書籍・雑誌

2008年9月29日 (月)

ルンゲ-クッタ法を復習する

今日は代休により、仕事を休む。しかし、外は雨であり、自宅アパートに一日中いることにする。妻は用事があると言って外に出掛ける。20080929blog

退屈なので、高橋大輔著「理工系の基礎数学8、数値計算」(岩波書店)を、ぱらぱらとページをめくって拾い読みする。この本は、理工系の大学三年生を対象としたテキストである。だから基礎的なことを中心に書かれている。

一階常微分方程式の差分解法の説明で、オイラー(Euler)法、ホイン(Heun)法、ルンゲ-クッタ(Runge-Kutta)法が紹介されている。オイラー法は1次差分、ホイン法は2次差分、ルンゲ-クッタ法は4次差分の数値解法であると書かれてある。これらの計算法に必要な計算ステップ数の比は、ほぼ1:2:4であるそうである。このことは、自分にとって初めて知る(もしくは、気付く、意識する)知識であった。

職場で仕事上、微分方程式を解く数値計算を実行する際、プログラムが複雑になるのを避けるため、2次の差分で止めてしまうことが、しばしばある。それで、計算精度を上げるために、計算格子間隔を小さくすることがある。

しかし、(2次に比べて)4次の差分法でも、さほど計算ステップ数が増加しないのであれば、多少面倒でも、4次差分に基づくプログラムを書いて、計算格子間隔を極端に小さくせずに計算した方が、(計算ステップ数の点で)有利ということになる。その方が、計算結果のデータ量も少なくて済むはずである。(計算格子間隔が大きめでも良いので、データ量は少なくて済むはずである。)

こういうことは、数値計算の専門家であれば常識なのだろうが、自分は、これまであまり意識せずにいた。

夕方、息子の国語の宿題と算数ドリルの手伝いをする。息子は、今、算数で小数の加減法を勉強している。分数は、まだ習っていない、とのことであった。

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2008年9月21日 (日)

ランバダとは何か?

昨日は、Jaynes-Cummings modelにcavity lossを加味した場合のmaster equationを導出した。そこで、今日は、Jaynes-Cummings modelにおいて、cavity内の黒体輻射による光子が二準位原子とcoupleする場合のmaster equationの導出を試みる。昨日の計算とほぼ同じ要領で済みそうである。20080921blog

しかし、次の点が気になった。自分が、昨日、今日と導出を試みたmaster equationは相互作用表示と呼ばれる形式を採用している。実は、自分がここ一年程の間に書いたJaynes-Cummings modelに関する二編の論文でも、相互作用表示で計算している。(これが、この種の問題を取り扱う際の常道となっている。)しかし、自分が普段使っている相互作用表示と、今回導出したmaster equationの相互作用表示は、微妙に異なるのである。これは、今回のmaster equationの導出を、D. F. ウォールス、G. J. ミルバーン著「量子光学」(シュプリンガー)のテキストに従って行ったため、こうなったのである。別に間違いをしている訳ではないのだが、さらに一工夫必要かもしれない。

昨日、洗足図書館で借りた柴門ふみ著「サイモン・セッズ、おしゃべりな目玉焼2」(新潮文庫)を読み終える。これは、エッセイ集である。柴門ふみという人は、昔流行ったテレビドラマ「東京ラブストーリー」の原作者だそうである。このエッセイ集は、平成元年前後に書かれたもののということで、文章の中に当時の出来事等がいろいろ出て来る。その頃の日本は、多分、バブル時代と呼ばれる時期に相当するのだろう。そのため、今の時代感覚からすると豪華で贅沢だなと思われる内容がいくつか書かれている。

その中に、東京湾に浮かぶ豪華客船上で出版社によるパーティーが催されるという件がある。そして、その会場で、ブラジル人ダンサーによるランバダがあった、と書かれてある。自分は、「ランバダ」って何だっけ、と考え込んだ。確かに、昔聞いたことのある単語である。しかし、それがどういうことを意味するのか、全く思い出せなかった。「ランバダ」とは、タンゴとかフラメンコとかの一種なのだろうかと考えた。しかし、結局思い出せなかった。

自分が大学院を出て就職した時期が、丁度、日本のバブル経済崩壊後の一年目か二年目であった。実際、自分は就職活動でかなり苦労した。でも、それも遠い過去のような気がする。

どうでもいいことだが、自分に影響されて、息子もパソコンのワープロソフトで日記を書き始めた。

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2008年9月20日 (土)

柴門ふみと星新一の本を借りる

朝9時30分に精神科のクリニックに行く。今日で二度目の診察である。「最近は忙しいかね?」等のことを尋ねられる。前回と同じ薬を処方してもらう。20080920blog

それから、目黒区立洗足図書館に行ってみる。この図書館は、職場に向かう途中の駅のそばにあり、通勤定期券で行ける範囲にあるので、以前から一度訪ねてみたいと考えていたのである。洗足図書館は、住宅地の中にある小さな図書館であった。

せっかく来たのだからと思い、本を借りることにする。柴門ふみと星新一の文庫本を借りる。あまり難しくなく気楽に読める本ということで、これらを選んだ。星新一の本は、中学生の頃、熱心に読んだ記憶がある。いわゆる、SFショート・ショートと呼ばれる短編を集めた本である。今の中学生や高校生は星新一なんかを読むのだろうかと考える。

それから、職場に顔を出す。自動車部品メーカーに近日提出予定の報告書の原稿のチェックを行う。報告書原稿自体は同僚が執筆したもので、自分はただ内容を確認し、必要であれば記述を補充する役目である。また、いくつかの流体シミュレーション・プログラムを自分のパソコン上で走らせる。これらの数値シミュレーションは、出来れば数ヶ月先位に、今、研究を依頼されている自動車部品メーカーの研究員の人にプレゼンテーションしようと考えているものである。しかし、結果ははかばかしくなく、結局プレゼンテーションせずに終わるかも、と考える。

これらの仕事を終えてから、Jaynes-Cummings modelにcavity lossを加えた場合のmaster equation導出の計算の続きをやってみる。熱浴は熱平衡状態にある無限個の調和振動子を仮定し、これらをcavity内のphotonと結合させている。計算は意外にも上手く行って、一般に良く知られている形のmaster equationを導出できた。しかし、このような計算は量子光学の専門家であれば誰もがやったことのある種類のものである。

調べた所、この種のmaster equationは、R. R. Puri, G. S. Agarwalといった人たちが1986年頃に随分盛んに研究したようである。そんな訳で、今さら自分が新たに研究する余地が残っているだろうかと心配になる。

今日、巨人が阪神に勝利して、ゲーム差はついに1となる。以前は13ゲーム差あったはずである。どうなっているのか、阪神タイガース!自分は、勝負事のはかなさ、世の無常さを感じた。

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2008年9月18日 (木)

皇帝の新しい心!

職場で午後、自動車部品メーカーから依頼されている研究に関するミーティングを行う。今月の26日までに、今年になってから行われた研究(シミュレーション)内容をまとめた報告書を先方に提出することになっている。その報告書を、どんな具合に書くかの話し合いが行われた。20080918blog

同僚の一人が一旦大まかな原稿を執筆し、その原稿に対して、自分とパナマ人研究者Aさんが必要な加筆修正を行い、それをさらに同僚がまとめて仕上げる、という段取りになる。打ち合わせの途中で、自分が書いてみては、と言う意見も出されたのだが、自分は拒否した。というのも、今回のこの報告書に盛り込まれる数値流体シミュレーションの結果のほとんどは、同僚が実行したものであり、自分は実際のコンピュータ上での作業を全く行っていないからである。書ける訳がないと思ったのだ。

自分は、この自動車部品メーカーから依頼されている研究について、非常に危機感を抱いている。自分は、このままだと、依頼されている研究テーマが、先方のメーカー側から一方的に打ち切られるのでは、と危惧している。他の同僚は、どのように考えているのだろうか。以前、妻にそのことを話したら、「あなたは、自分の頭(精神状態)の調子だけを心配しなさい」、という意味のことを言われた。もっともな助言である。

仕事帰りのバスの中で、ロジャー・ペンローズ著「皇帝の新しい心」(みすず書房)を読む。今、「ゲーデルの不完全性定理」の説明の辺りを読んでいる。学生時代、友人のIと話していたら、この「ゲーデルの不完全性定理」の話になり、自分はそれについて「何も知らない、初めて聞く話である」、と言ったら、非常に呆れられた経験がある。そのときは、ただ単に、ゲーデルって何だか偉い人らしい、と思っただけである。

この「皇帝の新しい心」という本は、読んでみると随分面白い本である。以前、読もうとしたとき、どうして途中で挫折したのか分からない。ただ、この本は、確かに一見すると読み易くは書かれているが、取り扱っている話題自体は高度に数学的なこともあり、読んでいる自分が本当はどこまで理解しているのか良く分からない部分がある。でも、こんなに難しいことを、こんなに面白く書くということは、ロジャー・ペンローズという人は、やはり並の数学者ではないと思った。(もちろん、ロジャー・ペンローズという人は、誰もが認める世に名を残すべき数学者なのだが。)

そういうことを考えながら、自宅アパートに帰った。

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2008年8月23日 (土)

仕事が一段落する

昨晩早めに寝たせいか、気持ちよく目が覚める。最近、朝夕の通勤バス、電車内で、ロバート・L・パーク著「わたしたちはなぜ科学にだまされるのか-インチキ!ブードゥー・サイエンス」(主婦の友社)という本を読んでいる。大岡山東京工業大学図書館で借りた本である。この本は、科学を装ったインチキ商売等を批判した本である。著者はアメリカで良く名の知られた物理学者だそうである。20080822blog

日本でも、霊視等の超能力やUFO、宇宙人の目撃談を批判する物理学者が何人かいる。自分は、あまりそういうことには関心のない人間のつもりである。(正直、オカルトを世間に吹聴する人にあまり好感を持っていないのだが、それと同時に、オカルトを必要以上に執拗に攻撃する科学研究者にも、時々、違和感を感じることがある。)けれど、どうしたわけかこの本を借りてしまった。読んでみると、とても面白かった。

本の最初の方に、常温核融合騒ぎのあらまし、顛末が書かれてあった。自分も一応、物理学の世界に身を置いている(つもりの)人間なのだが、こういう、物理学上の奇抜な発見の騒ぎは、何年かおきに起こっている感じがする。自分の記憶しているものだけで、第五の力、常温核融合、回転するこまにかかる重力が右回りと左回りで異なるという話、などなどである。専門家でもだまされることがある訳で、まして、物理学の専門教育を受けていない一般の人だったら、簡単に信じてしまっても仕方のないことだと思う。

(ただし、「第五の力」は当時、非常に真剣に議論され、それらの結果が学術誌に正式に掲載された記憶がある。また、「回転するこまにかかる重力の左右の対称性が破れる」という実験結果は、Physical Review Lettersに論文として掲載されている。従って、これら二つの話題を、いわゆるインチキ科学に分類するのは行き過ぎかもしれない。単に、導き出された結果が誤りだっただけ、と言えるかもしれない。しかし、常温核融合にまつわるいくつもの出来事は、やはり、正統的な科学の手法に則っておらず、出鱈目で、悪意さえ感じられると言わざるを得ないと思う。)

ただ、この本を読んで驚いたのは、日本におけるオカルト、インチキ科学と、アメリカのそれとでは、傾向がかなり違うということである。アメリカでは、ホメオパシー(homeopathy)という科学的とは言えない治療法が多くの人に信じられて問題になっているらしい。自分は、この話を読んでも、あまりピンと来なかった。(この文章を読んでおられる方の中で、ホメオパシーを信じていらっしゃる方がいたら、ごめんなさい。しかし、アメリカで、このホメオパシーに関する問題を憂慮している真面目な研究者がいることは、事実のようです。)また、アメリカでは、UFOを見たという類の話が非常に好まれるようで、宇宙人に誘拐されたと主張する人も多くいて、そういった人々の心理的な治療(カウンセリング)を専門にしている大学の心理学の先生もいるようである。

自分は、理論物理の研究をしているのにもかかわらず、宗教的なことをわりと信じる傾向がある。というよりも、仏様や神様に関することは、形式的であっても大切にするべきと考える方である。結構、縁起を担いだり、神社等の発行している暦に従ったりする。これは、妻の影響もある。

ところで、よく、テレビ番組などで、「あなたの前世は、中世のフランスの貴族です」、とか言う霊能者がいる。それで、常々自分は疑問に思っているのだが、地球の総人口は2008年の時点で約66億人と言われている。しかし、いわゆる中世の時代である西暦1300年代は、地球の総人口は4億人前後だったそうである。すると、中世の時代に生きた人が、全員、死後、生まれ変わりとして現代に蘇っても、人数が全然足りないという事態が生じてしまう。これは、矛盾とは言えないのだろうか。

この推論に従うと、今の時代を生きている人の中で、前世が人間である人は、全体の約6パーセント程度となってしまう。すると、残りの人たちの前世は何であると説明するのだろうか。一番ありふれた説明は、その人たちの前世は人間以外の動物ということに落ち着くだろう。自分は、前世が犬であると言われても、あまり気にならないと思う。奇抜な説明としては、あなたの前世は地球外の生命体です、ということになるかもしれない。

自分は、宗教的な考えから、人の生と死に関して、生まれ変わりの考えを持つことを否定する気はない。自分の母方の祖母は、約一年間、植物人間に近い状態で病院のベッドの上を過ごし、それから息を引き取った。それから、少しの間をおいて自分の息子が生まれた。妻はしばらく経ってから、「祖母が亡くなったから、息子が生まれたのだ」、というような意味のことを自分に言った。その言葉の真意を自分は上手く理解できなかったのだが、要するに、命というものは、消えてはまた現れるものだ、ということを言いたかったようである。妻や妻の親類は、時々、このように、信心深い心の有様を伺わせるような言葉を言う。(自分の目から見て、妻の親類の多くは、神事、仏事を非常に大切にしているように見受けられる。)一方、自分には、そういう心の持ち方が、やや欠けているところがある。

今日は、そういうことを考えながら仕事をした。ガスの安全使用を促進する団体から依頼されていた、ある特定のガスの大気中での移動・拡散に関する報告書を何とか書き上げることができた。あと一回、原稿を見直して、それから提出するところまでこぎつけられた。本当は、もっと簡単に出来るのではと考えていたのだが、実際には、かなりの時間と労力をかけてしまった。でも、何とか形に仕上がったのだから、よしとしようと思った。

昼休みに、昨日、学会誌に投稿した論文を、プレプリントサーバー(arXiv.org)に登録する。誰か、読んでくれるといいのだが、と考える。

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2008年8月 1日 (金)

Harry Potter再び

朝起きてパンとヨーグルトとグレープフルーツジュースの朝食を取る。それから仕事に出かける。

家族三人で横浜市内でアパート暮らしを始めて約二週間が過ぎた。通勤電車にも慣れつつある。20080801blog 9時頃、職場に到着する。

Roger Peyret, Thomas D. Taylor著「Computational methods for fluid flow」(Springer-Verlag)という本を読む。移流方程式を差分法を使って数値計算で解く方法に関して説明している章を読む。時間座標tに関する一階微分の項と、空間座標xに関する一階微分の項を、同時に含む微分方程式は、差分法では解きにくいようである。この事実は、自分にとって、非常に意外であった。数値計算によって得られる解の安定性に関する議論で手こずる。

この本は、大岡山の東京工業大学図書館から借りた本である。ガスの安全性を促進する団体から依頼された仕事の関係で、この本を読んでいる。この団体からは、この他に、プルーム式と呼ばれる公式を使って、特定のガス成分の大気中での拡散を調べる仕事も頼まれている。自分は、今回の仕事で初めてプルーム式と呼ばれる公式があることを知った。これは、環境問題の研究でしばしば使われる公式だそうである。これらの仕事を、今月中にまとめて報告書を書かなくてはならない。結構慌しいなと感じる。

休憩時間に、気分転換に、P. A. M. ディラック著「一般相対性理論」(ちくま学芸文庫)を読む。調和座標に関する章を読む。もうしばらくしたら、読み終えることが出来そうである。

夕方6時過ぎに職場を出る。

最近、通勤時間を利用して、J. K. Rowling著「Harry Potter and the Philosopher's Stone」をペーパーバックで読んでいる。自分の持っているのはUK版である。US版はタイトルも文章も微妙に異なるそうである。(原作はイギリス英語で書いてあるが、これをアメリカ英語に直しているらしい。)英語の練習にと思って読み始めたのである。実は、この本は約7年前に、一度、全部通しで、読んでいる。でも、かなり英単語を忘れていて、結構、読むのに苦労している。

Harryは、階段の下のスペースを利用して作られている小さな物置部屋に寝泊りしている。それで、以前、イギリスで暮らしていた頃のことを思い出した。自分達家族が借りていた家にも、そのような階段下の物置部屋、と言うか、スペースがあった。こういうのは、イギリスの家屋では一般的のようである。

妻はよく、「あなたは、イギリスにいた頃から、様子がおかしくなりだした」、と言う。それ以前は、至って正常で、とても幸せそうだったと言う。統合失調症の症状が出始めたのは、イギリスでだと言う。自分は、妻が言うのだから、確かにそうかもしれないと思う。(その一方、自分は、もっと以前から、精神障害のようなものを抱えていた、という感覚もある。)海外での仕事が、自分には負担だったのかなと考える。

明日は、息子と「崖の上のポニョ」を観に行く予定である。

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2008年7月 9日 (水)

よく分からないこと

朝起きて、チーズ、ヨーグルト、カロリーメイト、ハーブティーの朝食を取る。それから職場に出かける。20080709blog

ガスの安全性に関する活動を行っている団体から依頼された仕事をする。来週の月曜日までに報告書を提出する約束になっている。必要な計算は大方出来上がっているので、とりあえずWordで報告書を書き始める。間に合うだろうかと少し心配になる。

仕事中、ある同僚から、「分からないことがあるから教えてくれないか」、と話しかけられる。偏微分方程式の解法について説明してくれないか、とのことだった。同僚は、偏微分方程式について書かれてある数学の教科書のあるページを示して、この辺りを説明して欲しいのだが、と言う。自分は、そのページを見ても、あまり良く理解できなかった。それで、「少し時間をもらえれば答えられるかもしれないから、しばらくこの本を貸してくれませんか」、と言った。しかし、同僚は、出来れば今この場で教えてもらいたい、と言った。自分は困ってしまった。

それで、自分はその教科書の、質問された問題と関係があると思われる箇所を何度も読み返した。自分は、この職場で、流体力学の方程式を数値的に解くことを仕事として行っている。同僚から質問された問題は、仕事上、当然知っておくべき事柄のように思われた。三十分ぐらい考えて、ようやくその教科書に書かれてあることを理解し、同僚に何とか説明することが出来た。(自分は、このことを自慢するために、ここに書いているのではない。)

同僚は礼を言って席を離れた。しばらくして、自分の頭に、次のような考えが浮かんだ。さっき同僚が質問して来たのは、自分の実力を試すためではないか。本当はちゃんと分かっているのに、わざと尋ねて来たのではないか。自分は、そう考えてしまった。そうすると、最近、数人の同僚が、いろいろ自分に技術的なことを尋ねに来ている気がして来た。

それから、職場の同僚達は自分のことをどう思っているのだろうかと、気になり始めた。自分のことを、いろいろ試しているのでは、という気がして来た。

それから、自分は恐ろしくなった。同僚達のことを恐ろしく思ったのではない。自分は、職場の同僚に対して妄想を抱き始めているのでは、と思い、恐ろしくなったのである。自分は、同僚達が期待した程には、仕事とか研究をこなせていないのでは、と考えた。もしかしたら、自分は解雇されるのでは、とも考えた。しかし、こんな考えは単なる妄想だ、とも感じた。K先生を始め同僚達が、そんなひどいことをするとは考えられない、と思った。

それから、何が何だか分からなくなってしまった。とりあえず仕事はきちんとして、夕方、部屋に戻った。

落ち着いて考えようと思った。自分は混乱しているのだと思った。

部屋で、本を読んだりして時間を過ごした。今日は銭湯に行ってみようと思う。

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2008年7月 7日 (月)

引越しの準備 Part 2

今日は七夕である。しかし、そんなこととは関係なく、引越しのための荷造りを続ける。息子の大切にしているおもちゃやマンガも、結構気を使って丁寧に箱詰めする。息子とああだこうだ言いながら箱詰めしていて気が付いたのだが、息子は、意外にもぬいぐるみ類を大事と考えていた。自分は、ポケモン図鑑やBLEACH等の今流行しているゲーム、マンガ関係のものの方が、息子にとって大事なのではと考えていたのだが、そうではないようだった。我が家には、知り合いから旅行の土産等として頂いたぬいぐるみがいくつかある。どうした訳か、息子は最初に、それらをきちんと箱詰めしてくれ、と自分に言った。20080707blog

押入れの中を片付けていると、ときどき、すっかり忘れていたものが出て来たりする。息子が二歳頃に遊んでいたおもちゃとか、保育園の先生が手作りして下さったミニアルバム(保育園内で撮られた息子の写真を台紙に貼って紐で綴じたもの)等である。そういうのを、ついつい眺めて時間を無駄にしたりした。

一昨日の土曜日、病院からの帰りに駅前の本屋で、小川洋子著「博士の愛した数式」(新潮文庫)を買った。それで、この本を少しずつ読んでいる。それで思ったのだが、この本の作者は、この本を書くために、ものすごく数学の勉強をしたのではないだろうか。主人公の女性が、1から10までの整数の和を求めるための、より簡明な方法(まともに全部の数字を一つずつ順に足すのではなくて)を思いつくまでの描写に、自分は結構感動したりした。

明日の朝、新幹線で東京に戻り、そのまま職場に向かう予定である。結構慌しいなと思う。

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2008年6月 8日 (日)

妹夫婦の家に遊びに行く

朝起きて風呂場の掃除をする。それからビスケットとコーヒーの朝食を取る。昼前に部屋を出る。今日は妹夫婦の家に遊びに行く約束である。20080608blog_2

電車の中で瀬戸内寂聴著「わが性と生」を読む。いろいろ赤裸々なことが隠さず書かれてある。けれど、いやらしいという感じはしなかった。ただ、女性でもこんなことを考えるのかと、少し驚いたりした。

妹夫婦の家で昼食を頂く。姪っ子は歩行器で動き回れるようになっていた。妹は、自分の精神状態について心配していた。

妹夫婦はとても幸せそうだった。子供も元気に成長している。妹のだんなさんは安定した会社に勤めている。責任ある職に就いている。何の心配もなさそうだった。妹のだんなさんは自分のことを「お兄さん」と呼んでくれる。少しうれしい気持ちもするのだが、自分には不相応な気もする。

自分は家族、兄弟のみんなから心配されている。それは幸せなことなのかもしれない。けれど、時々、自分は消え入りたい気持ちになる。自分はそのような家族、兄弟からの心遣いに値するような人間なのだろうかと悩む。

妹の家で、ジャック・ロンドン著「白い牙」を読む。以前、何度も読んだ本なので、あらすじはしっかり覚えている。それでも、読んでいて思わず引き込まれてしまう。オオカミの群れは人間に対して無慈悲である。よくこんな話が書けるなと思う。ジャック・ロンドンとはどんな人だったのだろうかと考える。

妹は帰りに手作りの料理をタッパーウェア容器に入れて持たせてくれる。妹夫婦に別れを告げて部屋に帰る。

それから銭湯に行く。銭湯は近日中に値上げが実施されるそうだ。明日は早起きしようと思う。

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2008年5月24日 (土)

健康診断に行く

朝7時に目覚める。急いで身支度して地下鉄溜池山王駅近くの健康保険センターに出かける。今日はそこで健康診断を受けることになっている。20080524blog

健康診断は、半日健康ドックコースというのを予約していて、様々な検査を受ける。バリウムを飲んだり、腹部の超音波エコーの検査を受けたりする。視力が非常に落ちていて驚く。

検査終了後、付属の食堂で豪華な日本料理が出される。その後、医師の所見を聞くことになっていた。

部屋に戻って、26日(月)に水無瀬の製薬会社で行うプレゼンテーションの資料の最終チェックを行う。それから、職場に向かう。職場で待っていた同僚に、資料であるPowerPoint及びWordのファイルを手渡す。同僚は、これらをカラープリンターで印刷してくれる手はずになっている。

その後、すぐに部屋に戻って、京都への出張の準備をする。4時前後に部屋を出る。品川から新幹線に乗って京都に向かう。

新幹線車内で、大崎図書館から借りた大崎善生著「聖の青春」(講談社文庫)を読む。この本は数年前にも読んだことがある。村山聖の生涯を描いたノンフィクションである。村山聖は、5歳の頃から重い腎臓障害を抱えながら、谷川浩司、羽生善治等の強豪棋士と闘い、29歳で癌によって逝去した、広島生まれの天才棋士である。本の中で、村山聖が病気をおして谷川浩司、羽生善治等と死闘を繰り広げて勝利する場面においても、本来なら希望に満ちたシーンのはずなのに、読んでいて切ない気持ちにさせられる。新幹線車内で、不覚にも涙を流した。村山聖に最早あまり時間が残されていないことが分かっているので、そんな気持ちにさせられるのだと思う。

本を読み終えて、しばらく眠っていたら京都に着いた。京都では雨が降っていた。電車とバスを乗り継いで自宅に到着する。

ここ数日、Many-worlds interpretationについて新しいアイデアを得たような気がしている。それが本物か、それとも単なる気のせいかを確認しなくてはならない。明日、じっくり考えてみようと思う。

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2008年5月21日 (水)

藤原正彦の本を読む

今日一日、来週の月曜日に行う予定のプレゼンテーションの準備に費やされる。水無瀬の製薬会社の担当研究員の人に研究の継続を了承してもらうためのプレゼンテーションである。朝から夕方までPowerPointファイルの作成に没頭する。20080521blog

仕事を終えてから、大岡山の東京工業大学図書館に向かう。1992年のLes Houches, Gravitation and quantizationの会議録に収められているJ. B. Hartleの講義録の図面のページと、Gravitation in astrophysics, Cargese, 1986の会議録のJ. B. Hartleの論文をコピーする。自分の実力では、これらの文献を読み通すのに、かなりの時間がかかるだろうなと考える。

昨日、大崎図書館で借りた藤原正彦の「祖国とは国語」という本を読む。この著者は自分の意見をものすごく断定的に言う人だなと思った。学生時代、同じ著者の書いた「若き数学者のアメリカ」という本を読んだことがあるのだが、このときにはそのような印象は持たなかった。「若き数学者のアメリカ」は著者のアメリカでの青春が率直に書かれていて、とても面白い本だった。この著者にどのような心境の変化があったのだろうかと考える。

部屋に戻って妻に電話をする。今週末に京都に戻るときは、六枚つづりの新幹線の割引切符を買ったほうが良い、などといったことを話し合う。それから簡単な夕食を済ます。最近、食事の量が減っている。食べ過ぎるよりは良いだろうと考える。

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2008年5月11日 (日)

今日も仕事をする

昼近くに目を覚ます。インスタントのおかゆを食べる。20080511blog

午後2時頃、職場に向かう。職場で、水無瀬の製薬会社に提出する研究方針に関する提案書の草稿を書く。作業をしていると、K先生が栗羊羹を下さる。また、コーヒーも淹れて下さる。

コーヒーを頂いていると、K先生が、辰巳浜子著「料理歳時記」(中公文庫)という本を薦めてくださる。辰巳浜子という人は、昔、NHKの「きょうの料理」を担当していた人らしい。もうずいぶん前に亡くなった人らしい。K先生は、「料理の本が文庫本に収められるのは珍しいことだ。それだけ、この本が立派だということだ。」とおっしゃった。文庫本の後にある解説は荻昌弘が書いている。荻昌弘という人は自分にとっては、子供の頃、テレビの映画番組で解説をしていた人という印象がある。荻昌弘だって、ずいぶん前に亡くなった人だ。先生から本をお借りして読んでみることにする。

K先生は、東京大学宇宙航空研究開発機構で永く教授を勤められた流体力学の権威である。自分は、そんな立派な先生の下で働いている。そして、先生に親切にしてもらっている。職場の同僚も親切だ。そして、仕事の面でも自分は頼りにされつつある。精神障害の疾病を持つ自分には、もったいない処遇である。けれど自分は、個人的に量子情報理論の研究を続けている。職場の皆に内緒で研究を続けている。もう、そんなことはしなくていいではないかという気持ちもある。そんなことは止めて、流体力学の研究に専念すればいいではないかと考えることもある。けれど、止めることが出来ない。どうしてかは分からない。

Many-worlds interpretationに関する文献をもう一度丁寧に読み直そうと考える。そうすれば、何かヒントのようなものが得られるかもしれない。

部屋に戻って、NHK大河ドラマ「篤姫」を見る。今日は遅くまで仕事をするつもりである。

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2008年4月 1日 (火)

今日も仕事を休む

朝起きて、日曜日に救急の患者として診てもらった病院に料金の精算に行く。その後職場に行こうと考えていたのだが、体がだるく熱っぽくて、とても仕事が出来そうにないと判断する。職場に今日も休ませてもらえるように電話する。20080401blog

部屋に戻って、三、四時間眠る。それから昼食と夕食のお惣菜を買いに出かける。ついでに本屋で、司馬遼太郎著「花神」(新潮文庫)の上中下巻を買う。この小説は、昔、NHKの大河ドラマでやっていた記憶がある。部屋で静かに本でも読もうと考えたのである。しかし、熱とだるさのせいで集中して読むことが出来なかった。

その後、洗濯をしたりして時間をつぶす。

明日、仕事に行ければ良いのだが。

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2008年2月10日 (日)

寒月君について

朝十時半頃まで寝ている。息子が、ポケモンのゲームで分からない所があるから教えてくれと言う。それで、インターネットでそのポケモンのゲームの攻略法が書いてあるホームページを探してやる。その後、近所のショッピングセンターの電気屋へ行ってインクジェットプリンターを買う。かなり以前から自宅のプリンターは壊れていたのである。その他、東京のウイークリーマンションの部屋に宅急便で送る荷物を準備したりする。そんなことをしていて一日が暮れる。20080210blog

引き続き、夏目漱石著「吾輩は猫である」を読んでいる。この本の中に寒月君という人物が出て来る。本の後ろに付いている注釈に、この寒月という登場人物のモデルは、物理学者の寺田寅彦であると書いてある。寺田寅彦と言えば東京大学出身の異色の物理学者で、ひび割れの科学とかで統計力学の応用の先駆的な研究をした人である。しかし、小説の中での寒月君はろくなことをしていない。シイタケを噛んで前歯が欠けたり、首くくりの力学を研究したり、橋の欄干から川に飛び込もうとして失敗したりと、無意味で馬鹿馬鹿しいこと限りない。調べてみると、「吾輩は猫である」がホトトギスに掲載されたのは明治38年(1905年)となっている。1905年と言えば、27歳のアインシュタインが特殊相対性理論とブラウン運動と光量子仮説に関する三つの論文を発表し、奇跡の年と呼ばれている年である。このことを考えると、いかに日本の物理学がヨーロッパ等の西洋諸国から立ち遅れていたかがよく分かる。はっきり言って、情けない気がする。「がんばれ、寒月君」と言いたくなる。

今晩は、時間が余ったら、群論のノートを読み返したいと思う。明日は、東京に戻らなくてはならない。せめて寒月君よりは物理の研究に励みたいと思う。

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2008年2月 9日 (土)

夜行バスで京都へ

昨日、仕事を終えて、夜10時20分東京駅八重洲口発の夜行バスに乗って京都へ。翌日(つまり今日)の朝5時50分に京都駅八条口に到着。そこから、JRと徒歩で自宅に帰る。20080209blog

お昼前に高槻のかかりつけの精神科医院に行こうと外に出ると、雪が降っていてもう地面に積もっている。朝は雪などなかったので驚く。高槻の精神科医院に行くのは約一月半ぶりである。お医者さんに東京で単身赴任の形で働き始めたことを報告する。今度は永く続くようにがんばれたらいいねと励まされる。次はいつ来れるかはっきりしないので、リスパダールとセロクエルを多めに処方してもらう。また、睡眠薬も処方してもらう。マイスリーとハルシオンとロヒプノールとベゲタミンBを二週間分処方してもらう。マイスリーとハルシオンは短時間しか効かない薬で、ロヒプノールとベゲタミンBは長時間効く薬だと説明される。その日の調子に合わせて上手く使い分けるようにと言われる。単身赴任が当分続きそうだから、これらの薬を少しずつ何ヶ月かかけて使うように言われる。

昨日の夜から、時間の合間を見付けて、夏目漱石の「我輩は猫である」を読み始める。実はこれまでの人生で、夏目漱石の本できちんと最後まで読み通せたのは「坊ちゃん」だけである。「吾輩は猫である」はこれまで何度かトライしてその度に途中で挫折している。しかし、この「吾輩は猫である」を読んでみると、実にくだらない、たわいない話ばかりが延々と続けて書かれていることに驚きあきれる。これが本当に日本文学史上の傑作と呼べるものなのであろうか。もう少しまじめに、愛とか人生とか宗教について語ってもよさそうなものである。そうでなければ、もう少しドラマチックな筋書きが展開されても良いのではなかろうか。風刺文学ということなのかもしれないが、自分としては納得がいかない。司馬遼太郎の小説のようにはすいすいと読み進めない。

病院から帰って、近くのショッピングセンターで買い物をする。今夜は久しぶりに家族とゆっくりしたいと思う。

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