昨晩早めに寝たせいか、気持ちよく目が覚める。最近、朝夕の通勤バス、電車内で、ロバート・L・パーク著「わたしたちはなぜ科学にだまされるのか-インチキ!ブードゥー・サイエンス」(主婦の友社)という本を読んでいる。大岡山東京工業大学図書館で借りた本である。この本は、科学を装ったインチキ商売等を批判した本である。著者はアメリカで良く名の知られた物理学者だそうである。
日本でも、霊視等の超能力やUFO、宇宙人の目撃談を批判する物理学者が何人かいる。自分は、あまりそういうことには関心のない人間のつもりである。(正直、オカルトを世間に吹聴する人にあまり好感を持っていないのだが、それと同時に、オカルトを必要以上に執拗に攻撃する科学研究者にも、時々、違和感を感じることがある。)けれど、どうしたわけかこの本を借りてしまった。読んでみると、とても面白かった。
本の最初の方に、常温核融合騒ぎのあらまし、顛末が書かれてあった。自分も一応、物理学の世界に身を置いている(つもりの)人間なのだが、こういう、物理学上の奇抜な発見の騒ぎは、何年かおきに起こっている感じがする。自分の記憶しているものだけで、第五の力、常温核融合、回転するこまにかかる重力が右回りと左回りで異なるという話、などなどである。専門家でもだまされることがある訳で、まして、物理学の専門教育を受けていない一般の人だったら、簡単に信じてしまっても仕方のないことだと思う。
(ただし、「第五の力」は当時、非常に真剣に議論され、それらの結果が学術誌に正式に掲載された記憶がある。また、「回転するこまにかかる重力の左右の対称性が破れる」という実験結果は、Physical Review Lettersに論文として掲載されている。従って、これら二つの話題を、いわゆるインチキ科学に分類するのは行き過ぎかもしれない。単に、導き出された結果が誤りだっただけ、と言えるかもしれない。しかし、常温核融合にまつわるいくつもの出来事は、やはり、正統的な科学の手法に則っておらず、出鱈目で、悪意さえ感じられると言わざるを得ないと思う。)
ただ、この本を読んで驚いたのは、日本におけるオカルト、インチキ科学と、アメリカのそれとでは、傾向がかなり違うということである。アメリカでは、ホメオパシー(homeopathy)という科学的とは言えない治療法が多くの人に信じられて問題になっているらしい。自分は、この話を読んでも、あまりピンと来なかった。(この文章を読んでおられる方の中で、ホメオパシーを信じていらっしゃる方がいたら、ごめんなさい。しかし、アメリカで、このホメオパシーに関する問題を憂慮している真面目な研究者がいることは、事実のようです。)また、アメリカでは、UFOを見たという類の話が非常に好まれるようで、宇宙人に誘拐されたと主張する人も多くいて、そういった人々の心理的な治療(カウンセリング)を専門にしている大学の心理学の先生もいるようである。
自分は、理論物理の研究をしているのにもかかわらず、宗教的なことをわりと信じる傾向がある。というよりも、仏様や神様に関することは、形式的であっても大切にするべきと考える方である。結構、縁起を担いだり、神社等の発行している暦に従ったりする。これは、妻の影響もある。
ところで、よく、テレビ番組などで、「あなたの前世は、中世のフランスの貴族です」、とか言う霊能者がいる。それで、常々自分は疑問に思っているのだが、地球の総人口は2008年の時点で約66億人と言われている。しかし、いわゆる中世の時代である西暦1300年代は、地球の総人口は4億人前後だったそうである。すると、中世の時代に生きた人が、全員、死後、生まれ変わりとして現代に蘇っても、人数が全然足りないという事態が生じてしまう。これは、矛盾とは言えないのだろうか。
この推論に従うと、今の時代を生きている人の中で、前世が人間である人は、全体の約6パーセント程度となってしまう。すると、残りの人たちの前世は何であると説明するのだろうか。一番ありふれた説明は、その人たちの前世は人間以外の動物ということに落ち着くだろう。自分は、前世が犬であると言われても、あまり気にならないと思う。奇抜な説明としては、あなたの前世は地球外の生命体です、ということになるかもしれない。
自分は、宗教的な考えから、人の生と死に関して、生まれ変わりの考えを持つことを否定する気はない。自分の母方の祖母は、約一年間、植物人間に近い状態で病院のベッドの上を過ごし、それから息を引き取った。それから、少しの間をおいて自分の息子が生まれた。妻はしばらく経ってから、「祖母が亡くなったから、息子が生まれたのだ」、というような意味のことを自分に言った。その言葉の真意を自分は上手く理解できなかったのだが、要するに、命というものは、消えてはまた現れるものだ、ということを言いたかったようである。妻や妻の親類は、時々、このように、信心深い心の有様を伺わせるような言葉を言う。(自分の目から見て、妻の親類の多くは、神事、仏事を非常に大切にしているように見受けられる。)一方、自分には、そういう心の持ち方が、やや欠けているところがある。
今日は、そういうことを考えながら仕事をした。ガスの安全使用を促進する団体から依頼されていた、ある特定のガスの大気中での移動・拡散に関する報告書を何とか書き上げることができた。あと一回、原稿を見直して、それから提出するところまでこぎつけられた。本当は、もっと簡単に出来るのではと考えていたのだが、実際には、かなりの時間と労力をかけてしまった。でも、何とか形に仕上がったのだから、よしとしようと思った。
昼休みに、昨日、学会誌に投稿した論文を、プレプリントサーバー(arXiv.org)に登録する。誰か、読んでくれるといいのだが、と考える。
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