

紫キャベツ色素を溶かしたアルコールは、酢に混ぜると、きれいな赤色に変化した。石鹸水に対しては、緑色に変化した。妻が使っている化粧水は、薄い赤色に変化した。このような肌に直接付けるタイプの化粧品は、弱酸性のようであった。重曹を溶かした水溶液は、緑色に変化した。

これらの実験の模様は、デジタルカメラで撮影し、インクジェットプリンタでカラー印刷された。息子は、これらの印刷された紙をまとめて、文章を書き加え、厚紙で表紙を作って、一編のレポートに仕上げた。何だかちょっと簡単すぎる気がしないでもないが、これで、理科の自由研究は完成である。

どうでも良いことだが、湯せんした焼酎によって紫色の色素が抜けた後の、紫キャベツの葉は、深緑色であった。やはり、紫キャベツと言っても、葉緑素が含まれているのであった。これは、自分にとって、意外な発見であった。

今日は、そんなことをしていて、一日が終わるようであった。

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2009年8月 1日 (土)

長い昼寝

朝7時30分ごろ起床して、精神科クリニックに出掛ける。午前9時に診察の予約が入っているのであった。20090801blog

お医者様と話をするのは、久しぶりのことであった。と言うのも、二週続けて予約のキャンセルをしたからである。自分は、勝手に診察予約をキャンセルしたことについて先生に謝った。

何だか今日は、お医者様との会話が弾まなかった。先生も、「今日はちょっと元気がないみたいだけど」、と少し心配されていた。自分でも、理由は良く分からないのだが、今朝は元気が出なかった。

クリニックを出て、処方箋を受け付けてくれる薬局へ行ったのだが、まだ開いていなかった。その時点で、まだ午前10時になっていなかったのである。それで、目黒区立緑が丘図書館に向かった。クラシックのCDを何枚か借りた。その後、再び薬局に行って、お薬を受け取ることが出来た。

その後、散髪に行くことにする。いつも、その散髪屋さんでは、女性スタッフの人に髪を切ってもらっていたのだが、今日は、男性スタッフの人に切ってもらった。多分、初めてのことである。髪を切ってもらう前に、毛根を小型カメラのようなもので撮影して、テレビモニターで写してもらった。(この散髪屋さんでは、そういうサービスをしてくれるのであった。)男性スタッフの方の説明によると、毛根は清潔な状態で、フケも出ないでしょう、ということであった。

それから自宅アパートに戻った。帰りの電車の中で、自分のことを遠くからじっと見ている乗客が居るような気がしてならなかった。これも、精神疾患による妄想かな、と考えたりした。

アパートに戻ると、ちょうど息子も塾から帰って来たところであった。それから、昼食を取った。

その後、息子と囲碁を打った。二回ほど打ってから、急に眠たくなった。そこで、ベッドで一休みすることにした。ちょっと休憩するつもりだけだったのが、実際にはぐっすり寝入ってしまい、目を覚ますと夕方6時近くになっていた。

何だか、この所、こういう風に、眠ってばかりのような気がする。

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2009年7月31日 (金)

「囲碁」ブーム到来

この所、毎晩、息子と囲碁を打っている。息子は、小学校で囲碁クラブに入ったそうで、友達から簡単な囲碁のルールを教えてもらったらしい。20090731blog

我が家には、マグネット式の囲碁ゲーム盤があり、専らこれを利用している。囲碁と言っても、本当の囲碁のルールではやっていない。取り囲んで取った碁石(アゲハマ)の個数で勝敗を決している。陣地の目の数(地の広さ)で勝敗を決する場合、どの時点で終局になったか判断が難しいので、そういう風にルールを簡単にしているのである。少なくとも、小学校のクラブでは、そういうルールにしているようであった。

そういう訳で、実際には、二次元の自由度を持たせた「はさみ将棋」を、やっている感じである。しかし、これはこれで、やってみると結構難しく、それなりに面白い(のだと思う)。いわゆる、着手禁止点やコウのルールは取り入れられており、何となく本当の囲碁をやっている雰囲気は味わえる(ような気がする)。

実は、そういう自分も、ちゃんとした囲碁の勝負を実際にした経験がない。昔、本で読んで自己流に勉強して、パソコンゲームでやってみたことがある程度である。しかし、学生時代、友人に囲碁を趣味としている人が多く、傍らで勝負を何度か観戦したことはある。イギリスの大学でポスドクをしていたときも、周囲に囲碁好きな人が結構多かった気がする。学内で、囲碁のリーグが主催されていた記憶がある。

この所、自分は、どうやら妄想に悩まされ続けているようである。特に、職場から帰る途中で、すれ違う人たちから、遠巻きにじっと観察されたり、何か悪い噂をされているような気がする。どうして、そういう気がするのか分からない。

今日の自分は、職場において、ほとんど仕事に手がつかない状態であった。特に午前中は、何だか眠くて、頭がはっきりせず、プログラムのソースコードの流れを目で追えなかった。(おそらく、昨晩、抗精神病薬および睡眠薬を服用した時刻が、普段より遅かったせいと思われる。)午後になって、自分は上司への簡単な報告書を書いた。それ以外は、ほとんど仕事らしい仕事が出来なかった。

気分転換に、NVIDIA社が配布しているCUDA ver. 2.3のdocument類を読んでみたりした。NVIDIA CUDA C Programming Best Practices Guideという文書である。これは、最近、発行されたようであった。しかし、仕事に役立つ情報は、あまり読み取れなかった気がする。

今週末は、出来るだけ家でじっとしていようと考える。

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2009年7月26日 (日)

あまり仕事のはかどらなかった日曜日

今日、職場で頼まれた、競争入札参加のための書類を、仕上げる予定であったのだが、結局、はかどらなかった。仕事に集中しようとしても、つい眠くなって、何度も中断しなくてはならなかった。そんな訳で、仕上げなくてはならない分量の半分ぐらいの書類しか、完成しなかった。20090726blog

量子情報に関する研究も、一週間程前から中断したままである。以前、共著で論文を書いたことのあるBさんに、研究ノートを送ろうと考えているのだが、そのノートも、あと少しという所で、ストップしている。この研究ノートは、単一光子発生素子に関する計算をまとめたものである。お盆休みにならないと、書き上げることが出来ないのでは、と考えている。

今日、息子が、昼食を作ってくれた。ソーセージをボイルして、レタスと一緒にパンにはさんで、ホットドッグを作ってくれた。それから、ミルクティーも淹れてくれた。これは、夏休みの家庭科の宿題だそうである。自分は、出来上がったホットドッグと、カップに入ったミルクティーを、デジタルカメラで撮影した。息子は、これを、カラー印刷して、ノートに貼り付けて、担任の先生に提出する、とのことであった。

とにかく、自分は、今日一日、ぼんやりとして時間を過ごすことが多かった。抗精神病薬のせいかな、と考えたりした。

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2009年7月25日 (土)

予約していた精神科クリニックを休んでしまう

今朝8時30分に起床する。今日は、かかりつけの精神科クリニックに行く日であった。それで、手早く身支度をしたのだが、何だか、外に出たくない気分になった。何だか疲れていて、体がだるく、電車を乗り継いで精神科クリニックに向かうのが、億劫な気分になったのだ。20090725blog

それで、妻に、そのことを話すと、「だったら、今日は、一日、家にいたら」、とアドバイスされた。それで、自分は、精神科クリニックに電話をして、「今日は、お休みさせてください」、と頼んだ。電話に出た看護師の女性の方は、「では、また、電話して、予約を取り直してください」、と言われた。

その後、自分は、ベッドで再び眠ることにした。

目を覚ますと、昼過ぎであった。息子は、すでに塾から帰っていた。

今週は、面倒な仕事が多かったような気がする。そのせいで、疲れがたまっているのかもしれない。

幾何光学ソフトをCUDA on GPUに書き替えて高速化する仕事は、Visual C++で書いた場合の約4倍程度のスピードアップで頭打ちの状態になっている。この状態は、かれこれ、約一ヶ月近く続いている。

ところが、社内の、あるベテランのプログラマの人が、自分の取り組んでいる問題を試しにやってみたところ、数十倍の高速化が達成されそうだ、ということになった。そのため、社内において、自分のことを、「彼は、何をやっているんだ」、と批判する声が出ているようであった。

自分は、このことに関して、「とても困った状況になったな」、と感じている。自分は、一生懸命CUDAのプログラミングを勉強しているつもりなのだが、全然成果が上がらず、周囲の信頼を失いつつある。

CUDA on GPUの書き替えが上手く行きそうだと言っておられるベテランプログラマの方に、どうやったらそんなに高速化が達成できるのか尋ねたのだが、あまりきちんとした説明はしてもらえなかった。(そのベテラン・プログラマの先輩自身も、どうして高速化が実現されたのか、その理由をはっきり把握していないのかもしれない。)ソースコードを見せてもらったのだが、非常に込み入った書き方になっていて、どの部分が本質的なのか、さっぱり分からない状態である。

その他、自分は、今週、いくつかの公共研究機関が募集している競争入札参加のための書類を用意する仕事を担当した。これも、結構、神経を使う仕事であった。

入札参加申し込み書類は、まだ完成しておらず、今日、明日の週末を使って、自宅で仕上げなくてはならないようである。

そんなこんなで、今週末の自分は、ちょっと憂鬱な気分である。

しばらく前に読み始めた、司馬遼太郎著「竜馬がゆく」(文春文庫)は、第八巻まで読み進んだ。もうすぐ終わりである。これを読み終えたら、応用情報技術者試験の受験勉強を開始する予定である。これも、結構大変だなと考えたりする。

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2009年7月20日 (月)

東京ディズニーリゾートへ行く

一昨日、昨日と、一泊二日で、家族三人で、東京ディズニーリゾートに出掛ける。初日はディズニーランド、二日目はディズニーシーであった。20090720blog

今年の元旦に、東京ディズニーランドに家族三人で行ったのだが、それ以来ということになる。ディズニーシーに行くのは、4年ぶりだと思う。

いつも驚かされるのは、妻と息子の、ディズニーリゾートへの情熱の強さである。二人とも、普段の日常生活では、何事にも熱くならず、特に妻は淡々とした性格のように見受けられるのだが、こと話がディズニーランド&シーになると、全く性格が変ってしまう。どうなってんだろうと、こちらも驚いてしまう。

これまで、息子は、ディズニーランドのアトラクションについては、やや大人し目のものを好む傾向があった。例えば、「カリブの海賊」、「ホーンテッド・マンション」、「バズ・ライト・イヤー」等が、息子の大好きなアトラクションで、基本的には、これらを何回も繰り返し回っていた。

しかし、今回からは、息子は、絶叫マシン(?)にも積極的にチャレンジするようになり、何と「スペース・マウンテン」を三回も乗ることになってしまった。やはり、年令が高くなるにつれて、子供はスリリングなアトラクションを好むようになるようである。

現在、ディズニーランドで最も注目を集めているアトラクションは、「モンスターズ・インク」のようで、開園と共に、人々は大急ぎで走ってこのアトラクションを目指していた。自分達家族は、ファスト・パスを申し込んだのだが、午前9時の段階でファスト・パスもsold outの状態であった。(ちなみに、この日のディズニーランドの開園時刻は午前8時30分であった。妻は、8時50分過ぎにファスト・パスを受け取ることが出来て、ぎりぎりセーフであった。)

自分は、以前から、ディズニーシーの「センター・オブ・ジ・アース」に乗ってみたいものだと思っていたのだが、前回、息子が小学1年生だったときに来た際は、息子は、「あんな、火の噴いている山の中には、絶対、行きたくない」、と言い張り、試す機会を逸していた。しかし、昨日の息子は、「何にでも乗ってみたい。それも、出来るだけ、スリリングなものを」、という意気込みで、そのおかげで、自分は、念願の「センター・オブ・ジ・アース」に乗ることが出来た。個人的には、このアトラクションが一番良く出来ていると感じた。

それから、「レイジング・スピリッツ」も試した。息子と自分は、ジェットコースターで、360度、縦に回転した。こんな体験は、生まれて初めてである。さらに、「インディ・ジョーンズ」にも乗ってみた。息子は、これが一番面白いと言っていた。

ディズニーランド&シーの園内にいるとき、それから、行きと帰りの地下鉄車内で、自分は、何度か、周囲の人からじっと観察されているような感覚がした。何だか、自分の周囲にいる何人かの他人が、自分からやや離れた距離で、自分の悪い噂をしているような感じがした。これらは、自分の精神的な病が引き起こす妄想なのだろうと思うけれど。自分は、それらを我慢しながら、それでも、家族と楽しく過ごすことが出来た。

ただ、少しほっとする体験も何度かした。ディズニーランドの「スター・ツアーズ」で、アトラクションが終わった後、席を立とうとすると、息子の隣の席に座っていた男の子(小学4年生ぐらい)が、何か座席の下にある物を引っ張り出そうとして、立ち往生していた。その子の肩からかけるタイプのカバンのベルトが、座席のどこかの部分に引っかかっていて、取り出せないでいるようであった。それで、自分は、急いでカバンのベルトのもつれを解いてあげた。その子供は、礼も言わずに急いで座席を離れて、出て行った。自分は、そのとき、特に何も考えずに、息子とその場を離れようとした。

すると、さっきの男の子の父親らしい人が、自分の正面に立っていて、腰を折って何度も丁寧に自分にお礼の言葉を言っていた。その人は、自分よりやや年上のようであった。一瞬、自分と、目と目が合ったのだが、その人は本当に恐縮して、自分にお礼を言っているようであった。

それで、自分は、ディズニーランド内を小学生の子供を連れて回らなくてはならない、世間一般の普通の父親の苦労を、理解した気持ちになった。そして、自分も、そういう多くの普通の父親の一人であると考えた。そうすると、何だか、気分が軽くなった。

どうでも良いことだけれど、ディズニーシーの「タワー・オブ・テラー」は、非常に怖かった。

ディズニーシーでの夕食は、「マゼランズ」というレストランで取った。ここは、人気が特に高く、朝早く予約しなくては入れない様子であった。自分達家族三人は、何故か、本棚の隠し扉の奥の、特別室で食事をすることが出来た。この部屋は、テーブルが五つか六つぐらいしかなくて、普段は使っていない様子であった。

いろいろ気苦労はあったけれど、何とか、楽しい二日間にすることが出来た。

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2009年7月 7日 (火)

少し休むことにする

このところ、自分の心の調子は、下降気味のようである。20090707blog

通勤時の地下鉄車内で、自分は、しばしば、周囲の人からじろじろと見られて、何か観察されているような気がする。そういうことが、多々有るのである。そのため、自分は、地下鉄車内を、時折、ゆっくりと見回したりする。そうして、気分を落ち着けようとしたりする。

仕事もあまり上手く行っていない気がする。と言うか、仕事に対する意欲が減退しているような気がする。

量子情報理論の研究も、何か壁のようなものに阻まれて、前へ進めない状態にある。いろいろ、他の研究者の書いた論文を読んで、研究のヒントをつかもうとしているのだが、あまり上手く行っていない。

そんな風に、今の自分は、何もかも、中途半端な状態である。

それで、開き直って、何もしないことに決める。職場にはきちんと通うけれども、あまりしゃかりきになって働くようなことは、しばらく止める事に決める。このブログも、当分、お休みにすることに決める。

しばらくしたら、また調子が上向くかも、と考える。

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2009年7月 4日 (土)

ある日の出来事

数日前、朝、起きると、妻が自分に、「昨夜、お薬を飲まなかったでしょう」、と言った。と言うのも、リビングのテーブルの上に、普段、自分が寝る前に服用するはずの錠剤が、置かれたままになっていたからである。20090704blog

自分は、この所、風呂上りに、冷えた麦茶と一緒にお薬を飲むようにしているのだが、その日の前の晩は、麦茶だけで飲んで、錠剤を飲むのを忘れてしまったようであった。

妻は、「だから、眠くならなくて、夜中の1時くらいまで、起きてたのよ」、と言った。実際、自分は、前の晩、なかなか眠れなくて、午前1時過ぎまで、寝室で本を読んでいたりした。

その日の朝、自分は、頭の中が、普段より、とてもはっきりしていると感じた。お薬を飲まないと、こうまで違うのか、と驚いた。

自分は、普段、就寝前に、セロクエル1錠、ハルシオン1錠、ロヒプノール1錠を服用している。これらは、抗精神病薬、および、睡眠薬である。これらのお薬の効果によるものか、自分は、いつも午前中、頭がぼんやりした感じである。

しかし、その日の朝は、全く違う感じであった。とても、意識がはっきりとしていて、何だか妙にすがすがしかった。

自分は、朝食を取ってから、バスに乗った。自分は、いつも、バスの最後部の座席に座って、眠ることにしている。乗っている時間は、約30分である。

しかし、その日は、バスの座席で眠ることはなかった。バスの車窓から見える街の景色も、何だかとてもきらきらとしていて、美しいとさえ感じられるのであった。

それから、自分は、とても悲しい気持ちになった。世界は、こんなに美しいのに、自分は、普段、服用している抗精神病薬、および、睡眠薬の影響で、意識のはっきりしない、ある意味で感受性の鈍い状態で生活している。素晴らしい周囲の世界を、そうとは感じずに生きていかなくてはならないのである。自分は、とても損をしている気持ちがした。

職場に到着してから、その日、自分は、軽快にプログラムを書いた。意識がはっきりしていて、集中力が持続するので、いつもより速いペースで仕事をこなせるのであった。

しかし、昼過ぎくらいから、自分は、とても疲れを感じるようになって来た。普段より睡眠時間が短かったせいかな、と考えたりした。それから、頭が痛くなって来た。自分は、職場の常備薬のケースに入っていた頭痛薬を飲んでみた。

退社時には、疲れてぐったりとした状態であった。

やはり、自分には、抗精神病薬および睡眠薬が不可欠なのだと悟った。それなくしては、日常生活に支障が出るだろう。自分は、そういう病気なのである。今さらながら、その事実を再認識した。

けれど、その日の朝は、とてもすがすがしい気持ちがして、周囲の世界が、自分にとって、とても美しく見え、意識がはっきりとして、何か解き放たれた感覚がしたのも事実であった。

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2009年6月28日 (日)

アルミホイルにくるまれたクリップが磁石にくっ付くことを確認する

今日は、何もしないで一日が過ぎた気がする。20090628blog

ここ一週間ほど、A. Kuhn, M. Hennrich, T. Bondo, G. Rempe, 'Controlled Generation of Single Photons from a Strongly Coupled Atom-Cavity System', Appl. Phys. B 69, 373-377 (1999)という論文を熱心に読んでいる。この論文では、時間変数に陽に依存するハミルトニアンが出て来るのだが、この論文の著者達は断熱過程を仮定することによって、シュレディンガー方程式を厳密に解くのを避けている。時間変数に依存するパラメータが非常にゆっくりと変化すると仮定して、ハミルトニアンが事実上、時間変数に依存しないと見なして解いてしまうのである。

それで、自分は、きちんと時間変数に依存するハミルトニアンとして、厳密にモデルを解いたらどうなるかと考え、試しに計算してみた。しかし、非常に複雑な形をした三階常微分方程式が現れ、その時点で、何だかとても疲れた感じがして、計算を止めてしまった。

息子は、最近、百マス計算というのをやっている。妻が、傍らで、時間を計っていたりする。

今日、自分は、息子の塾のテストの見直しを手伝った。科目は理科であった。息子は、サランラップにくるまれたクリップが、磁石にくっ付くか否かで悩んでいた。サランラップにくるまれていないクリップが、磁石に引き寄せられることは理解しているようであった。しかし、磁力が、サランラップを透過して作用することを、十分に理解していない様子であった。

ところで、アルミホイルは、磁石にはくっ付かない。今日、自分と息子は、この事実を、実験で確認した。普段、冷蔵庫の扉にくっ付けているメモを留めるための磁石と、台所にあったアルミホイルを使って、実際に実験をしてみたのである。ところで、アルミホイルでくるまれたクリップが、磁石にくっ付くか否かは、大人でも、ちょっと悩ましい問題である。自分は、磁力はアルミホイルを透過するだろうと予測したのだが、自信は無かった。それで、実際に実験をしてみたところ、アルミホイルにくるまれたクリップは、見事に磁石にくっ付いた。

明日は、会社に仕事をしに行かねばならない。最近、職場の同僚達が、自分について悪い噂をしているような気がしている。また、通勤途中の地下鉄車内で、他の乗客から、じっと観察されているような気がするときが、多々ある。それらは、自分の統合失調症が引き起こす妄想なのだろう。そう考えるのが合理的なような気がする。しかし、そう分かっていても、自分の妄想は止まらないようである。

昨日、自分は、精神科クリニックに行って、かかりつけのお医者様と話をした。そのとき、自分は、お医者様に、最近、自分が妄想に悩まされていることを話さなかった。なぜ話さなかったのか、理由は良く分からない。ただ、たとえお医者様に、自分が妄想で苦しんでいることを説明しても、恐らく、お医者様は、服用している薬の量を多少増やすだけで、それ以外のことは、基本的に何もしてくれない、そんな気がしたのである。だから、話をしても、あまり意味が無いように思えたのである。

今日は、そんなこんなで、一日が過ぎてしまった。夕食に、ビールを飲んだ。ビールを飲むのは、随分久しぶりのような気がした。

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2009年6月27日 (土)

カナブンに降りかかった災難

今は、6月26日金曜日の深夜である。日付はすでに変っている。

数日前、朝、目を覚ますと、リビングの床が水浸しになっていた。エアコンを除湿モードで一晩中作動させていたのだが、そのエアコンから、水滴が勢い良くポトポトと流れ落ちていた。妻は、床に敷いていたパッチワークのキルトがびしょ濡れになっていることに、やや怒り気味であった。このトラブルのため、自分は、通勤バスを一本遅らせる羽目になった。20090627blog

このとき、自分が真っ先に心配したのは、アパートの下の階に、水が滲みて伝わって、天井から水が落ちて来たりしないかということであった。それで、自分は、妻に、下の階に住んでおられる老夫婦の方に、電話をした方が良いと言った。そうして、慌しく出勤した。

自分は、「しかし、どうして、今朝、突然、エアコンの調子が悪くなったのだろう、これまでは、そのような兆候は見られかったのに」、と不思議に思った。

昼頃、妻が職場に、携帯電話をして来た。エアコンの故障の原因が分かったとのことであった。妻は、下の階の老夫婦の方に、水漏れが無いか確認の電話をしてから、エアコン修理の業者に連絡したようだった。業者の人は午前中に来てくれたそうであった。

エアコンの故障の原因は、室外機から伸びている排水パイプに、カナブン(昆虫の一種)がもぐり込んで、パイプをずっと登って行って、エアコン本体に到達して、絶命したためであった。

夜、カナブンは、水分を求めて飛び回り、しばしば、エアコンの排水パイプに入り込んでしまうそうである。カナブンは一度パイプに入り込むと、容易には後ずさりすることが出来ないようで、結局、エアコン本体付近まで到達すると、力尽きて死んでしまうらしい。

自分は、「そう言えば、後ずさりする昆虫って見たことないような気がするな」、と思ったりした。アリもカブトムシもクワガタも、前にしか進めないような気がする。蝶だって、後ろ向きには飛べないだろう。

修理に来て下さった電気技術者の話によると、エアコンから水滴が落ちてくる場合、カナブンが原因か、結露によるものか、または排水パイプ自体が古くなって劣化した場合の、三通りしか考えられないそうである。また、排水パイプに詰まって死んでいる昆虫は、決まってカナブンだそうである。理由は分からないようである。

自分は、この話を聞いて、1950-1960年代のコンピュータが、真空管に寄って来て焼け死んでしまう蛾のせいで、しょっちゅうトラブルに見舞われた、という話を思い出した。プログラムの不具合を示す言葉であるバグ(Bug)は、本来、昆虫という意味を持っている。

自分は、現代の高度IT社会においても、昆虫一匹のせいで、巨大システムがダウンする可能性は、意外に高いのでは、と考えたりした。

明日の朝は、精神科クリニックに行く予定である。

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2009年6月20日 (土)

素晴らしい夢を見て目覚める

昨夜、自分は、とてもいい夢を見た。大学時代の友人達が登場する夢であった。しかし、夢の内容自体はあまり覚えていない。ただ、とてもいい夢だったという感覚が残っているだけである。そうして、朝八時半頃、目が覚めた。20090620blog

この所、自分は、いろいろなことに悩まされている。職場で、同僚の人たちが、自分の噂をしているような気がしている。また、通勤時の地下鉄車内で、他の乗客から、じっと観察されているような気がすることも、しばしばである。

恐らく、と言うか、確実に、これらは、自分の統合失調症が引き起こす、妄想なのだろう。そう分かっていても、自分は、それらの妄想に悩まされるのである。

今日、量子情報理論に関する計算をしてみる。ここしばらく取り組んでいる、Abel-Plana公式に関する計算問題は、全く見込みが無いことを悟る。それで、気分転換に、他の論文を読んでみることにする。

試しに、A. Kuhn, M. Hennrich, T. Bondo, G. Rempe, 'Controlled Generation of Single Photons from a Strongly Coupled Atom-Cavity System', Appl. Phys. B 69, 373-377 (1999)を読んでみる。この論文は、以前、一度読んだことがあるのだが、今日改めて読み直してみたのである。それで、気付いたのだが、この論文も、Jaynes-Cummings modelを、さりげなく利用している。(少なくとも、自分には、そう思えた。)改めて、Jaynes-Cummings modelって、すごいな、と思ったりした。

話は全く変るのだが、実は、自分は、先週の日曜日に、「レスラー」という映画を観た。これは、昔は人気があったのだが、今は全然冴えない中年のレスラーを主人公とした映画である。少し前に、この映画が、海外で賞を取ったというニュースを知り、「それなら、映画館で観てみよう」、という気持ちになったのである。

自分は、一人で映画を観に行くのは、本当に久しぶりである。前売り券は、妻が買っておいてくれた。

映画の中で、主人公の中年レスラーは、スーパーマーケットのお惣菜売り場でアルバイトをする。レスラーとしての収入だけでは、生活出来ない状況なのである。それを観ていて、自分は、京都で、無職で、精神科クリニックとハローワークに通っていた頃の自分を思い出した。映画の中で、主人公は一人暮らしである。幸い、あの頃の自分は、家族と生活していた。

映画を観終わったとき、自分は、とても複雑な気持ちになった。普通の人にとっては、この「レスラー」という映画は、元気を与えてくれるものなのだろう。特に、中年男性は、「俺も、もう一度、頑張ってみよう」、とか思うのかもしれない。しかし、自分の場合は、主人公の惨めな境遇が、あまりにも現実味を帯びて伝わって来るせいか、何か重苦しい気持ちにさせられた。

ところで、今日、テレビの番組を見ていたら、この「レスラー」という映画が、意外にも多くの観客を動員している、ということを伝えていた。上映している映画館の数は少ないのに、その割には、観客動員数が非常に多く、他の大作映画と比較しても、善戦しているとのことであった。

自分は、主にどのような人が、あの映画を観に行くのであろうか、と考えたりした。(自分は、観に行ったけど。)

明日は、父の日だそうである。妻は、自分に、ポロシャツを二着、買ってくれた。

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2009年6月18日 (木)

少しだけ良いことがある

今日も、職場で、幾何光学ソフトエンジン部分をCUDA on GPUに書き換える作業をする。この仕事を担当するようになってから、早くも半年が過ぎた。しかし、まだ先は見えず、プロジェクト自体、継続するかどうか、微妙な具合になって来た感じである。20090618blog

今日、cuda_kernel.cuの修正を完了する。自分は、アルゴリズムの一部を変更して、grid内のthreadを指定するindexを二次元とした。(これまでは、一次元のindexで展開していた。)これにより、shared memoryを、より有効に活用出来るようにしたのである。これにより、プログラムの実行速度は、25パーセント程向上した。(Visual C++のプログラムの、約4.5倍の計算速度を達成した。)

自分は、この結果に、少しだけ満足した。自分の直属の上司の人は、CUDAによって、数十倍の高速化を期待しているようである。正直な所、自分は、この目標を達成する自信が全く無い。そうなると、職場のこのプロジェクトは、完成を待たずに打ち切りとなってしまうのだろうか。そう考えると、少し心配になる。しかし、こういったことは、職場でまだ新米の自分が考えるべきことではないのかもしれない。

最近、精神状態が不安定で、何となく元気が出ないので、司馬遼太郎著「竜馬がゆく」(文春文庫)を読み始めることにする。自分は、この本を、ほぼ毎年一回の割合で読んでいる。筋書きもほとんど覚えてしまっている。それでも、結構面白く読めてしまう。読み始めて三日目であるが、すでに第二巻に突入した。

今日、気分を入れ換えて、Abel-Plana公式に関する計算をやり直してみる。この公式は、無限級数を、有限個の積分項に変換する公式である。これを使って、量子光学の分野でしばしば登場する、とある無限級数を評価しようと試みている。積分を実行していると、正弦積分関数Si(x)が現れて、ちょっとびっくりする。自分は、永いこと理論物理の勉強をして来たつもりなのだが、計算の途中でSi(x)が飛び出して来たのは、これが初めてである。[一般の物理数学の教科書でも、Si(x)の説明が記載されることは、滅多に無い(と思うけど)。]

明日、仕事の帰りの途中で、大岡山の東京工業大学図書館に寄って、計算の続きをしようと考える。

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2009年6月17日 (水)

何もしないことにする

今日も、職場で、幾何光学ソフトエンジン部分を、CUDA on GPUに書き換える作業に取り組む。現時点で、自分が書いたCUDAプログラムは、Visual C++で書いたプログラムの約4倍の速度で計算を実行する。しかし、自分の直属の上司は、さらなる高速化を期待しているようである。そのため、自分は、試行錯誤を重ねている。20090617blog

いろいろ考えたのだが、自分の書いたcuda_kernel.cuは、その内部でshared memoryを今一つ十分に活かせていないような気がした。それで、grid内の各threadが、なるべくshared memoryを頻繁に参照するようにコードを書き換えてみる。今日は、その作業を完了せずに退社した。

最近の自分の精神状態は、とても不安定な感じである。気分が晴れ晴れとしないのである。

何だか、職場の同僚の人たちが自分の噂をしているような気がしている。そう考える根拠は、どこにも無いのだが。自分は、職場では、仕事に関すること以外は、他の同僚の人たちと、ほとんど言葉を交わすことが無い。昼食も、休憩室で一人で取っている。自分は毎日弁当を持参しているのだが、他の社員の方たちは、ほとんど外食している模様である。そんな訳で、職場で他の人と会話する機会があまり無い。

また、通勤時の地下鉄車内で、他の乗客から、じろじろ見られているような気がして困ることが多々ある。ここしばらく、そういう感覚を覚えることが多い気がする。気のせいかもしれないけれど。

また、量子情報理論の研究も、あまり意欲的に取り組めなくなって来ている。自分は、いくら論文を書いても、他の研究者から評価されることは決して無いのでは。そんなことを、ふと考えてしまう。

それで、いろいろ考えて、これから当分の間、自分は、何もしないことに決めた。時間が経てば、気分が晴れる日も来るかもしれない。それまで、気長に待とうと考えたのである。

何か、そのうち、良い事がありますように。

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2009年6月13日 (土)

昨夜、NHKのテレビドラマを見て

今朝起きたら、息子は小学校に出掛けた後だった。今日は授業参観日だそうである。その後、妻も小学校に向かう。20090613blog

自分は、先日、イギリスの学術雑誌から返却された論文の修正を行う。この論文は、編集部から、雑誌の趣旨のそぐわない、という理由で掲載を断られたものであった。

自分は悩んだ末に、その論文原稿を、ある大学で准教授として勤務している友人に送ってcritical readingしてもらった。友人は、「それほど変なことは書かれてなくて、いたって普通の論文に読める」、という返事をくれた。その友人は、自分が、このところずっと一人で研究を続けているので、論文に書かれている内容が、独りよがりのものになっているのでは、と心配していたようである。

友人は、「念のため、量子情報理論を専門に研究している知り合いに、critical readingを依頼してみる」、と言ってくれた。そして、自分の論文を、ある大学院生の方に渡したとのことであった。その大学院生の方は、まだ若いけれど、とても優秀で信頼できる人物だから、その人に意見を求めた方が良いと判断したようであった。その大学院生の方の意見も、自分の書いた論文は、「ごく普通に書かれた論文で、特に目立った欠点は見出せない」、というものだった。

友人は、自分に、「その論文は、中身に問題が無いようだから、別の雑誌に投稿し直した方が良い」、という意味のことを、メールで伝えてくれた。

このことで、自分は、正直、とてもほっとした気持ちになった。自分は、精神疾患のために研究職を離れた訳だが、研究内容自体は別におかしくも何ともない(少なくとも、狂ってはいない)、と他人から保証をもらえた訳で、それが、何となくうれしかったのだ。

そんな訳で、自分は、論文を書き直すことになった。書き直しと言っても、新たに投稿する雑誌の指定しているformatに、Latex原稿を書き直すだけのことである。

昨晩、自分は、NHK連続ドラマ「ツレがうつになりまして」を見た。昨日が最終回であった。自分は、このドラマは、もっと続くのかと思っていたので、昨日で終わってしまって、ちょっとがっかりした。

実は、この「ツレがうつになりまして」の原作は、職場の保健衛生係りの人が購入していて、自分もすでに読んでいた。原作の著者は、女性マンガ家だそうである。(本人は、そう主張している。)しかし、その原作本は、一般的なマンガとは異なり、絵とエッセイ的な文章が組み合わさったような形式の本であった。

その原作の中では、作者の旦那さんが鬱病になって会社を辞める状況が、丁寧に描写されている。自分も、統合失調症で休職になったり、無職になってハローワークに通ったことがある訳だが、自分以外にも、似たような境遇だった人が少なくとも一人いることを知り、少しほっとする。

しかし、その原作の中で、主人公の旦那さんは、最終的に会社を自分で起こして、仕事を始めることとなる。自分には、このような積極的な行動は無理だな、と思ったりした。この旦那さんは、「えらい!」、と思ったりした。

ここ数週間の間、自分は、いくつかの小さな悩み事で、いろいろ不安になったり、気分が落ち込んだりしていた。

例えば、職場で担当しているCUDA on GPUによるプログラムの並列化の仕事は、あまり上手く行っていない。自分の書いたCUDAプログラムは、通常のCPUの約4倍の計算速度を達成した。自分では、精一杯頑張ったつもりなのだが、直属の上司を始めとする何人かの人たちは、そういう風には見てくれていない。「4倍程度の加速なら、CPUを4個搭載したパソコン(いわゆるQuad Coreパソコン)と同じことではないか」、という意味のことを言われた。全くその通りなので、自分は、「はい、そうです」、と答えるしかなかった。自分は、ちょっと困った状況にあるな、と考えたりする。

また、自分は、イギリスで生活していた頃の、National Insurance Number Cardを、どこに保管したのか忘れてしまっていた。別に、日本で生活しているのだから、そんなもの、失くしたって、どうでもいいはずである。けれど、自分は、そのことが非常に気になって仕方がないのである。毎日、自宅アパートで、時間を見付けては、書類入れを出して探したりしている。妻は、自分のそのような行動を理解できない様子である。

明日、気分転換に映画を観に行く予定である。

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2009年6月10日 (水)

ちょっとうれしいこと

今日も職場で、幾何光学ソフトエンジン部分をCUDA on GPUで書きかえる作業に取り組む。自分は、試行錯誤の結果、kernel.cu内のある一つのif文が、計算時間を大幅に消費していることを、突き止めていた。プログラム自体は、正しい計算結果を出力していた。ただ、GPU内でのthreadsが、上手くタイミングが合っていないような感じだった。(自分は、そのように推測した。)20090610blog

そこで、自分は、CPUでの処理を増やして、そのkernel.cu内でのif文が不要となるように、アルゴリズム自体の変更を行ってみた。自分の予想では、CPUでの計算時間が多少増えても、GPUが高速化するので、全体としては計算時間が大幅に短縮されるはずであった。

アルゴリズムの変更は手間のかかる作業と思っていたのだが、実際にやってみると、意外に早く終わった。そして、プログラムを実行してみると、通常のC言語プログラムの3倍程度の高速化が達成されていた。計算結果出力ファイルを調べてみると、正しい数値計算が行われている模様であった。自分は、この結果にほっとした。

その後、CPUの最適化オプションを/Oxにする等の工夫を加え、最終的に約4倍の高速化が得られた。

結果的に、kernel.cu内のif文は避けるべき、という原則を、身を以って体験することとなった。

このところ頑張っていたAbel-Plana公式の応用に関する計算で、誤りを見つける。このAbel-Plana公式は、無限級数を積分に変換してくれる公式である。それで、自分は、ある量子光学で頻出する級数の評価にこの公式を適用してみたのである。しかし、肝心の積分を実行する所で、計算間違いをしていたのであった。近日中に、計算間違いを直す予定である。

今日は、もう寝ようと思う。

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2009年6月 7日 (日)

なぜか明日も休み

職場で担当している、幾何光学ソフトエンジン部分を、CUDA on GPUで並列化する作業を、自宅に持ち帰って検討してみようと考える。それで、金曜日の夕方に、職場で、プログラムやテストデータをUSBメモリに入れて、自宅に持ち帰った。20090607blog

現在、このCUDA on GPU書き換え作業では、次のような問題が生じている。これまで、自分がCUDAに移植したコードは、通常のC言語プログラムの約三倍の速度で動いてくれていた。ただし、計算結果に微妙な食い違いが生じていた。自分は、このわずかな計算結果の食い違いを、GPUの計算精度の誤差と解釈していた。

しかし、数日前に、kerner.cuのコードに小さなバグがあることを発見する。このバグを修正したところ、計算結果の食い違いの問題は解消された。しかし、その代償として、プログラムの実行計算速度が非常に落ちてしまったのである。

実際、通常のC言語プログラムより、CUDA移植版の方が遅くなってしまったのである。自分は、これは困ったことになったなと考えた。それで、週末、自宅で、どうしてこういう事態に陥ったのか調べてみようと考えたのである。

問題のCUDAコードを、自宅のノートパソコンのCUDA emulatorで動かしてみる。すると、何の問題も無くcompileされ、計算も滞りなく実行された。何の問題も発生しなかった。CUDA emulatorの出力を見た限りでは、並列化も成功しているようであった。

CUDA emulatorが、何の警告も発しないので、プログラムを修正することが出来ない。どこを修正すべきか、分からないからである。要するに、このプログラムコードは、理屈の上ではどこも間違っておらず、ただ、いざGPUで並列計算すると異常に計算時間を消費してしまう、ということのようであった。

自宅には、GeForceを搭載したパソコンなど無いので、これ以上の作業は無理のようであった。それで、諦めることにする。プログラム修正作業は、職場のパソコンでしか出来ないようである。

明日、自分は仕事を休んで良いことになっている。これは、強制的に有給休暇を消化して欲しい、ということを受けてである。職場の組合がそう決めたようであった。他の多くの社員も、明日の休みをもらったようである。

しばらく前から、自分は、'Microscopic derivation of the Jaynes-Cummings model with cavity losses', M. Scala, B. Militello, A. Messina, J. Piilo, S. Maniscalco, Phys. Rev. A 75, 013811 (2007)、および、'Cavity losses for the dissipative Jaynes-Cummings Hamiltonian beyond Rotating Wave Approximation', M. Scala, B. Militello, A. Messina, S. Maniscalco, J. Piilo, K.-A. Suominen, J. Phys. A: Math. Theor. 40, 14527-14536 (2007)という、二編の論文に取り組んでいる。これらの論文は、Jaynes-Cummings modelに熱浴(調和振動子の集まり)を結合させ、Jaynes-Cummings modelの単一モード光子と熱浴の調和振動子が相互作用するモデルを新たに考え、そのモデルのmaster equationを導出する、という内容の研究に関するものであった。そして、新たに導入した熱浴を、cavity lossと解釈するようであった。

自分は、それら二編の論文を読んで、自分なりのやり方で、彼らの結果を導き出せないかと、いろいろ試行錯誤して計算をしてみた。と言うのも、これら二編の論文に出て来る方程式、および、その導出過程は、どれも非常に複雑で、ややもすれば、読み手の元気を失わせる感じのものだったからである。(自分は、これら二編の論文の内容に価値が無いと言っている訳ではない。ただ、とても複雑なのである。)

しかし、いくら自分で計算してみても、際立った改善は得られなかった。自分は、「きっと、今自分がしている計算を、これらの著者達も試したのだろうな」、と考えたりした。世の中、そうそう、良い論文の種が転がっている訳が無い。楽して良い結果が得られる訳が無い。そう考えたりした。

今日、昼ご飯に、妻は焼きそばを作ってくれた。

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2009年6月 6日 (土)

散髪に行く

朝起きて、朝食を取ってから、精神科クリニックに出掛ける。何だか、とても眠たい状態で家を出る。電車内で座っていたら、居眠りをしてしまい、目的の駅を過ぎてしまう。それでも、何とかクリニックにたどり着く。20090606blog

クリニックで、お医者様に、ここ一週間程の自分の精神状態をかいつまんで話す。自分でも、どういう話をしたのか良く覚えていない。それで、いつも通りのお薬が処方されることとなる。

クリニックを出てから、薬局に寄る。その後、散髪に行く。

その理髪店に行くのは、今日で三度目だと思う。夫婦でやっているお店のようなのだが、自分の髪を切ってくれるのは、決まって女性スタッフの方である。

今日、その女性スタッフの人は、一度自分の髪を切り終わった後、以下のようなことを自分に言った。「あなたは、髪の毛が普通の人よりもずっと多いので、少し髪が伸びただけで、全体が膨らんでしまう。だから、思い切って、短く刈り上げた方が、すっきりする。」そのような意味のことを、その女性スタッフの人は自分に説明した。

それで、自分は、「では、次からそのようにお願いします」と答えた。すると、その女性スタッフの人は、「今から、そのように、髪をカットし直しても良い」と言ってくれた。自分は、少し驚いて、「そうしたら、二度手間で大変でしょう」と言った。すると、その女性スタッフの人は、「今、他にお客さんがいないから、やってあげます」と答えた。そして、もう一度、自分の髪をカットし直してくれた。

仕上がった自分の髪型は、何だかアメリカの映画に出て来る海兵隊員みたいな感じであった。その女性スタッフの人は、「あなたは、普段、どんな整髪料を使ってますか」と自分に尋ねた。自分は、何も付けないし、そもそも、あまり髪形を気にしたことがない、と答えた。すると、その女性スタッフの人は、自分に、ウエットジェルと呼ばれる整髪料の使い方を教えてくれた。これを使えば、涼しげな髪型に出来ると説明してくれた。

これだけ親切にされ、時間も普段の倍かかったのだが、料金はいつも通りであった。自分は、どうして、この女性スタッフの人は、自分にこんなに親切なのだろうかと不思議に思った。その女性スタッフの人の目には、自分が、あまりに髪型を気にかけない人と映ったのだろうか。

その後、目黒区立洗足図書館に寄って、CDを数枚借りた。

自宅に戻って、妻に、新しい自分の髪型について意見を求めたところ、「その方が、小顔に見える」と言われた。

今日は、何だか得をした気分の一日だった。

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2009年6月 4日 (木)

様々なこと

今日、いつものようにCUDAプログラミングに取り組んでいたところ、kernel.cuの部分に、小さな間違いがあることに気付く。それは、ある配列のindexを、本来、a[j]とすべき所を、a[i]としてしまった、というような間違いであった。この配列に対して、index jでloopを回しているので、当然、プログラムは誤った答えを出力するはずである。しかし、どうした訳か、プログラムは、この誤りにもかかわらず、もっともらしい出力を吐き出してしまうようであった。そのため、このバグを見付けるのが遅れてしまったのである。20090604blog

自分は、このバグを見つけたとき、頭の中が真っ白になった。と言うのは、自分は、直属の上司に、CUDAによって、プログラムの実行速度が3倍程度に加速されたと報告してしまっているからである。しかし、バグを直したところ、プログラムの実行速度は極端に落ちてしまったのである。この失敗を、どのような形で報告すれば良いだろうかと、悩んでしまった。

とにかく、明日頑張ってバグを取り除いて、CUDAの並列計算による効果を取り戻すしかないようである。それがだめだったら、正直に、事態が上手く行っていないことを上司に報告するしかなさそうである。

自分は、このことで、少し気落ちした。しかし、自分の落ち度であるから仕方ない。

今日、目黒区立洗足図書館で、YEO. エイドリアン著「パイ(円周率のこと)とeの話:数の不思議」(青土社)という本を借りる。この本は、パイ(円周率のこと)およびeに関連する、無限級数とその証明をいっぱい載せた本である。証明は極めて簡潔で、高校卒業程度の数学の知識で読み通せるように書かれていた。自分が予想した証明と、異なる証明が与えられている場合が多く、ついつい読み進めてしまう感じの本であった。

最近、どうした訳か、自分の死期について考えることが多い。別に、自殺願望があるわけではない。よく精神病を患った人の中には、自傷行為に走る人がいると聞いたことがある。自分は、自傷行為を行った経験はない。しかし、あまり生きていても良いことが無いのでは、と考えることがある。特に最近、そんなことをつい考えてしまう。

自分が死んだら困るのは、妻と息子であろう。だから二人のために生きて、仕事をして、安定した収入を得る必要性がある。せめて、息子が大学を卒業して就職するまでは、元気に働き続けたいものである。

自分が死を考えるようになったのは、腎臓癌の影響である。自分は、6年前に腎臓癌を患って、左腎臓を摘出した。最近、ある本で、腎臓癌は、発症から十年、二十年後に再発する可能性が、結構高い、という記述を見付けた。

自分は、現在のところ、特に死を恐れてはいないようである。一度癌になったから、ちょっと、長生きは諦めている感じである。もちろん、出来るだけ永く家族と居たいから、長生きできれば、それに越したことは無いと思っているが。

今日は、もう寝ようと思う。

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2009年6月 2日 (火)

アムダールの法則を教えてもらう

職場の直属の上司から、「アムダールの法則」(Amdahl's law)というものを教えてもらう。教えてもらうことになったきっかけは、以下の通りである。20090602blog

自分は、現在、職場で、幾何光学ソフトエンジン部分をCUDA on GPUで書き換える仕事を担当している。それで、なかなか劇的な高速化が達成されないので、プログラムの各部分(関数)が、どれだけ計算時間を消費しているか測定してみた。

測定と言っても、計算時間を見積もりたいプログラム部分を二回繰り返す設定にして、腕時計のストップウォッチ機能で時間を測っただけのことである。その結果、プログラム中の各部分(関数)が、ほぼ同じオーダーの計算時間を消費していることが分かった。

自分が、CUDAで並列化したのは、これらの関数の中の、ごく一部分である。と言うのは、並列化する前は、プログラム中のその部分が総計算時間の大部分を占めていたからである。しかし、今や、その部分の並列化が成功してしまったので、プログラムの各部分が、互いにほぼ同じオーダーの計算時間で済む状態になってしまったのである。

自分は、これは困ったことではないか、と考えた。と言うのも、今よりプログラムを高速化するには、どこかプログラム中の一ヶ所だけを改善しても、さして効果が無く、プログラム全体の多数の箇所を万遍なく改善する必要が出て来たからである。

このことを直属の上司に報告すると、上司は、「アムダールの法則」を教えてくれたのである。これは、あるプログラムの、主たる計算時間を占めていた並列化可能な部分を並列化し終えてしまうと、並列化不可能なプロセスの占める計算時間の比率が高まってしまい、それ以上の高速化が、非常に難しくなってしまう状況を、法則として表現したもののようである。

自分は、「では、このプログラムは、もうこれ以上高速化するのは難しいのでは」と、直属の上司に尋ねた。上司は、「本当にだめなら仕方ないが、もう少し粘って、この問題に取り組んで欲しい」、という意味のことを自分に告げた。

そんな訳で、もう少し頑張ることになった。

今日、仕事帰りの地下鉄の中で、少し前に取り組んでいた、Abel-Plana公式に関する計算が上手く行ったような気がした。それで、自宅アパートに帰って、きちんと計算してみたのだが、自分の思い違いであることが分かった。それで、少しがっかりする。

今日は早く寝ようと思う。

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2009年6月 1日 (月)

少し元気が出る

今日も、職場で、CUDAのプログラミングの作業をする。幾何光学ソフトエンジン部分をGPUで並列化して高速化する仕事を任されているのだが、なかなか速くなってくれなくて困っている。

今日は、kernel.cu部分のコードの改良を試みる。CUDA kernel内部で、変数をglobalメモリとsharedメモリに振り分けるのだが、この振り分け方のパターンを変更したら、計算速度が速くなるのではと考えた。そんなことを期待して作業をしたのだが、結局、徒労に終わった。現時点の結論としては、「一番最初に書いたコードが、最も効率的らしい」、と判明する。20090601blog

そんな風に、仕事の方は、上手く行っているのかいないのか、今一つ、はっきりしない状態である。

いろいろ悩んで、自分は、友人に、研究のことについて相談をした。自分は、先日、イギリスの学術誌から、投稿した論文が返却されたこと、その理由は、多数のrefereeが自分の論文の査読を拒否したためであること等を、メールで友人に伝えた。そして、友人に意見を求めた。

その友人は、大学で研究職に就いている。学会の役員等を務めた経験があり、研究者仲間のコミュニティでも、重要な位置を占めている。自分は、その友人を信頼しており、彼なら、きっと適切な助言をしてくれるだろうと考えたのである。

自分も、かつては研究職にあり、量子情報理論関連の学会にも積極的に参加していた時期がある。(もう、随分、昔のことのような気もする。)しかし、自分は、学会において、研究に関して気兼ねなく話し合える友人を、一人も作ることが出来なかった。それは、恐らく、自分の非社交的な性格のためだと思われる。

正直、自分は、現在、量子情報理論の研究に関して、完全にお手上げの状態である。そして、頼れる友人は彼しかおらず、それ故、自分は彼に助けを求めたのである。最早、自尊心のかけらも残っていない心持である。

その友人は、以前から、自分に対して、「一人で研究するのは、あまり良くないのではないか」、と助言してくれていた。友人は、自分に、「単著で論文を書く場合は、第三者にcritical readingを依頼すべきだ」、とも言っていた。

自分は、メールで友人に、critical readingを引き受けてくれる人に心当たりが無いか尋ねた。

悩み事の解決を友人に預けて、自分は、随分と気が楽になった。自分は、何て無責任な人間なのだろう、と思った。しかし、これ以上一人で悩んでも、解決の見込みは無い訳で、こうするしか、事実上、選択肢は無いのだと思う。

そんな訳で、今の自分は、少し、ほっとした気持ちである。

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2009年5月31日 (日)

気分転換をしてみる

今日は、朝早く目が覚める。妻も息子もまだ眠っていた。自分は、論文を読む作業に入った。20090531blog

自分は、今日から、当分の間、'Cavity losses for the dissipative Jaynes-Cummings Hamiltonian beyond Rotating Wave Approximation', M. Scala, B. Militello, A. Messina, S. Maniscalco, J. Piilo, K.-A. Suominen, J. Phys. A: Math. Theor. 40, 14527-14536 (2007)を読むことに決めた。この論文は、以前から、一度丁寧に読みたいと思っていたのである。

自分の量子情報理論に関する研究は、この所、全く前に進まなくなってしまっている。それで、気分転換に、他人の書いた論文、しかも、なるべく計算がややこしそうなのを、丁寧に式を追いかけながら読んでみようと考えたのである。

この論文の著者の一人である、K.-A. Suominenという人は、自分にとって馴染みのある研究者である。研究会等で見かけたことは一度も無い。ただ、論文を通して知っているだけの人である。自分が、このK.-A. Suominenという人の名前を知ったのは、この人がA. K. Ekert先生と共著で書いたqubitのデコヒーレンスに関する論文を読んだのがきっかけである。自分は、その論文を読んで、このSuominenという人は、少し地味な感じはするけれども、ずいぶん丁寧に計算をする人だな、という印象を持った。

それで、今の自分には、地味な計算が必要なのではないか、と突然思い立ち、この論文を読んでみることに決めたのである。何だか、唐突な思い付きのような気もしないではないが、とにかく、やってみようと思ったのである。

時間の合間を見付けて、息子の勉強の手伝いをする。塾の模擬試験の見直しを手伝った。科目は、社会と理科であった。

驚いたことに、息子はこれまで、模擬試験で、「次の中から、適当なものを選びなさい」という問題文に対して、間違った項目を選ぶべき、と思い込んでいた。息子は、「適当にしておく」という場合、物事をいい加減で済ます、という意味であるから、「適当なものを選ぶ」という問題文に対して、いい加減で出鱈目な項目、すなわち、間違った内容の項目を選ぶべき、と思い込んでいたのであった。これでは、模擬試験で良い成績が取れるわけがない。

自分は、息子に、この場合の「適当」という意味は、「ちょうど良い」すなわち「正しい」項目を選ぶ、という意味であると説明した。息子は、この説明に不満そうな様子であった。

息子は、ときどき、非常に基本的な日本語の単語の意味を理解していない事実が露見することがある。この前も、「線路を敷く」の、「敷く」という動詞の意味が分からないと言っていた。妻は、息子に、「敷く」というのは、「何かを地面や床の上に置くこと」だと説明していた。「『布団を敷く』って言うでしょう」と説明していた。

自分は、これらのことは、息子が四歳までイギリスで生活していたことと関係があるのでは、と考えている。実は、息子は、イギリスで生活していた間、ほとんど日本語の会話が出来ていなかった。保育園(nursery)では、友達や先生と簡単な英会話でコミュニケーションを取っていたようである。(自分は、自分たち家族が海外生活をしていた時期があることを自慢するために、このことを書いているのではない。)

こういうことを言うと、「自宅では、両親である貴方達と日本語で会話をしていたのであるから、息子さんは、きちんと日本語で話せたはずである」、と反論されるかもしれない。しかし、現実にはそうならなかった。イギリスで生活していた期間、息子は、何故か理由は分からないのだが、日本語を上手く操れない状態でいた。

一方、当時の息子の英語の発音は、驚くほどに正確で、native speakerのそれと全く差が無かった。

息子が、積極的に日本語で話すようになったのは、日本の保育園に通い始めてからである。現在の息子は、英語を完全に忘れ去っているようで、日本語だけの生活を送っている。しかし、日本語を使い始めた年令が遅かったせいか、ときどき、思いもよらぬ間違いをしてしまうようである。(このことを妻に言うと、それはあなたの考え過ぎではないか、息子の言葉が時々変なのは、単に、息子の読書量が少ないから、と言われた。確かに、最近の子供は、ゲームに時間を取られて、活字に触れる時間が少なくなっているのかもしれない。)

ときどき、自分は、イギリスで生活していた頃、自分たち夫婦は、息子に対して適切に対応していなかったのでは、と考えることがある。そのせいで、家庭内で、息子はなかなか日本語を習得してくれなかったのでは、と考えてしまうことがある。

また、テレビの影響もあるのかも、と考えることがある。自分たち家族は、イギリスに滞在していた期間、日本語放送チャンネルのサービスを契約しなかった。料金が高かったからである。そのため、息子が見る子供向けテレビ番組は全て英語であった。息子は、機関車トーマス(Thomas the tank engine and friends)を熱心に見ていた気がする。また、「Digital monster」と呼ばれる日本で製作されたアニメの英語版も見ていた気がする。(Pocket monsterではなく、Digital monsterだった気がする。)

今日は、なるべくたくさん、量子情報理論の計算をしようと思う。

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2009年5月30日 (土)

良く分からない漠然とした不安

5月29日の深夜に、このブログを書いている。

今週は、様々な出来事があり、それらの一つ一つに一喜一憂する一週間だった。いろいろな小さな事件が発生し、それらの起こった順序も良く覚えていない状態である。20090529blog

まず自分は、今週の初めに、林芙美子著「放浪記」(新潮文庫)を読み終えた。この本の中で、林芙美子と接点のある同時代の小説家、詩人が多数登場する。本の記述をそのまま受け取るなら、これらの文学者の中で、最も作品が売れずに、生活が困窮していたのは、著者の林芙美子自身である。しかし、現代まで、作品が生き残っているのも、林芙美子のみと思われる。この本は、林芙美子の、日々の覚書のような、日記のような、そんな文章が集められた形になっている。林芙美子は、二十一歳頃から、これらの文章を書き始めたようである。やはり、飛び抜けた才能があったのだと思う。

その後、井上靖著「風林火山」(新潮文庫)を読み始める。こちらは、わずか二日で読み終えてしまった。自分は、この小説を何度も読んでいる。自分は、この本を歴史小説とは思わず、山本勘助の恋愛小説ではないかと考えている。恋愛といっても、それはプラトニックなもので、恋愛の対象は、武田晴信(信玄)だったり、由布姫だったり、武田勝頼だったりする。

約五ヶ月前にイギリスの学術誌に投稿した論文が、編集部から返却される。「この論文は、journalの趣旨に沿っていないので掲載しかねる」、とのことであった。自分は驚いて、編集の責任者である、イギリスのとある大学のprofessorに問い合わせのメールを出した。すると、「あなたの論文は、多数のrefereeに査読を依頼したのだが、refereeの全員が、査読を断ったので、掲載を見合わせることにした」、との返事が来た。

自分は、このことに、とても驚いた。自分は、これまで、refereeに否定的なreportを書かれて、論文をrejectされた経験は何度かある。しかし、多数のrefereeに査読すること自体を拒否されたのは、初めてであった。自分の論文の、どこがいけなかったのだろうかと考えた。そんなに変なことは書いていないつもりである。

自分は、この件で、何だか良く分からない、不安のようなものを感じた。もしrefereeが、自分の書いた論文を気に入らなければ、単に、否定的なコメントを添えたreferee reportを編集部に送れば済むことである。査読自体を拒否するということは、何か別の理由があるのではと考えてしまったのである。例えば、自分のことを中傷するメールが、他の研究者の間で回覧されているのでは、と考えてしまった。

しかし、これは自分の妄想だろう、とも考え直した。世界各国の量子情報理論の研究者の間で、自分を非難するメールがばら撒かれる、といった事態は、現実的に考えて有り得ない。自分は、そんな有名人ではないのである。

最後に自分の論文が学術誌に掲載されてから、ちょうど一年経ったことになる。今の自分は、スランプの状態にあるのだ、と考えることにした。また、そのうち、良いことが起こるかもしれない。そう考えることにする。

それから、自分は、基本情報技術者試験に合格したようであった。これは、ちょっとうれしい出来事であった。でも、この資格は、プログラマとして働いている人なら、必ず取っていなくてはならない最も基本的な資格のようで、合格したからといって、人様から驚かれるような、そんな立派なものではないようである。

職場での仕事も、上手く行っているのかいないのか、さっぱり分からない状態であった。幾何光学ソフトのエンジン部分の、CUDAによる並列化の仕事を任されているわけだが、計算時間が約1/3にしか短縮されていないのが現状である。

もっと高速化しようと思って、CUDAのkernel部分のコードで、GPUのglobalなメモリに格納していたいくつかの変数を、sharedメモリに変更してみる。すると、変更する変数の組み合わせによっては、計算時間がさらに10%程短縮できるようであった。ところが、このメモリの変更によって、float型変数として出力される計算結果の、有効数字の末尾付近の桁の値が、変化してしまうことに気付く。数値計算の出力結果が、この程度のコード変更で、揺らいでしまうのは、ちょっと問題ではないか、と自分で思ったりした。

変数を格納するメモリの階層を変えてしまうと、並列化の際、計算順序が微妙に変化するのだろうか、と自分は考えたりした。しかし、本当の所、CUDAのkernelがどんな計算をやっているのか、自分は十分に理解できていない。だから、計算結果が異なってしまう原因は良く分からず仕舞いだった。来週、職場の先輩に尋ねてみようと思う。

今週は、どうした訳か気疲れすることばかりであった。今週は、自宅で、ちょっとした時間を作って、Abel-Plana公式に関連する計算問題に取り組んだ。しかし、あまり良い結果は得られていない。今週末、頑張ってみようと思う。

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2009年5月24日 (日)

あまり気分の晴れない週末

今朝、早い時刻に目を覚ますが、まだ妻も息子も眠っている様子だったので、再びベッドに戻る。次に起きたときは、正午近くだった。20090524blog

このところ、日中、強い眠気に襲われることが多い。就寝前に服用する睡眠薬の影響が、朝目を覚ました後も、残っている感じである。

自分はいつも、同じ量の抗精神病薬、同じ量の睡眠薬を服用するように心がけている。しかし、それらの薬の効き目が、数ヶ月程度の周期で、強くなったり弱くなったりと、変化しているような感じがする。ある期間は、睡眠薬が良く効いて、一定の時間、十分な睡眠が取れている状態が続くのだが、しばらくすると、なかなか睡眠薬が効かず、寝付けない日々が続いたりする。また、現在のように、睡眠薬が効き過ぎて、日中まで、その効果が残っているように感じられる日々が、数週間続いたりもする。これらの感覚は、あくまで、自分の主観的なものであるのだが。

昼食後、Jaynes-Cummings modelに関連する計算に取り組む。自分は、ここ数日、量子光学でしばしば登場するある級数を、積分形に直して、より初等的な関数形の表示を得ようと努力している。しかし、計算を進めるにつれて、自分の意に反して、その積分の表式は、どんどん複雑化し、容易に手の付けられない形に変化しつつある。どうにかならないものかと思案するが、上手い手を思い付くことが出来ない。

しばらく前に、ある大学から、量子情報理論の分野の教官の公募が出ていることに気付く。自分は、その公募に応募すべきかどうかで悩んでいる。自分は、再び、大学での研究職に就くことが出来るであろうか。そのような、気力、体力が、自分にまだ残されているだろうか。自分に、再び大学院生達を指導する資格があるだろうか。大学に戻って、また精神の調子がおかしくなったらどうしようか。そんなことを考えた。

自分は、このことを妻に相談してみた。意外にも、妻は、大学教官の職の応募に反対しなかった。「やってみればいい」、という意味のことを言った。

自分は、両親、および、妹にも相談した。両親も妹も、応募することに反対であった。両親も妹も、せっかく今の職場で働き始めたのに、もう転職することを考えているのかと、ややあきれ気味の様子であった。「今の仕事を大切にすべき」という意味のことを言われた。

自分は、どうしたら良いか分からなくなった。

自分は、今の職場に不満を持っていない。一生懸命仕事に打ち込みたいと考えている。

しかし、同時に、その一方で、大学の研究生活に未練のようなものも感じている。研究職に就ければ、当然、量子情報理論に関する問題に取り組む時間を増やすことが出来る。そうすれば、現在、手を出すことの出来ない規模の大きな問題に手を付けることが可能となるだろう。それは、自分にとって、とても魅力的である。

妻も、両親も、妹も、「たとえ大学の教官の職に応募しても、採用に至るのは非常に難しいだろう」、という点で意見は一致している。自分も、そう思う。面接までたどり着ければ良い方であろう。しかし、妻は、「たとえだめでも、やってみれば良い」という考え方のようである。

自分でも、何が何だか、良く分からなくなった。

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2009年5月23日 (土)

何か良く分からない不安に悩まされる

朝起きて、食事を取らずに、泌尿器科のクリニックに出掛ける。半年毎に受けることにしている、腎臓癌の定期健診のためである。昨年の十一月に、自分は京都の総合病院で癌の検査を受けた。そのとき、自分は、横浜市内に引っ越した旨を、お医者様に伝えた。お医者様は、病院を変更するための紹介状を書いて下さった。20090523blog

いろいろ考えて、自分はM先生が数年前に開設されたクリニックに行くことに決めた。M先生は、約七年前に、自分の腎臓癌を見付けて下さった先生である。先生は、自分に、「久しぶりだね」とおっしゃった。

クリニックには、CTスキャンの設備が無いので、七月頃に、改めて、大きな病院で検査を受けることになる。今日は、尿検査、レントゲン、採血を受けることになる。

採血を受けているとき、自分は、女性の看護師の人と少し話をした。このクリニックでは、看護師は全員、白衣ではなく、キャラクターがプリントされたスモックのような服を着ていた。(チュニックと呼ばれる服らしい。)自分は、そのことについて、看護師の人に話をした。看護師の人は、自分に、「どうして、M先生に診てもらおうと思ったのですか」、「ずいぶん若い頃に、癌にかかられましたね」、「自宅からこのクリニックまでは、ずいぶん遠かったでしょう」、等のことを話しかけて下さった。

ところが、自分は、看護師の方にそれらの事柄を話しかけられて、非常に不安な気持ちを覚えた。自分は、この看護師の人は、どうして、自分が三十代で腎臓癌を患ったことや、自宅がこの病院から遠いことを知っているのだろうか、と思ってしまったのだ。自分は、何だか、「この看護師の人は、自分のことを詮索しているのではないだろうか」と、思ってしまったのである。

その看護師の人は、ごく普通の、優しそうな顔立ちの女性であった。自分と同年代、もしくは、もう少し若い感じの人だった。話し方から、とても親切そうな女性であることが感じられた。とても好感の持てる人だった。しかし、自分は、その看護師の人に、不安を感じたのである。

自分でも、何だか良く分からない気持ちになった。その看護師の人は、自分のカルテを見たのかもしれない。M先生が、自分のことを、その看護師の人にいろいろ話したのかもしれない。自分がM先生に診察を受けている間、自分とM先生との間で交わされた会話が、その看護師の人の耳に入ったのかもしれない。(M先生が診察する部屋と、看護師の人が採血等ををする部屋は、別々になっている。)別に、その看護師の人が、自分に関する情報を知っていても、何の不思議も無い。

しかし、自分は、とても不安な気持ちになったのである。

自分の見た範囲では、その時、そのクリニックにいる看護師の人は、二人だった。二人とも、感じのいい女性だった。(少なくとも、自分は、そのような印象を持った。)自分の尿検査、レントゲン、採血を担当したのは、そのうちの一人の看護師の人だった。もう一方の看護師の女性は、診察室の隅で、何もせずに立っていた。

自分は、そのもう一人の看護師の女性に、避けられているような感覚も覚えた。そのもう一人の看護師の人は、ただ微笑んで、自分が尿検査、レントゲン等の説明を受けているのを見ていただけである。自分は、そのもうひとりの看護師の人と、何の接触も無かった。しかし、自分は、そのもうひとりの看護師の人に、何故か避けられているような感覚を覚えたのである。理由は、分からないのだけれど。

クリニックの待合室に戻って診療代を払うのを待っている際、自分は、とにかく、何だか訳の分からない、自分でも説明の仕様が無い、とても不安な気持ちを感じた。

その後、自分はまっすぐ自宅に戻った。自宅に戻ると、何だかすごく眠たくなった。それで、昼食を取ってから、ベッドに入った。数時間、眠った。

目を覚ましてから、Jaynes-Cummings modelに関する計算をした。計算は、自分の期待に反して、どんどん複雑になり、今手直しをしている論文に書き加えることが適切かどうか、自分でも良く分からない感じになって来た。

今日、自分は、ごく普通の、なんでもない一日を過ごしたはずである。しかし、今日、自分は、何か得体の知れない不安な気持ちを抱いた。自分でも、理由は良く分からない。

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2009年5月18日 (月)

仕事で失敗をする

職場で、仕事の上で失敗をする。自分は、現在、C言語で書かれた幾何光学ソフトエンジン部分を、CUDA on GPUで書き換えて、並列化を実行する仕事を担当している。普段は、自分の机に置かれているWindows Vistaのデスクトップマシンで、Visual C++を介してCUDAをemulatorとして使っている。それで、プログラムがemulatorのDebugモードを通ったのを確認してから、GeForceが搭載されている共有マシンで、計算速度の計測等を含めたテストを行うことにしている。20090518blog

GeForceを搭載した共有マシンは職場に二台ある。どちらも、Linux 64bitマシンである。自分は、このうちの一台を利用して、プログラムテスト等を行っていた。

ところが、今日、その一台のLinuxマシンが、自分のCUDAプログラムを受け付けなくなってしまった。原因は、職場の先輩が、非常に計算負荷の大きいプログラムを走らせて、利用可能なメモリが大幅に不足したためであった。先輩に尋ねると、その計算は、今週一杯かかりそう、とのことであった。

それで、自分は、それならもう一台のLinuxマシンで計算させようと考えた。ところが、そのLinuxマシンにインストールされているCUDAは、ver. 1. 1と判明する。(現在、配布されているCUDAは、ver. 2. 1である。)試しに、自分の書いたプログラムをcompileしてみると、エラーが出て通ってくれない。エラーメッセージによると、旧ヴァージョンと現行のヴァージョンとでは、#include <cutil_inline.h>の部分の取り扱いが異なるようであった。

仕事を進めるには、今書いているCUDAプログラムを、旧ヴァージョンの書法に書き換えなくてはならないようであった。これが、どれくらいの手間の作業なのか、自分には良く分からなかった。

以前から、周囲の人たちから、経費で自分専用のCUDAマシンを購入しては、と勧められていた。その程度の出費で時間が節約できるなら、買った方が良い、と言われていたのだ。しかし、自分は、何となく経費を節約した方が良いような気がしていて、CUDA専用マシンを購入するのを控えていた。

今回のトラブルで、一二週間の間、CUDAマシンが使えない可能性がある。それだけ、プロジェクトの進行を遅らせてしまうことになるだろう。今から、自分専用のCUDAマシンを購入しても、納品にやはり一二週間かかる訳で、時間のロスは避けられない。困ったことをしでかしたものである。

職場の帰りに、東京工業大学大岡山図書館に寄る。先日、文献複写させてもらったP. Carruthers and M. M. Nieto, Phys. Rev. Lett. 14, 387 (1965)という論文の中の漸化式の導出方法が分からず、何か参考になる資料はないかと探しに来たのである。しかし、役に立ちそうな本は見付からなかった。

今日は、早く寝ようと思う。

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2009年5月17日 (日)

少し気分が落ち込む

金曜日の夜に、職場の新入社員歓迎会が開かれる。場所は、地下鉄後楽園駅近くの和風居酒屋だった。参加者は四十名あまりであった。これは、全社員の約半数にあたるそうであった。20090517blog

自分は、予定より早く店に到着したのだが、見回しても、自分の所属する課の人は見当たらなかった。それで、どの席に座ろうかと悩んでいた。すると、総務のUさんが、自分の隣に座りませんかと誘ってくれた。それで、自分は、Uさんを始めとする総務部の人たちのグループの席に混じることとなった。

しばらくして、新入社員の人たちも、自分の座っている席の近くに加わった。みんな楽しそうに会話をしているのだが、自分はあまりそれに加われなかった。

会がお開きになって、歓迎会参加者は、全員、居酒屋の入っているビルの一階のエレベーター出口付近に集まった。二次会にどの店に行くかについて、主要メンバーが話し合っていた。

すると、職場の年配の社員の方が自分に絡んできた。その年配の社員の方は、「お前は、いつも暗そうにしている」とか、「きちんと仕事をしているのか」などと言って、自分の上着をつかんできた。自分は、「恐縮です」などと、特に意味の無い言葉を言って、その人に、ただただ謝った。自分でも、どうしてこの人に謝らなくてはならないのだろうかと思ったが、そのときは、そうやって切り抜けるしかなかった。

それから、何となく二次会に行くのが億劫になって、自宅に帰った。

翌日の土曜日の午前中、精神科クリニックに出掛ける。その後、東京工業大学大岡山図書館に立ち寄る。P. Carruthers and M. M. Nieto, Phys. Rev. Lett. 14, 387 (1965)をコピーさせてもらう。この論文には、ある級数の漸化式が証明されていて、量子光学の分野で頻繁に使われる公式となっている。自分は、この公式を少し勉強してみようと考えたのである。

自宅に戻って、コピーしてきた論文を読む。自分は、この論文の内容と、最近、自分で研究しているAbel-Plana公式との間に、何か関係が有るのではと考えている。しかし、いくら考えても明確な関連性は見付からなかった。

それから、金曜の夜のお酒がまだ残っているような感じがして、早めに寝てしまった。それが、土曜日の夜のことである。

今日、日曜日の朝、自分は早い時刻に目を覚ました。今日は、時間が有るので、量子情報理論の研究をやってみようと思う。

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2009年5月13日 (水)

上手く行ったり、駄目だったり

職場で担当している、幾何光学エンジンソフトをCUDA on GPUに移植する作業で、何とかCUDAのcompilerを通るプログラムコードを完成させる。ここ一週間ほど、header fileをCUDAに認識させるのに苦労していて、compileする度に数百個程度のエラーが出ていたのだが、あるとき、CUDAのコーディングのコツのようなものに気が付いて、それを試すと、一気にエラーの数が減少して、それからは、大して時間をかけることなくcompilerを通過させることが出来た。コーディングが出来た瞬間は、少しあっけない感じがして、自分は拍子抜けしたような、妙な感覚がした。20090513blog

早速、パフォーマンスのテストを試してみる。すると、通常のgcc -O2でcompileした場合に比べて、CUDAの方が、計算速度が約2.5倍に改善されていることが判明する。自分は、この結果に少しがっかりした。と言うのも、NVIDIA社の宣伝では並列化が効率的に行えれば、計算速度は約100倍程度に加速する、ということになっているからである。そして、自分の直属の上司も、数十倍程度の高速化を期待しているようである。

職場の先輩に相談して、以下のことを教えてもらう。CUDAは、メモリが階層構造を成していて、どのメモリをどういうタイミングで活用するかで、計算速度が大きく変ってしまうそうである。例えば、頻繁にアクセスされるデータは、GPUの共有メモリに、早期の段階で流し込んでおく、等の工夫が、計算速度の高速化に有効であったりする。しかし、GPUの共有メモリには容量の点で比較的厳しい制限があり、何でも共有メモリに書き込むという訳には行かない。ここが、結構、難しい。(野原しんのすけ風)

職場の先輩は、CUDAプログラムの高速化チューニングは熟練を要する手作業で、素人の場合一ヶ月程度かかっても仕方が無いのでは、と自分に言った。まだまだ先は長そうである。

自宅に戻って、Jaynes-Cummings modelにAbel-Plana公式を適用する計算をして、いろいろ調べてみる。しかし、長い計算をやってみたにもかかわらず、自明な結果しか出て来なかった。やや落胆する。何だか疲れた気分になった。

今日は、もう寝ようと思う。

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2009年5月10日 (日)

息子とベランダから外の景色を眺める

今日一日、Jaynes-Cummings modelに関する計算に取り組んだが、あまり進展はなかった。Abel-Plana公式を拡張して、非共鳴状態にあるJaynes-Cummings modelに、これを適用しようとしたのだが、上手く行かなかったのである。少し落胆する。20090510blog

最近、息子とよく、ベランダに出て外の景色を眺めている。息子は最近仮性近視気味なので、視力を回復するために、時折こうして遠景を眺めているのである。

自宅周辺は、公団アパートなので、似たようなアパートが何棟も並んでいるだけで、別段、これと言って特徴の無い景色である。遠くの鉄塔から出ている電線が合計で十四本であることを発見した。

自分の量子情報理論に関する研究は、現在、絶不調の模様である。自分で納得できる結果が得られていないのである。何とか早くこの状況を脱したいものである。

昨日の夜、ハルシオン、ロヒプノール、セロクエルを服用する。しかし、今日の日中も、やはり眠気に襲われる。

夕方、いつものように、「ちびまる子ちゃん」、「サザエさん」を見る。(これは、我が家の、ほぼ破られることの無い習慣である。)これらのアニメ番組に関して、自分は、以前から以下のような感想を抱いている。

第一に「ちびまる子ちゃん」に関してであるが、自分は「みぎわさん」という登場人物に強い印象を受けている。「みぎわさん」は、あまり他人から好かれるという性格ではないようであるが、ストーリーの中では際立った存在感を示している。しばしば、「みぎわさん」がいないと成立しない話も見受けられる。台本を書いている人は、恐らく「みぎわさん」というキャラクターを非常に気に入っているのではないだろうか。

ところで、「みぎわさん」は、恐らく名字なのであろうが、漢字ではどう書くのであろうか。やはり、「汀」と書くのであろうか。ちょっと謎である。

第二に「サザエさん」に関してであるが、 自分は、近年、「サザエさん」のストーリーの中で、「花沢さん」の登場回数が非常に多くなって来ていると感じている。自分が子供だった頃の「サザエさん」では、「花沢さん」は、それほど目立った存在ではなかったと記憶している。「花沢さん」は、近所の不動産屋さんの娘さんという設定なのだが、「花沢不動産」の社長であるお父さんも、結構、ストーリーに絡んで来る場合が多い。どうして、「花沢さん」が、これほど重要な役割を担うようになったかは不明である。

自分が子供の頃は、近所の「三河屋」さん(酒屋さん)の配達のお兄さん(昔は御用聞きと言っていた気がする)が、頻繁に登場していた。この人の名前を自分は忘れてしまっていることに気付いた。この人は、ストーリーの中で、常に好青年の役柄を演じていた。(そもそも、「サザエさん」には、悪人は登場しないのではあるが。)しかし、最近は、「三河屋さん」が登場するのは皆無のようである。

考えてみると、三河屋さんのような近所の酒屋さんは、今のこの時代において失われつつある。これは、酒屋さんがコンビニエンスストアに変ってしまったためであろうか。そのため、テレビのストーリーに「三河屋さん」を登場させることが難しくなってしまって、配達のお兄さんも出る機会を失ってしまったのであろうか。

今日、寝る前に、もう一度、計算にトライしてみようと思う。

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2009年5月 9日 (土)

日中眠気に悩まされる

朝遅い時刻に目が覚める。息子は、すでに塾に出掛けていた。20090509blog

昼食後、少し、Jaynes-Cummings modelに関する計算をしようとするのだが、ノートを数ページ書いたところで眠くなり、ベッドで横になる。数時間眠ってから、起きて、音楽を聴いてみようと考える。そうこうするうちに、息子が帰って来る。

最近、日中、眠気に悩まされることが多い。仕事中も眠くなって、数十分、ぼおっとした状態になることがある。これは、就寝前に服用している睡眠薬およびリスパダールのせいだろうかと考える。

実は、現在、精神科クリニックで処方されている抗精神病薬はセロクエルである。しかし、以前処方された際に飲み残したリスパダールが手元にあって、自分は、時々、セロクエルでなくリスパダールを服用している。特に理由は無いのだが、自分は、セロクエルとリスパダールを数週間の周期で交互に服用している。

また、睡眠薬も、ロヒプノールとベゲタミンBが手元にあって、これらをその日の気分で交互に飲んでいる。

今日から、お薬の組み合わせを変えてみようかと考える。

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2009年5月 6日 (水)

明日から仕事

今日で連休は終わりである。自分は、この連休中、何をしただろうかと振り返ってみたのだが、あまり大したことは出来なかったような感じである。20090506blog

職場で担当しているCUDAプログラミングの仕事を自宅に持ち帰って、連休中にやってみようと考えていたのだが、あまり先に進むことは出来なかった。直属の上司からは、プロジェクトの進行の都合上、この作業を五月末までに終えるように言い渡されている。しかし、期日に間に合うかどうか、ちょっと微妙な状況である。

良く考えると、三月から四月にかけても、やはり自分は、上司の設定した期日に追われながら仕事をしていた。プログラマというのは、こういう風に、常にプロジェクトの予定表に追われながらの仕事なのかもしれない。

量子暗号の研究も、連休中に集中的にやってみようと思っていたのだが、結果から言うと、ほとんど手をつける間もなく、連休が終わってしまった感じである。

自分が連休中に行った家族サービスは、息子を区立図書館に連れて行ったのと、家族三人で日帰りで箱根に行ったくらいである。

最近、自分の人生は、正しい方向に進んでいるのだろうかと悩むときがある。客観的に見れば、自分の人生は、統合失調症が発症して安定した職を失った時点で、「支離滅裂」、ということになるだろう。妻と息子には迷惑をかけてしまった、と思っている。

自分は、それまで、研究職と呼ばれる職業に就いていた。専門分野の量子情報理論に関する研究だけをすれば、それで良かった。学術誌に研究論文を発表し、その研究内容で業績評価がなされていた。

しかし、今は、小さな会社でプログラマとして働いている。プログラマだって、社会を支える大切な職業の一つである。

自分は、今でも、量子情報理論の研究を細々と続けている。しかし、自分の研究成果を学会で発表するような機会は、恐らく二度と巡って来ないであろう。海外の学術誌に論文を投稿して発表するのが、活動の限界ということになるだろう。自分の研究成果を、国内の他の研究者が取り上げてくれるチャンスは、皆無と言って良いだろう。

では、何のために研究を続けているのだろうか、と自問してしまうのである。

でも、少なくとも、今の職場の仕事だけでも、きちんとこなせるように、統合失調症の症状を抑えて、日々の生活を送りたいものである。

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2009年5月 5日 (火)

少し仕事をする

今日、妻は息子を連れて映画を見に出掛けた。「名探偵コナン」を見に行ったのである。自分は、留守番であった。20090505blog

留守番の間、自分は、CUDAによるプログラミングの続きをやってみた。コンパイルすると、objファイルは作成されるのだが、リンクする際にエラーが生じてしまう症状に悩まされる。数時間粘ったが、結局、解決できなかった。

夕食後、家族で、柏餅を頂いた。

寝る前に、もう一度、CUDAプログラミングに挑戦してみようと思う。

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2009年5月 3日 (日)

息子と図書館を回る

午前中から、息子と都内の図書館を回る。目黒区内の図書館には、子供向けにマンガの書架が設置されている所がある。それで、息子の読みたいマンガがないか見て回ろうということになったのである。20090503blog

まず、目黒区立緑が丘図書館に向かう。その次に、目黒区立洗足図書館に向かう。しかし、どちらの図書館にも、息子が読みたいマンガはなかったようである。自分は、借りていたCDを返却した。

それから、品川区立大崎図書館に向かう。そこでも、自分は借りていたCDを返却する。それから、昼ご飯を食べようということになり、大崎駅前のオフィスビルに行ってみる。ビル内には、サラリーマンを目当てにしたレストランが何軒か入っていた。その中の、イタリアンレストランに入った。(大崎駅前ThinkParkビル1階の「BELLA BELLA」というレストランである。)

その店は、レストランというよりは、どちらかと言えば、洋風居酒屋という感じで、ワインとお酒に合いそうな小皿の料理がメニューに多く並んでいた。しかし、セットメニューも用意されていた。

自分と息子は、ランチセットを注文した。息子は、照り焼きピザを選択し、自分は、ナスとトマトのパスタを選択した。デザートにシャーベットとパンナ・コッタ(多分、こういう名前の食べ物だったと思う)が出された。自分は、このパンナ・コッタ(という名前の食べ物だったと思う)を食べるのは初めてだった。非常に美味しいデザート料理だと思った。

それから、今度は、文京区立小石川図書館に向かう。そこで、予約していた綾小路きみまろのCDを借りる。(これは、主に、妻のリクエストである。)

そうして、自宅に帰った。

今夜は、CUDAのプログラミングをしてみようと思う。

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2009年4月30日 (木)

妻とラーメンを食べに行く

朝8時少し前に起きて、Visual C++のテキストを読み始める。これをきちんと理解したら、今職場で担当している仕事に役立つのでは、と考えたのである。20090430blog

お昼前、妻が、近所のラーメン屋さんに行ってみないかと言う。 それで、行ってみることにする。自分は徒歩で店に向かった。妻は買い物があるので、自転車で出掛けた。店の前で、待ち合わせをすることになった。

ラーメン屋さんは、中国人らしき人たちが切り盛りしている、かなり本格的なお店であった。自分は、黒酢ラーメンなるものを注文した。

妻と二人で食事をするのは、結構、久しぶりである。以前、妻と二人で東京近辺のアパート探しをしたとき以来である。

自宅に戻って、とある用事があって、試しに職場に電話をしてみた。今日は誰もいないのではと思っていたのだが、総務のUさん(昨年12月入社)が電話に出て、少しびっくりした。「Uさんは、今日も仕事なの」と尋ねると、「私は出社してますけど、ほとんどの人はお休みです」と答えた。

その後、Visual StudioからCUDAを使用する方法について、いろいろ調べる作業をした。しかし、あまり進まなかった。

明日、頑張ってみようと思う。

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2009年4月29日 (水)

麻生よう子「逃避行」

今日、YouTubeで、ふとしたことから、麻生よう子「逃避行」を聴く。レコード音源をデジタル化して投稿されたもののようだった。そのため、レコード特有のノイズも混じっていた。20090429blog

自分にとって、この「逃避行」という曲は、思い出の曲である。小学生低学年の頃、テレビで聴いたことがあるらしく、イントロの「あのひとから言われたのよ、午前五時に駅で待てと」というフレーズが、大人になるまでずっと頭の中に残っていたのである。しかし、その曲を歌った歌手が誰で、何と言うタイトルの曲かは、どうしても分からずにいた。

高校生ぐらいの頃、一度、両親に、イントロのフレーズを歌ってみせて、何という曲かと尋ねたことがある。そのとき、両親は、「その曲は、ちあきなおみの歌った曲だ」と答えたのだが、自分は、「それは違う」と思っていた。

結婚してから、妻にそのことを尋ねたところ、麻生よう子の「逃避行」という曲であることを教えてくれた。(妻は自分より少し年上で、その分、昔の歌謡曲のことを良く覚えているのである。)作詞は千家和也、作曲は都倉俊一である。「逃避行」の歌詞は、以下の通りである。

「逃避行」
あのひとから言われたのよ
午前五時に駅で待てと
知らない街へふたりで行って
一からやり直すため
あのひとから言われたのよ
友達にも打ち明けるな
荷物をつめたトランクさげて
また空いた汽車を空いた汽車を
見送った
昨日の酒に酔いつぶれているのだわ
おそらくあのひとのことよ
それがなきゃいい人なのに
あきらめたわ私ひとり
キップ買う

自分は、子供心に、「なぜこの女の人は駅で待っているのに、男の人は約束どおりに駅に来ないのだろうか」と考えていた。そして、「この女の人は、男の人にだまされているのではないか」と考えたりしていた。確かに、何となくさびしい感じがするイントロである。

どうでもいいことだが、自分は、一生に一度でいいから、女性に、「午前五時に駅で待て」と言ってみたいものである。(別に、今の妻と息子との生活に不満があるわけではないのだが。)そのことを妻に言うと、「今は、男の人が駅で待っても来なかったら、すぐに携帯で連絡を取るから、この歌のような状況は発生しない」と言われた。

今日、自分は、職場から持ち帰った仕事の続きを自宅でしようと思ったのだが、結局、何もできなかった。

自分は、今、二つの悩み事を持っている。

一つは、職場の仕事が、思ったようにはかどらず、期限までに仕上がりそうにないことである。自分は、今、NVIDIA社の開発したプログラム言語CUDAで、幾何光学ソフトウェアを並列化する仕事を担当している。プロジェクトで決められている期限は、五月末である。

しかし、自分は、このCUDAという言語を、なかなか使いこなせないでいる。CUDAのプログラムそのものの書法は何とか理解できたのだが、nvccでcompileする際、リンクのオプションの仕方が良く分からず、作業が進まなくなっている。

二つ目は、量子暗号の研究が、ある難しい問題にはばまれて、先に進めなくなった事である。自分は、Eveのincoherent attackに関して分析を進めてきた。しかし、自分が調べたEveの盗聴戦略は、ある特殊な一群に過ぎず、一般的なEveのincoherent atackを網羅していないようであった。自分は、一般のEveのincoherent attackは、自分が調べた盗聴戦略の一群のどれかに、実質的に等価であると見込みを立てていた。しかし、それを厳密に証明できないでいる。

夕食時に、妻に、自分は以上の二つについて悩んでいると話すと、妻は、「仕事の方から先に手をつけるべき」と言った。量子暗号の問題の方は、別に、義務でやっている訳ではないので、後回しにしても、誰にも迷惑をかけないから、と言った。確かにそうである。自分は、仕事の方を優先させるべきである。

今日は何もしなかった。きっと疲れがたまっていたのだろう。仕事は、明日から始めれば良いと考えた。

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2009年4月27日 (月)

やや妄想が現れる

昨夜は睡眠薬を服用したにもかかわらず、なかなか寝付けず、今朝は、寝不足気味で出社する。20090427blog

日曜日に書き上げたCUDAプログラムを、職場のデスクトップパソコンでcompileしてみる。しかし、上手くcompileしてくれない。職場の先輩に相談すると、nvccのコマンドに、linkを張るオプションを追加する必要があるとアドバイスされる。しかし、link先が多岐のdirectoryにわたっており、手作業でコマンドを書くのは無理があると判明する。

自分のデスクトップパソコンはWindows Vistaであり、Visual Studio 2008がインストール済みである。CUDA SDKは、Visual Studio 2008の上にかぶせるようにインストールされている。CUDA SDKには、サンプルプログラムが多数添付されているのだが、これらは、Visual Studioのslnファイルでまとめられている。それで、自分も、これを参考にして、Visual Studioで管理しながらCUDAを使用する方針に決める。

自分は、Visual Studioの仕組みをほとんど理解していない。C言語compilerとしてcl.exeを使っているのみである。連休中に勉強する必要がありそうである。

現在担当している仕事の期限は五月末である。そんな風に、プロジェクトの進行予定が決定されていて、それを守らなくてはならない。自分には、結構、苦痛である。でも、仕事だから仕方がない。

お昼前に、少し休憩時間を取って、職場のオフィスがあるビルの周りを歩いたのだが、何故か、見知らぬ通行人から、じっと見られているような感じがした。何か遠巻きに監視されているような気持ちがした。その人たちは、まるで自分のことを知っているかのようであった。そんな風に、自分は、他人の表情を読み取ってしまうのである。何だか変な気分になって、散策を中止し、職場に戻った。

実は、数日前にも、地下鉄で、眼鏡をかけた、あごの尖った若い男性から、見られているような感じがした。その人も、自分のことを知っているかのようであった。そんな気がしたのである。自分は、もしかしたら以前、会ったことのある人だろうか、と考えたりした。その人に似た知り合いがいるような、いないような、良く分からない感覚がした。

これらは、やはり妄想なのだろうか。それから、次のようなことを考えた。一般の人は、たとえ街中で、自分のことをじっと見ているような人に出会っても、しばらく経てば、そんなことは忘れてしまうことだろう。しかし、自分は、そのような体験をすると、そのことを、いつまでも覚えていて、結構気にしてしまう訳である。そういう風に、些細なことを忘れず気にかけていることが、いけないのだろうか、とも考えた。何だか良く分からなくなる。

量子暗号のノートをまとめていると、ある一つの事実が、はっきり証明されていないことに気が付く。それで、自分は、上手い証明がないものかと思案し始めている。こちらも上手く行くと良いのだが。

今日は早く寝ようと思う。

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2009年4月26日 (日)

仕事を少しする

早朝に一度目を覚まし、それから、再び寝て、午前十時頃に起き出す。20090426blog

職場で取り組んでいるCUDAによるプログラミングの作業の続きを、自宅でやってみる。nvccというコマンドでコンパイルしてみるのだが、エラーメッセージの意味が良く分からず、デバッグに苦労する。慣れるのに少し時間がかかりそうである。

昨日の深夜まで、量子暗号のノートをlatexに打ち直していたのだが、結局、introductionの一章分しか仕上がらなかった。連休中に頑張ろうと考える。

昨日、目黒区立緑が丘図書館で、荒木不二洋著「数学と物理学の接点」(ダイヤモンド社)という本を借りた。自分は、これまでの人生で、大学院生時代は量子化された場の理論、それ以降は量子力学の観測問題を、勉強してきた(つもりである)。その過程で、何度か、この荒木不二洋という人の研究業績に出くわした。一般的には、この荒木不二洋という人は、日本を代表する、国際的に認められた数学者ということになっている。自分が、これまでの自分の研究活動を通して目にして来た、荒木不二洋という人の研究業績は、その人自身の全業績の中のごく一部ということになるのだと思う。(正直な所、自分には、荒木不二洋という人の業績を、正しく評価する資格は全くない。自分は、高度な現代数学を理解する力を持ち合わせていないからである。これは、とても残念なことだけれど。恐らく、荒木不二洋という人は偉大な数学者の一人なのだろう。)

それで、とにかく、この荒木不二洋という人について、自分は以前から興味を持っていた。自分は、この荒木不二洋という人は、数学者に分類されるのか、物理学者に分類されるのか、正確にはどちらであろうか、と考えていた。と言うのも、自分がこれまで出くわした荒木不二洋と言う人の業績は、量子力学の密度行列を使ってエントロピーのような物理量を定義して、その値を評価する際に有用な不等式、と言った、どちらかと言うと物理学的な業績が多いからである。(例えば、Bhatia著「Matrix Analysis」Springerには、Araki-Lieb-Thirring inequalityという公式が紹介されている。)

この「数学と物理学の接点」という本の中で、著者の荒木不二洋という人は、自分自身を、場の量子論の公理論的な立場の専門家と定義しているようである。その件を読んで、自分は、何だか分かったような分からないような、判然としない気持ちになった。自分の読んだ印象では、この荒木不二洋という人は、物理学者が道具として使っている量子化された場の理論を、数学的に緻密なものに仕上げる試みを行った人のようである。

確かに、場の量子論は、数学的な厳密さに欠けていそうである。それは、自分も何となく感じていることである。学生時代、量子電磁力学(QED)、および、非可換ゲージ理論の繰り込みを勉強していた際、次のことを疑問に思ったことがある。これらの場の量子論では、通常、摂動計算を行い、低次の項から順に発散を除去していく。それで、各次数の項の発散が繰り込み処方(無限大のcountertermを元のLagrangianに加えて行くこと)で有限に抑えられることは理解できるのだが、たとえ摂動級数の各次数の項が有限でも、級数全体は有限かどうか、はっきりしないのでは、と当時の自分は疑問に思ったのである。

自分は、この疑問を周囲の同級生や教官に話さなかった。後になって、この問題にF. Dysonが挑戦した、ということを本を読んで知った。F. Dysonは、摂動級数全体が収束する気配はなく、かなり絶望的だ、と述べたそうである。(ただし、この分析は、量子電磁力学にのみ行われた、と記憶している。)この問題は、果たして、現時点で解決済みなのであろうか。

荒木不二洋という人は、この「数学と物理学の接点」という本の中で、数学者と物理学者の関係を、数学国と物理学国に住む住民として比較している。(第III部、第1章「物理の中の数学」、第1章「素粒子論市・場の理論町・字公理論」参照)そこで、「さらに物理国の自然から手細工で作られた民芸品は、機械製品にない美しさをそなえている。」と述べている。ここで言う「機械製品」とは、数学の理論を指すようである。自分は、これは物理学者に対してちょっと手厳しすぎるのでは、と感じた。そして、荒木不二洋という人は、数学寄りの人なのかな、と考えたりした。数学者からすれば、素粒子論も相対論も、目の粗い織物のように見えるのかもしれない。

今日は何だか、注意が散漫して、気分を集中できない感じである。

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2009年4月25日 (土)

今日は一日中雨

朝早く起きて、精神科クリニックに出掛ける。外は雨だった。クリニックで、いつも通りのお薬を処方してもらう。その後、目黒区立緑が丘図書館に向かう。息子のために、マンガ「BLEACH」を二冊借りる。それから、さらに、品川区立大崎図書館にも寄る。20090425blog

昼頃、自宅に戻る。

それから、量子暗号のノートをlatex原稿でまとめる作業に取り掛かる。非常に悩んだ末に、ノートは英語で書くことにした。Bさんなら、日本語であろうと英語であろうと、特に問題はない。タイプ作業は、なかなか進まなかった。英語で文章をタイプしていると、だんだん文面が気に入らなくなって、最初の方に戻って書き直しをしたりしてしまう。そんな訳で、一向にはかどらない。

息子は、今日、塾で、午前中は実力テスト、午後は授業というスケジュールであった。昼食のために、一時間ほど家に戻って来て、また出掛けてしまった。

気分転換に、NVIDIA社CUDAのDriver, Toolkit, SDKを、自宅のノートパソコンにインストールする。このノートパソコンには、GeForceは搭載されていないが、いわゆるemulatorとして使えるはずである。これで、連休中に、職場の仕事を、自宅に持ち帰って続けることが可能になったはずである。

今日は、もう少しlatexでノートを書く作業を続けようと思う。

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2009年4月24日 (金)

気分の乗らない日々

最近、何事も気が進まず、しなくてはならないことが先延ばしになる傾向が続いている。

量子暗号の研究は、Eveによるincoherent attackの考察が一段落した。最初の計画では、incoherent attackとcoherent attackの二通りに分けて分析するつもりだったので、予定の半分が済んだことになる。それで、さっそくノートにまとめてBさんに送ろうと思ったのだが、いざノートを書き始めると、筆がなかなか進まず困っている。そもそも、自分はこのノートを、日本語で書くべきか、英語で書くべきかで悩んでいる。どうせ論文にまとめるのだから、英語で書いた方が手間が省けるはずである。しかし、なかなか気分が乗って来ないのである。20090424blog

職場の仕事の方も、最近は何だか中だるみ気味である。自分が担当しているプロジェクトは、十日ほど前から、NVIDIA社のCUDAという言語で、幾何光学ソフトのエンジン部分を並列処理化する、という段階に進んだ。それで、CUDAという言語仕様を勉強して、プログラムコードの書き換えに取り組んでいる。しかし、こちらの作業も、あまり精神を集中出来ずにいる。

どうしてこうなったのか良く分からない。疲れ気味なのかもしれない。

頭と言うか、心の方は、落ち着いた状態を維持している。毎晩、セロクエル、マイスリー、ベゲタミンBを服用して、すぐに眠っている。

明日は、精神科クリニックに行って、その後、図書館を回る予定である。

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2009年4月20日 (月)

職場で先輩に教えてもらう

職場で、本格的にCUDA on GPUを勉強し始める。職場のLinuxマシン上に、すでにCUDAがインストール済みなので、当面は、この環境で作業を進めることにする。NVIDIA社は、CUDAのためのSDK(ソフトウェア開発キット)を無償配布しており、これに添付されているサンプルプログラムを参考にすることにする。20090420blog

手始めに、二つのベクトルのスカラー内積を求めるサンプルプログラムを試してみる。サンプルプログラムのコードの中には、不要と思われる機能も盛り込まれていたので、自分でそれらを取り除く。また、ある程度自分の理解できる範囲内で、コードを書き換えてみる。

職場に、CUDAについて詳しい先輩がいて、その人に、いろいろ教えてもらう。さんざん苦労した末、何とかプログラムを動かすことに成功する。まずは第一歩である。

しかし、CUDAは、通常、mainプログラムをCPU上で動作させ、GPUで高速化する部分をKernel_GPUと呼ばれる関数として呼び出す方式を採用しているのだが、自分は、このKernel_GPUのコード書式が、全く理解できなかった。この部分の設計がCUDAの心臓部であるわけで、これを理解しない限り、仕事は先に進まないだろう。やや、先行き不安である。

仕事帰りの地下鉄車内で、林芙美子著「放浪記」(新潮文庫)を読む。第三部に読み進む。第二部の最後で、林芙美子は知らないうちに、結婚し、実母と義父を東京に呼んで、家を借りて家族仲良く暮らしていることになっている。しかし、それから、事情は良く分からないのだが、両親は家を出てしまい、林芙美子は女中と二人住まい、という描写になる。この辺が目まぐるしくて、注意深く読んでも、暮らしの実際の様子が想像出来ない。

量子暗号の研究は、当初の目標の半分まで達したようである。自分は、Eveによる、incoherentなentanglement attackと、coherentなentanglement attackの、二通りの考察を予定していた。このうちの、incoherentなentanglement attackについて、一定の目処が立ったようである。ただし、計算の詰めは、全部、頭の中で考えただけである。これから、実際に紙に書いて計算をしなくてはならない。これをlatexのノートにまとめたら、Bさんに送ってみるつもりである。しかし、Bさんは自分を相手にしてくれるだろうか。

今日は、ちょっと遅くまで起きて、計算をしてみる予定である。

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2009年4月19日 (日)

少し研究が進む

朝早く起きて、蒲田駅前の専門学校の校舎に向かう。今日は、情報処理推進機構の基本情報技術者試験を受験する日である。三ヶ月間、こつこつ準備してきたのだけれども、ここ一週間は息切れ気味であまり勉強していない。こんな状態で大丈夫だろうかと思いながら、試験会場に向かう。20090419blog

目的地の試験会場に向かうバスと電車の中で、どうした訳か、最近取り組んでいる量子暗号の問題について考えてしまう。これまでノートにまとめてきた数式を暗記してしまっているようで、案外、頭の中だけで話が先に進んでしまう。量子暗号の研究は、数日前から壁にぶち当たっていたのだが、なぜ上手く行かないかの理由が理解される。そんなわけで、意外にも、量子暗号の研究は、この日、大きな進展を見せた。

試験は、かなり難しかった。過去問を三年分くらい練習に解いていたのだが、今回出題された問題は、例年より、かなり難しい気がする。周囲の受験者も、そのようなことを話し合っていた。

帰りに、品川区立大崎図書館、目黒区立洗足図書館に寄る。息子のために借りていた「名探偵コナン」のマンガとシャーロック・ホームズのシリーズを返却する。また、CDを数枚借りる。

自宅に戻ると、すでに「ちびまる子」が始まっていた。

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2009年4月18日 (土)

精神科クリニックに行き損なう

朝起きたら11時過ぎであった。今日の午前中に精神科クリニックを予約していたのだが、結局行けないこととなる。

昨日、夕飯に久しぶりにビールを飲んで、酔いが醒めてから抗精神病薬と睡眠薬を服用して寝たのだが、それがいけなかったのかもしれない。しかし、最近、職場での仕事をドタバタと片付けたり、プロジェクトが新しい段階に進んだり、といろいろあって、何となくビールを飲んでスカッとしたい気分だったのである。20090418blog

明日は、午前中から、情報処理推進機構という団体の主催する基本情報技術者試験を受験することになっている。この資格を取っておくと、ソフトウェアの仕事をする際、何かと役に立つことが多いと聞いて受けてみることにしたのである。受験勉強は、約三ヶ月前から行っている。今日、テキストを読み返して総復習をしようと思ったのだが、あまり気が乗らず、一時間半位で切り上げてしまう。

職場で、ここ一週間程、自分はCUDAというプログラム言語(環境)を勉強している。しかし、なかなか理解できなくて困っている。一難去ってまた一難という感じである。自分が困るなと感じているのは、このCUDAという言語仕様を今覚えても、あと二三年すると、もうこの言語は一般的に使われていない、という状況になるのでは、ということである。CUDAという言語は、アメリカのNVIDIAという企業が発表した、グラフィック用のチップセットで並列計算するための実行環境である。しかし、このNVIDIAという企業が今後も業績を伸ばして、この種の技術のde facto standardを打ち立てられるかどうかについては、自分は幾分懐疑的である。

CUDAは、現時点では、NVIDIA社の提供するグラフィックカード(GeForce)を搭載したコンピュータでないと動作しないことになっている。例えば、NVIDIA社がGeForceの技術を無料公開して、どのメーカーのグラフィックカードでもCUDAが使えるようになれば、この技術は永く生き残れるかもしれない。しかし、NVIDIA社がそこまで体力のある企業かどうかは、ちょっと疑問である。(何だか批評家みたいなことを言っている。)

量子暗号の計算は、何だか変な具合になっている。期待した答えと、全然違う結果が得られてしまったのである。どこかで計算を間違えたか、それとも、元々そういうモデルだったのか。いろいろ考えなくてはいけない。研究ノートをまとめたら、早々にBさんに送ろうと考えていたのだが、一つの話にきちんと仕上がるには、まだ時間がかかりそうである。

ちょっと前に、自分は、oasisの最新アルバム「Dig out your soul」をついに買った。それで、夜寝る前に聴いたりしている。以前のアルバム「Don't believe the truth」は、好きになるまでに相当時間がかかった。(別に、嫌いな曲があったという訳ではないのだが。)今回のアルバムも、ゆっくり聴いた方が良さそうである。

話はさらにoasis絡みになるが、自分は三枚目のアルバム「Be here now」を非常に気に入っているのだが、批評家によると、これは駄作ということになっているようである。また、四枚目のアルバム「Standing on the shoulder of giants」も、イギリスに住んでいた頃、何回も繰り返し聴いて、歌詞も覚えてしまったくらいなのであるが、売れ行きはさほど良くなく、oasisのメンバー自身(Noel Gallagher)も、あまり良い作品とは考えていないようである。このように、自分のロック音楽に関する好みは、世間のそれと幾分ずれている。

明日は早起きしようと思う。

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2009年4月15日 (水)

眠くて仕事にならなかった日

最近、日中眠い毎日が続いたので、一時的に抗精神病薬の量を減らしている。ところが、昨日の夜は、薬が少ないためか、なかなか寝付けず、それで、液体タイプのリスパダールを服用してみた。効果はてき面で、すぐに眠れた。しかし、翌朝、つまり今日の午前中まで、薬の影響が残ってしまい、眠たいような、頭のぼんやりした状態で仕事をすることとなった。20090415blog

そんな訳で、今日午前中は、あまり仕事に集中出来なかった。

幾何光学ソフトの試作エンジンプログラム高速化の仕事は一段落ついた。それで、プロジェクトは次の段階に進むこととなった。次の仕事は、C言語で書かれた試作プログラムを、並列プロセッサ上で動作するように書き換えることである。並列化はCUDAと呼ばれるプログラム言語を、C言語のコードの中に混在させることで実行する手はずとなっている。そんなわけで、自分は新たに、CUDAというコンピュータ言語を至急習得しなくてはならなくなった。

CUDAはNVIDIA社が開発した言語で、グラフィックカード用のチップであるGPUを並列処理に利用するためのものである。自分はこれまで、並列化の経験がない。果たして、自分に出来るだろうか、と考える。

自宅に戻ってから、量子暗号の計算をしてみる。今のところ、研究が上手く行っているのか、そうでないのか、判然としない。でも、とにかく計算を続けてみるつもりである。

今日は早く眠れるといいなと考える。

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2009年4月12日 (日)

今日は留守番

朝早く目が覚める。今日、妻は、朝から用事で外出することになっている。そんな訳で、今日丸一日、自分は、息子と留守番することになっている。20090412blog

妻が出掛けてから、息子が起きて来る。自分は、朝食を用意した。

その後、イギリスの学術雑誌編集部にメールを送る。

今日は、何をしようかな、と考える。因みに、今日の昼ご飯は、カレーの予定である。昨日の夕食の残りである。手がかからないので、こうなったようである。

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2009年4月11日 (土)

今週は忙しかったので

朝遅い時刻に起きる。今日は、イギリスの学術誌編集部に出すメールの下書きを仕上げようと思っていたのだが、何もする気が起こらない。ちょっと、疲れ気味の土曜日である。20090411blog

三日前の水曜日に、職場で、社長から、「今のように、仕事が進まない状態が続けば、プロジェクトの段取りを変更せざるを得ない」、という意味のことを言い渡される。これは、現在自分が担当している幾何光学ソフトのエンジンプログラムの計算実行時間が、いつまで経っても目標値まで短縮されないことを言っているのであった。自分は、「もう少し時間をもらえないか。出来れば、一度、直属の上司とよく話し合ってから、今後の方針を決めたい」、という意味の返事をした。

それから、自分は、「このままではちょっとまずいな」、と考えた。しかし、特に良い考えも浮かばないので、どうしようもないと思い、いつも通りに、試作エンジンプログラムのコードを読み返して、もっと計算実行速度を高速化する方法はないか、と考え始めた。

すると、コード中に、非常に実効時間を消費する関数が、深いループの中に入り込んでいて、必要以上の回数、その関数が呼び出されていることに気が付いた。そこで、自分は思い切ってその関数をループの外に出してみた。すると計算時間が急激に短縮された。良い兆候だなと思い、計算結果を確認すると、出力結果の一部に誤りが生じていた。その段階で水曜日は仕事を切り上げ、自宅に帰った。

自宅に帰ってから、自分はノートパソコンを使って、バグ探しに努めた。深夜の2時くらいにバグ取りの作業は終了し、プログラムは正しい計算結果を出力するようになった。

翌日の木曜日に、自分の試作プログラムの計算実行時間を、正確に測定してみる。職場で販売しているパッケージプログラムの、大体1.2から4.5倍の間の計算実行時間だった。これは許容できる範囲内と思われた。

その日の午後、直属の上司と相談し、試作プログラムの計算時間がかなり改善されたことを報告する。直属の上司は少し驚いたようで、「首の皮一枚でがつながったね」、と言われた。そういうわけで、プロジェクトは従来の予定のまま続行することとなった。もう少し高速化の作業を続けて、それから、複数のCPU(GPU)による並列化作業に移ることとなった。一安心である。

そんなふうに、今週は、いろいろあって、かつ、忙しかったので、今日はかなり疲れ気味である。本当は、今日は、アマチュアのクラシックコンサートに出掛けるつもりでいたのだが、それも止めにした。

そんな訳で、量子暗号の研究も中断された状況である。もう少し自由に使える時間が有れば、と考えたりする。

先日、図書館でシューマンの「子供の情景」という作品集のCDを借りる。それを、仕事をしながら聴いている。この作品集の一曲目の「見知らぬ国から」という曲は、自分が以前から知っている好きな曲の一つであった。「これって、シューマンという人の書いた曲なのか」と、新たな発見に少し感動したりする。そして、「シューマンって、すごいなあ」と、感心したりする。

明日は、もう少し、しゃきっとしようと思う。

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2009年4月 7日 (火)

一進一退の日々

今日も職場で、担当している幾何光学ソフトの試作エンジンプログラムの高速化に取り組む。プログラムの実行時間を、1分25秒から50秒に短縮する。しかし、これでも、目標の計算実行時間の約10倍もかかっている。5月の連休前というタイムリミットに間に合うかどうか微妙だな、と考えるのだが、いくら悩んでも、急に仕事が進む訳ではない。20090407blog

自宅に帰ってから、イギリスの学術誌編集部に出す手紙(メール)を書く。しかし、こちらの方も、なかなか進まない。レフェリーの批判に応えつつ、自分の研究成果の正当性をアピールしなくてはならない。これが、結構、難しい。締め切りの期日も指定されている。とにかく、書き上げなくては、と思う。

昨日、坂口安吾著「堕落論」(新潮文庫)を読み終える。巻末に、柄谷行人の長めの解説が掲載されていて、今はそれを読んでいる。この「堕落論」という本(評論集)の後半は、日本古代史がテーマになっている。自分はその部分を読んでいて、正直、難しくて理解出来ない所が多かった。でも、何とか最後まで読み通した。今度は、坂口安吾著の小説を読んでみようと考える。

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2009年4月 6日 (月)

上手く行ったことと、上手く行かなかったことと

今日も職場で、幾何光学ソフトの試作エンジンプログラムの高速化に取り組む。いろいろ試した結果、一週間前まで問題を解くのに2分30秒かかっていた試作プログラムを、改良に改良を重ねて、計算時間を1分25秒まで短縮する。とにかく、「頑張った」、という感じである。20090406blog

しかし、社ですでに販売しているパッケージソフトと比較すると、まだ計算速度は約17倍強遅いことになる。まだまだ、高速化を推し進めなくては、いつまで経っても売り物にならない状況である。

仕事帰りに自宅近所の遊歩道を歩いているときに、試作プログラムの、さらなる高速化の方法を思い付く。明日、試してみようと考える。上手く行けば良いのだが。

一昨日、イギリスの学術雑誌編集部からメールを受け取る。自分が投稿した論文原稿に関して、査読結果が出揃ったとのことである。結果は、一名のrefereeが掲載に反対、一名のrefereeが掲載に賛成、であった。意見は、真っ二つに割れていた。それで、編集員は、これらの結果を審判員に送って最終決定する段取りに決めた。その際、自分は、refereeのコメントに対する返答を手紙に書いて、審判員に提出出来ることになっている。自分の論文の内容を正当に弁護する機会が与えられたのである。

それで、今日、風呂上りに、refereeのコメントに対する返答を手紙に書こうと思ったのだが、なかなか筆が進まなかった。明日書くことにしようと考える。

refereeのコメントに対する返答は、出来得る限り完成度の高い文章にしなくてはならない。その手紙を読んで、審判員が決定を下すのだから。審判員の心象を良くする内容に書き上げなくてはならない。出来る限り正直に自分の論文の内容の正当性を訴えて、出来得る限りこちらに有利な結論を引き出さなくてはならない。しかし、自分は、こういう文章を書くのが苦手である。

一般的に言って、このような交渉事は、日本人の苦手とするところである。英語で書かなくてはならないことも、障害の一つである。英語だと、微妙なニュアンスを伝えることは、ほぼ不可能である。

でも、とにかく、書かなくてはならないのである。

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2009年4月 5日 (日)

少し量子暗号の計算をする

今は、4月4日(土)の深夜で、日付は4月5日(日)に変っている。今晩、睡眠薬と抗精神病薬を服用する時刻が普段よりも遅かったため、こんな夜遅い時刻でも起きている羽目となってしまった。仕方がないので、量子暗号の計算をノートにまとめる作業を行う。20090405blog

自分とBさんが約十年前に考え付いた量子暗号プロトコルの簡略化したヴァージョンを考える。その簡略化したヴァージョンでも、Eveの盗聴攻撃に対して情報が安全であることを証明しなくてはならない。EveがIntercept/Resend攻撃を行う場合の安全性については、ほぼ計算を完了する。

問題は、Eveが量子コンピュータを持っていて、それを使って攻撃を仕掛けてくる場合である。このようなEveの攻撃は、entanglement attackとでも呼べば良いのだろうか。自分は、今回の自分とBさんとの量子暗号プロトコルについて、Eveによって、incoherentなentanglement attackが仕掛けられた場合と、coherentなentanglement attackが仕掛けられた場合の、二通りに分けて考察するつもりである。恐らく、計算は長く複雑なものになると予想される。

明日の日曜は、仕事を忘れて、量子暗号の方に没頭しようと考えている。

そろそろ睡眠薬が効いてきたので、寝ることにする。

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2009年4月 4日 (土)

午前中、図書館を回る

朝、休日にしては早めの時刻に起きる。朝食を取って、すぐに出掛ける。まず、品川区立大崎図書館に行く。本とCDを返却する。代わりに数枚のCDを借りる。20090404blog

それから、大岡山東京工業大学図書館に行く。そこでも、本を返却する。それから、「Methods in theoretical quantum optics」(S. M. Barnett, P. M. Radmore著、Oxford University Press)の必要な部分を文献複写させてもらう。

東京工業大学の構内は、桜で満開だった。そして、花見客が大勢いて、お弁当を広げたり、写真を撮ったりしていた。自分は、そういえば、去年もこの時期この場所で桜を見たな、と思い出したりした。

その後、目黒区立洗足図書館に行って、CDを借りる。それから、息子のリクエストで、「名探偵コナン」のマンガを三冊借りる。そうして、自宅に帰った。

自宅で昼食にラーメンを食べる。

妻が、「これから、職場でインスタントコーヒーを飲むのを止めて、緑茶にすればどうか」、という意味のことを言う。テレビで、緑茶はがん予防になるらしい、と聞いたそうだ。それで、緑茶に切り替えることにする。

今日も、自宅で仕事の続きをするつもりである。もう少し頑張ったら、プログラムのコーディングの仕事が上手く軌道に乗る気がするのである。でも、ちょっと休んだ方が、かえって能率が上がるかな、とも考えたりする。

最近、自分の精神状態は、比較的安定している。たまに、アカシジアの症状か、ちょっと落ち着きがなくなって、下半身を揺り動かす程度である。しかし、それも、数時間程度で治まるようである。この調子が持続できるといいなと思ったりする。

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2009年4月 3日 (金)

1/4だけ仕事が進む

今日も職場で、現在担当している幾何光学ソフトのための、試作エンジンプログラム高速化に取り組む。とにかく、五月の連休前までに、計算実行時間を1/30くらいにしなくてはならない。「えらいことになったな」、と人事のように驚いたりする。20090403blog_2

プログラムを効率化するための方針が、まるで立たないので、職場の先輩に助言を求める。メモリにアクセスする順序に無駄(ロスタイム)があるのでは、ということになる。そこで、構造体に付随していた配列を、一次元の配列に変更して、pointerで端から順にアクセスするようにプログラムを組み換える。(この構造体自体も、配列になっていた。)また、配列の変数型もfloatだったのを、小さな定数epsilonで割って整数化して、計算が速くなるように工夫する。(float型よりint型の方が、四則演算が早いので。)

こうした結果、試作プログラムの計算時間が1/4だけ短縮される。目標値までには程遠いが、進歩したのは事実である。素直に喜ぶことにする。

帰りの地下鉄車内で、林芙美子著「放浪記」(新潮文庫)と坂口安吾著「堕落論」(新潮文庫)を、交互に読む。坂口安吾は、林芙美子よりやや年下だが、ほぼ同年齢、同時期の作家のようである。実際、二人の文章は、何となく雰囲気が似ている。十ページぐらい読み進んだら、他方に持ち替えて読み、また十ページくらい読み進んだら持ち替える、といったことを繰り返している。

明日は、区立図書館二ヶ所と、大岡山東工大図書館に行く予定である。

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2009年4月 2日 (木)

少し仕事に疲れた日

昨日、自宅ノートパソコン上で試作プログラムのコードに変更を加えて、計算実行時間を7パーセント短縮するのに成功したのだが、変更後のプログラムを、今朝、職場のパソコン上で動かした所、計算時間は短縮されなかった。おかしいなと思い、いろいろ試して分かったのだが、このような違いが出てしまったのは、自宅ノートパソコンのcompilerがVisual C++ 2005で、職場のパソコンのcompilerがVisual C++ 2008だからのようである。20090402blog

つまり、職場のパソコンのVisual C++ 2008の方が、自宅ノートパソコンのVisual C++ 2005よりも、最適化が進んでおり、今回のコーディングの変更点も、Visual C++ 2008では、すでに組み込まれていたようである。(少なくとも自分は、そのように推測した。Visual C++ 2008では、配列変数の値を計算で取り扱う場合、indexでアクセスしても、pointerでアクセスしても、同程度の時間で納まるように、compilerが最適化されていると考えられる。)

これには、さすがに少々めげてしまい、今日はあまり仕事がはかどらなかった。

今日も昼休みに、文京区立小石川図書館に出掛け、CDを数枚返却し、代わりのCDを数枚借りる。

仕事から帰る途中の地下鉄の中でも、この問題について、いろいろ検討したのだが、いいアイデアは思い浮かばなかった。「どうしようか」、と大いに悩む。

今日は図書館で、シベリウスのCDを借りた。最近、やたら職場で、ヘッドフォンで、クラシックのCDを聴いている。気分転換のつもりでそうしているのである。自分は、「これって裏を返せば、自分が相当焦っている証拠ではないか」、と思ったりした。しかし、作業が一区切り付いた頃合を見計らってクラシックの曲を聴くと、気分が落ち着くのも事実である。

今日、息子は学習塾に行っていたそうである。学習塾では宿題も出るようである。自分たち家族が今住んでいる地域は、比較的、教育熱心な家庭が多いようで、息子の小学校のクラスにも、塾に通っている子どもが相当数いるようである。

息子は、学習塾の他に、スイミング教室にも通うことになっている。(現在、学期の端境期にあるので、スイミング教室は一時的に中断されているが、もうしばらくすると再開されるようである。)塾とスイミング教室と、息子は両立できるだろうかと、ちょっと心配になる。

今日は、少し普段よりも遅くまで、プログラムの仕事をしてみようと思っている。

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2009年4月 1日 (水)

少しだけ仕事が進む

今日も職場で、試作ソフトの計算実行時間短縮に取り組むが、はかばかしい進展は得られなかった。気分転換に、昼休みに文京区立小石川図書館に出掛ける。職場から歩いて10分ぐらいの所に図書館があるのである。今日も、ついでに、CDを数枚借りる。20090401blog

仕事から帰る途中、C言語プログラムにおいて、配列の変数を、indexでアクセスするのではなく、pointerを使ってアクセスすると高速化される話を思い出す。これで上手く行くのでは、と考える。

自宅に帰ってから、早速、ノートパソコンで試してみる。しかし、結果はあまり良くなかった。全体の7パーセント程度のスピードアップしか達成されなかったのである。少しがっかりする。

「しかし、7パーセントだって進歩だぞ」、と思い直す。これから、試作プログラム中にもっと工夫出来る場所が見付かるかもしれない。自分に与えられたタイムリミットは、五月の連休前である。それまで、全力を尽くそうと考える。

最近、自分は、就寝前にリスパダール2mg錠を2個服用しているのだが、昨夜は、セロクエル100mg錠を2個に変えてみた。そうすれば、アカシジアの症状が緩和されるのでは、と思ったのである。そのせいか、今日は、じっとしていられないような、落ち着かない感じは無かった。単なる気のせいかもしれないが。ただ、その代わり、やたらと眠くて、あまり仕事に集中出来なかった。リスパダールとセロクエル、どっちが自分に向いているのだろうか、と考えたりする。

話は前に戻るが、今日職場で、バルトークのミクロコスモスというピアノ練習曲集のCDを聴いた。昔、妹がこの練習曲集から何曲かを選んでピアノの練習をしていた記憶がある。それで、小石川図書館で借りて聴いてみたのである。CD2枚組みで全部で153曲ある。技術的に易しい曲から難しい曲へと順番に並んでいるようである。妹の練習していた曲はどれかな、と考えたりした。バルトークは、現代音楽に分類される作曲家のようである。

今日は、もう少しプログラムをいじってから、寝ようと思う。

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2009年3月31日 (火)

何もない一日

今日も仕事は、あまり進まなかった。気分転換に、昼休みに、文京区立小石川図書館に行ってCDを借りる。20090331blog

最近、何だか精神的に追い詰められているような気がする。少し、根を詰め過ぎているのかもしれない。職場で、気分を落ち着かせるために、ラフマニノフのCDを聴いたりする。あまり効果は無かったけれど。

仕事帰りに地下鉄に揺られながら、林芙美子著「放浪記」(新潮文庫)を読む。丁度、関東大震災の直後の辺りを読む。本の中で、林芙美子は何度か男性からセクハラまがいの行為を受けている。ちょっと気の毒な気がする。

本の中で、林芙美子は「島の男」に捨てられてしまう。「島の男」は、東京で大学生をしている間は、林芙美子と起居を共にし、結婚を誓う。しかし、大学を卒業して、郷里の島に帰ると、両親に反対されて、林芙美子との結婚の約束を反故にしてしまうのである。ずいぶん身勝手な男性だなと思い、自分は小説を読んでいて腹が立って来る。しかし、現代においても、自分が知らないだけで、こういうことは多々有るのかも知れない。

自分は過去において、女性に対して身勝手な振る舞いをしたことがあるだろうか、と自問するのだが、よく考えると、自分は、これまでの人生において、女性にもてたことがほとんど無いので、そういう心配は無用であった。

しかし、自分は統合失調症のせいで、妻や息子に迷惑をかけて来ている。ここ五年くらい、迷惑のかけどうしだと思う。こんな自分を、林芙美子だったら、どのように評するだろうか。やはり男性は、女性よりも愚かな存在なのだろうか、と考えたりする。

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2009年3月30日 (月)

仕事で少し挫折感を味わう

今日、職場で昼頃、直属の上司と仕事の進み具合について相談する。自分は現在、幾何光学ソフトのエンジン部分作成の仕事を担当している。しかし、自分が書いた試作プログラムは、計算実行時間の面で問題があり、大幅な改善が求められている。要するに、自分の書いた試作ソフトは計算実行速度が、とても遅いのである。20090330blog

上司は、「5月の連休前までに試作プログラムが満足すべき水準まで改良されなければ、君はプロジェクトからはずされるだろう」、と言っていた。自分は、少々不安な気持ちになった。今の新しい職場に来て、まだ3ヶ月と少ししか経っていないのに、もう早、こんな状態にまで追い込まれたのかと思うと、何だかよく分からないけれど、とにかく脱力感に襲われた。

帰宅してから、このことを妻に話すと、妻は、「出来ないなら、仕方ないのでは」、と、元気付けてるのか、そうでないのか、判然としない言葉を自分にかけてくれた。

自分は、朝夕の通勤途中の電車の中でも、自分の試作プログラムが、何故、期待したほど高速で計算を実行してくれないのかを、一生懸命考えている。しかし、良い解決策が見付からないのである。

どうしたら良いものか。ずいぶん、悩ましい問題である。

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2009年3月27日 (金)

小石川図書館でCDを借りる

仕事の帰りに、文京区立小石川図書館に寄る。グリーグのピアノ協奏曲のCDと、カリンニコフという人の交響曲のCDを借りる。カリンニコフという人は、帝政ロシア時代の作曲家である。20090327blog

来週の月曜日に、直属の上司と、仕事の打ち合わせをすることになる。恐らく、現在自分が担当している幾何光学ソフトのアルゴリズムの修正に関する話し合いになると思われる。

今日、ミュージック・ステーションでOasisが出演する予定である。と言うか、自分は、このブログを書きながら、テレビでミュージック・ステーションを観ている最中である。一体、どの曲を演奏するのであろうか。出来れば二曲くらい演奏して欲しいものである。

Oasisの演奏を聴いたら、今日も、量子暗号のノートをまとめる予定である。

明日は、久しぶりに精神科クリニックに出掛ける予定である。

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2009年3月26日 (木)

全く仕事が進まなかった日

朝、自宅を出てバスに乗っていると、車窓から雪がちらちら降っているのが見えた。少し、うれしい気持ちになった。それから、量子情報理論の研究に関して、新しいアイデアを思い付いた気がした。それで、メモ帳にそのアイデアを書き付けたりした。20090326blog_2

息子は今日から冬休みである。心なしか、地下鉄駅構内も、車内も、学生が見当たらず、空いている様な気がした。

今日も職場で、担当している幾何光学ソフト試作プログラムの高速化に取り組む。しかし、今日は全く仕事がはかどらず、試作プログラムの計算時間は全然短縮出来なかった。少し疲れ気味である。

帰りに、朝思い付いた量子情報理論の研究に関するアイデアを、じっくり考え直してみる。すると、そのアイデアは誤りであることに気付く。少々、気落ちする。

自宅近所の通り道で、桜が咲いていることに気付く。もう少し、心に余裕があれば良いのに、と考えたりする。

自宅で夕食後、量子暗号のノートをまとめる。3, 4ページ進んだ。今日は進んだ方な気がした。

事情があって、最近、セロクエルでなく、リスパダールを毎晩服用している。自分は、リスパダールを服用しているときは、何かじっとしていられないような、落ち着かない気分に悩まされるときが、多々ある。実際、ひざや上半身を小刻みに揺らしてしまうことがある。ソファに座っている時等、妻は、「ちょっと、落ち着いてくれない」と、自分に注意する。息子は、「お父さん、貧乏ゆすりみたいだよ」と言う。

こういった症状が、単なる気のせいなのか、それとも、リスパダールの副作用なのか、正直、自分には良く分からない。来週から、セロクエルに戻そうかな、と悩んだりしている。

今週の仕事も、残りあと一日である。頑張ろうと思う。

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2009年3月25日 (水)

今日も少しだけ仕事が前進する

今日も、職場で担当している、幾何光学エンジンソフトの試作プログラムの高速化に取り組む。今日も、わずかだが試作プログラムの実行時間を短縮することが出来た。「でも、この調子で続けて、一体いつ頃、今の仕事が完成するのだろうか」と、ふと考えたりする。20090325blog

今日は雨であった。また、少し肌寒い一日であった。仕事帰りに、自宅近所の通り道で、梅の花びらが散っているのを見かけた。

量子情報理論の研究は、あまり進んでいない。しかし、あまり深刻に考えないことにする。今週末に、まとめて勉強しようと考えている。

話は元に戻るが、最近、仕事のせいでC言語プログラムの高速化のことばかり考えている。自分はVisual C++をcompilerとして使っているのだが、このVisual C++は、最適化が比較的押し進められているようである。そのため、逆に、ちょっとやそっとの小細工では、プログラムは高速化してくれない感じがする。

これまで、自宅で量子情報理論を研究するためのプログラミングでは、さほど計算速度を意識してこなかった。

プログラムの高速化は、それなりに奥の深い話のような気がする。ただ、高速化のためのプログラミング技法は、個別のノウハウの集積という感じで、一つのまとまった理論としては成立し難い気がした。けれど、いろいろ興味を持って勉強してみようかなと思った。

さらに話題は飛ぶが、最近は、精神状態が比較的安定していて、妄想に悩まされずに済んでいる。良い傾向である。この状態を維持したいものである。

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2009年3月24日 (火)

C言語プログラムのテキストを借りる

今日はWBCの決勝戦ということで、自宅から妻に携帯メールで試合経過を教えてもらいながら、職場で仕事をする。日本が優勝して良かった。でも、今回の大会では、日本の試合の半分以上の対戦国が韓国だったような気がする。韓国の人も、これにはちょっと納得しかねるのではなかろうか。20090324blog

今日も、担当しているプログラムの高速化の仕事をする。今日は、非常にわずかしか高速化が達成出来なかった。いろいろ、コーディングに工夫を凝らしたのだが、ほとんどが無駄な努力に終わった。明日、頑張ろうと思う。

仕事帰りに、品川区立大崎図書館に寄る。そこで、「C言語入門書の次に読む本」という本を借りる。何か、仕事の参考になることが書いてあるのでは、と思ったのである。この本は、C言語が中級程度に出来る読者を想定した本のようである。本の冒頭に分割コンパイルの話題が書かれてあって、結構、役に立ちそうである。

さらに、ついでに、ハリー・ポッターの本も借りる。息子と交代で読めればと思って借りたのである。

さらにどうでも良いことだが、最近、息子は、「シャーロック・ホームズ」の本を読むことにはまっている。それで、図書館から、その関係の本を借りて読んでいる。そして、自分も、子供向けに書き直された、その「シャーロック・ホームズ」シリーズの本を息子から借りて読んだりしている。子ども向きに書き直されているとはいえ、さすがに名作だけあって、大人が読んでも、非常に面白い。また、文章から、古き良きロンドンが想像出来て、読み物としては優れものだと感じている。

今日は早く寝ようと思う。

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2009年3月23日 (月)

仕事が少し楽になる

職場で担当している幾何光学エンジンプログラムの作成の仕事で、自分の組んだ試作プログラムは、なかなか計算精度が上がらない状態にある。そのことで直属の上司に相談した所、「今の段階では、その程度の計算精度で構わない」、ということになった。そのため、もうこれ以上、計算精度の問題については深入りしなくて良いこととなる。ちょっと、一安心する。20090323blog

それで、今はとりあえず、計算速度を上げる問題についてのみ、集中すれば良いこととなる。ずいぶん、気分的に楽になる。今日、職場で頑張って、何とか2.5倍程度の速度アップを果たす。明日も、2倍程度速くすることを目指すつもりである。

息子の春休みの映画は、最初、「20世紀少年」の予定だったのだが、いろいろ事情があって、結局、「名探偵コナン」に落ち着く。息子は、妻とゴールデンウィークに、この映画を観に行く予定である。

今日から毎日、少しずつ時間を決めて、量子暗号の研究ノートを作ることにする。論文を書くときの草稿になればと思って、やってみることにする。いつまで続けられるか分からないが、とにかくやってみることにする。

最近、林芙美子著「放浪記」を読んでない。

今週金曜の「ミュージック・ステーション」に、Oasisが生出演するそうである。どんな曲を演奏するか楽しみである。Noelも、もう四十歳を過ぎたはずである。でも、まだ第一線で頑張っている訳で、立派なものである。

自分は、イギリスでpost doctorをしていた頃、「Who feels love?」という曲を何回も繰り返し聴いていた記憶がある。また、「Little James」という曲も熱心に聴いていた。イギリスでは、冬になると「Wonderwall」が巷で流れる。すっかり一般聴衆に定着している感があった。また、「Don't look back in anger」も、BGM的に普通に街中で聴かれた。

ちょっと、イギリスのことを思い出した、今日この頃である。

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2009年3月22日 (日)

中華街に行く

昨日は昼前に自宅アパートを出て、家族三人で中華街に向かう。アパートの近所で、梅や木蓮が咲いているのを見付ける。20090322blog

自宅を出るとき、ちょっと用事があって、息子と自分が先に家を出て駅に向かい、妻が五分ぐらいしてから後を追うこととなった。ところが、息子は、自宅近所では、コートのフードをかぶり、自分から10メートルくらい離れて歩くのである。自分は、息子に、どうしてそんなふうに離れて歩くのだ、と尋ねると、「家の近くでは、お父さんと歩きたくない。クラスの誰かが見ているかもしれないから」、と答えた。自分は、「俺って、そんなに格好悪いおっさんかな?」、と思った。(ちなみに、息子は、妻と歩くときも、やはり離れて歩きたがる傾向があるらしい。)

そんなことはあったが、とにかく我々家族三人は昼過ぎに中華街に到着する。まず、豚まんを食べ歩きする。それから、中華街を離れて、山下公園に出て、シーバス(200人くらい乗船できるボート)に乗って赤レンガ倉庫へ行く。

赤レンガ倉庫で、食器やテーブルクロスを買う。グラタン用の底の深い皿を買う。それから、歩いて中華街に戻る。

中華街に戻って、いよいよ夕御飯を食べることにする。いつも行っている六福楼に向かうのだが、何と六福楼は店仕舞をしていて、その場所には、たい焼き屋が営業をしていた。六福楼は、一年半ほど前に店をたたんだそうである。

自分は、少しびっくりしたが、よく考えてみると、店を切り盛りしていた六福楼の親父さんは結構年だったので、店をたたんでもおかしくはないと考え直した。自分たち夫婦は十年近く六福楼に通っていたわけだが、自分たちが京都に引っ越していた間に、六福楼はその歴史を閉じたのである。そんなわけで、別の店を探すことになる。

結局、白楽天という店に入って、一人約2500円のセットメニューを注文することになる。この店に決めた理由は、セットメニューに北京ダックが入っていたからである。息子は、何故か、今回の中華街行きで、「北京ダックを食べなくては」、と思い込んでいて、これがどうしても食べたいとのことであった。(息子は、テレビで、北京ダックが非常に美味しい料理である、ということを知ったらしい。)

白楽天の料理は美味しかった。息子は、北京ダックが食べれて大満足のようであった。自分は、牛の胃袋でハチノスという部分を使った野菜炒めの料理が美味しかった。

その後、我々家族三人は、何故か、紳士服のコナカに寄って、靴を買って家路に就いた。実は、自分の足のサイズは28.5で、普通の靴屋では手に入りにくく、そのため、街中に出たついでに、買ったのである。コナカでは、サイズ28以上の靴を半額でセールしていたのであった。

そんなわけで、昨日は楽しい一日だった。

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2009年3月20日 (金)

少し仕事をする

朝遅い時刻に起きて、朝食兼昼食を取る。それから、少し仕事をする。 自分が今仕事で書いているC言語プログラムが、Visual C++において、最適化オプションなしでcompileしても、/Oxオプションでcompileしても、同じ計算結果を与えることを確認する。これは、良い兆候である。20090320blog_2

量子情報理論の研究で、昔読んだ記憶がある、GisinとCiracの書いた論文のノートを探すが、部屋のどこにも見当たらなかった。確か、四年ほど前に読んだはずである。この論文は、量子暗号に対するcoherent attackについての知識が、比較的、手際良くまとめられているのである。仕方がないので、もう一度、思い出しながら丁寧に読み返すことにする。

ここ数年、量子情報に関する個人的なメモや覚書を、しばしば紛失している。どこにしまったか記憶していないので、他の書類に紛れて捨ててしまっているのかもしれない。物忘れが激しいのは、年齢的なものだろうか。

息子に言わせると、「お父さんは、中年のおじさん」、だそうである。

イギリスの学術誌出版社に送った論文原稿の返事が、三ヶ月近く経ったのに届かない状態にある。どうなってるんだろうと、少し心配になる。

最近、「ヤッターマン」というアニメ番組がテレビで放映されていることを知った。このアニメは、自分が子供の頃流行っていたもので、今放映されているのは、そのリメイクのようである。息子は、このアニメ番組を毎週観ている模様である。

さらにどうでも良いことだが、我が家では、「ちびまるこ」、「サザエさん」、「あたしんち」、という三つのアニメ番組を、ほぼ毎週欠かさず観ている。(「あたしんち」は、土曜のお昼頃放映しているアニメ番組である。)特に、「ちびまるこ」と「サザエさん」を観ると、自分は、「明日から仕事だな」と思ってしまう。

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2009年3月19日 (木)

量子暗号の勉強を再開する

職場で任されているプログラムを書く仕事が、少しだけ前進する。これまで、幾何光学の問題を解くエンジンプログラムを書く仕事をしていたのだが、今日の時点で出来上がったプログラムは、前回、仕上げた試作プログラムより、若干、高い精度の計算結果を出力してくれた。ほんの少しの改善な訳だが、何も成果が上がらないよりは、ずっとましな訳で、ちょっと気分的に、ほっとする。20090319blog

仕事帰りの電車の中で、量子暗号の勉強を始める。約八年ぶりに、この仕事を再開させることとなったのだが、とにかく、いろんなことを思い出すために、以前、自分が書いた論文等を読み返すことにする。あの頃の自分は、こんなことを考えていたのか、と驚いたりする。

でも、昔の自分の論文を読んでいると、行間から若さと未熟さが読み取れて、ちょっと気恥ずかしい感じがする。

話は、再び、職場での事柄に戻るが、最近、仕事をしていて集中できなくなったときは、クラシックの音楽のCDを聴くことにしている。職場では、たまに息抜きとしてポータブルCDプレーヤー等で音楽を聴くことが許されているのである。音楽ばかり聴いていて、仕事がおろそかになってしまったら具合が悪いのだが、気分転換には、結構なっている。

それで、自分は、ラフマニノフというロシアの作曲家の人のピアノ協奏曲を好んで聴いている。ラフマニノフという作曲家の人のことは、図書館のCDの棚に並んであるのを偶然見かけて知った。と言うか、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番と、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は、カップリングで1枚のCDに収められることが多いのである。どちらもロシアの作曲家で、曲の構成がやや劇的である。(悪く言うと、センチメンタル過ぎ、ということになるのかもしれない。)

さらに、どうでも良いことだが、明後日は、家族三人で中華街に出掛ける予定である。中華街に行くのは、本当に久しぶりである。

自分たち家族は、昔から、中華街に行ったら、六福楼というお店に入ることに決めている。ここでは、1500円でセットメニューが注文できるのである。1500円でも、すごくボリュームがあって美味しい。息子は、たいてい、ジャージャー麺を注文する。六福楼は、本来は、台湾料理のお店のようである。

とにかく、今から楽しみである。

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2009年3月18日 (水)

セントリーノ、セントリーノ、セントリーノ

ここ十日程、風邪をこじらせたり、不眠症がひどくなったりで、結構大変だった。久しぶりに気分が落ち着いたので、ここにブログを書くことにする。

現在、自分が職場で担当している、幾何光学プログラムエンジンの開発の仕事が停滞してしまったため、思い切ってアルゴリズムを大きく変更して、一部のソースコードを書き直すことにする。その仕事で、今週は手一杯の状態である。20090318blog

C言語プログラムを書く仕事に就いて、最近、気付いたのだが、自分が犯すプログラムエラーは、ほとんどの場合、メモリ違反である。そして、C言語のコンパイラーは、本質的に、このメモリ違反を見逃し易いように出来ているように感じられる。Fortranの場合、このメモリ違反による実行エラーが発生する可能性は、きわめて低いのでは、と考えられる。(これは、あくまで、自分の個人的な感想だが。)

息子の学校では、「セントリーノ、セントリーノ、セントリーノ、僕は自由に生きるーの、インテル」、と歌いながら踊るのが、今、流行っているようである。たしかに、このメロディーは、頭に残るな、と感じられる。

林芙美子著「放浪記」(新潮文庫)は、やっと第一部を読み終わったところである。同時に、坂口安吾著「堕落論」(新潮文庫)も読み進めている。しかし、二つの小説を並行して読んでも、頭の中がこんがらがることは、今のところない。

量子情報理論の研究は、このところ、完全にストップした状態である。最初は、Bixon-Jortner modelを調べていたわけだが、そこから、話を発展させようにも、筋道が見えなくなってしまって、どうしようもなくなってしまったのである。でも、そのうち、良いアイデアが浮かぶかも、と楽観的に考えることにする。

今は、夜の11時近くである。眠れずにいるので、本日、ブログを、再度書き込むことにする。突然、以前、Bさんと書いた量子暗号の論文の、続編を書くことを思い立つ。それで、急いで関係する資料をプリントアウトする。Bさんと書いたこの論文は、今から8年前に出版された。しかし、自分がこの論文の中心的な内容を頭の中で考えていたのは、さらに遡って、今から約十年前のことになるのではないか。

Bさんと自分が考えた暗号は、その後、他のとある研究グループによって、一時的にではあるが、細々と研究されたようである。しかし、思い切って、再び自分たちの手で、再度検討