音楽

2009年4月29日 (水)

麻生よう子「逃避行」

今日、YouTubeで、ふとしたことから、麻生よう子「逃避行」を聴く。レコード音源をデジタル化して投稿されたもののようだった。そのため、レコード特有のノイズも混じっていた。20090429blog

自分にとって、この「逃避行」という曲は、思い出の曲である。小学生低学年の頃、テレビで聴いたことがあるらしく、イントロの「あのひとから言われたのよ、午前五時に駅で待てと」というフレーズが、大人になるまでずっと頭の中に残っていたのである。しかし、その曲を歌った歌手が誰で、何と言うタイトルの曲かは、どうしても分からずにいた。

高校生ぐらいの頃、一度、両親に、イントロのフレーズを歌ってみせて、何という曲かと尋ねたことがある。そのとき、両親は、「その曲は、ちあきなおみの歌った曲だ」と答えたのだが、自分は、「それは違う」と思っていた。

結婚してから、妻にそのことを尋ねたところ、麻生よう子の「逃避行」という曲であることを教えてくれた。(妻は自分より少し年上で、その分、昔の歌謡曲のことを良く覚えているのである。)作詞は千家和也、作曲は都倉俊一である。「逃避行」の歌詞は、以下の通りである。

「逃避行」
あのひとから言われたのよ
午前五時に駅で待てと
知らない街へふたりで行って
一からやり直すため
あのひとから言われたのよ
友達にも打ち明けるな
荷物をつめたトランクさげて
また空いた汽車を空いた汽車を
見送った
昨日の酒に酔いつぶれているのだわ
おそらくあのひとのことよ
それがなきゃいい人なのに
あきらめたわ私ひとり
キップ買う

自分は、子供心に、「なぜこの女の人は駅で待っているのに、男の人は約束どおりに駅に来ないのだろうか」と考えていた。そして、「この女の人は、男の人にだまされているのではないか」と考えたりしていた。確かに、何となくさびしい感じがするイントロである。

どうでもいいことだが、自分は、一生に一度でいいから、女性に、「午前五時に駅で待て」と言ってみたいものである。(別に、今の妻と息子との生活に不満があるわけではないのだが。)そのことを妻に言うと、「今は、男の人が駅で待っても来なかったら、すぐに携帯で連絡を取るから、この歌のような状況は発生しない」と言われた。

今日、自分は、職場から持ち帰った仕事の続きを自宅でしようと思ったのだが、結局、何もできなかった。

自分は、今、二つの悩み事を持っている。

一つは、職場の仕事が、思ったようにはかどらず、期限までに仕上がりそうにないことである。自分は、今、NVIDIA社の開発したプログラム言語CUDAで、幾何光学ソフトウェアを並列化する仕事を担当している。プロジェクトで決められている期限は、五月末である。

しかし、自分は、このCUDAという言語を、なかなか使いこなせないでいる。CUDAのプログラムそのものの書法は何とか理解できたのだが、nvccでcompileする際、リンクのオプションの仕方が良く分からず、作業が進まなくなっている。

二つ目は、量子暗号の研究が、ある難しい問題にはばまれて、先に進めなくなった事である。自分は、Eveのincoherent attackに関して分析を進めてきた。しかし、自分が調べたEveの盗聴戦略は、ある特殊な一群に過ぎず、一般的なEveのincoherent atackを網羅していないようであった。自分は、一般のEveのincoherent attackは、自分が調べた盗聴戦略の一群のどれかに、実質的に等価であると見込みを立てていた。しかし、それを厳密に証明できないでいる。

夕食時に、妻に、自分は以上の二つについて悩んでいると話すと、妻は、「仕事の方から先に手をつけるべき」と言った。量子暗号の問題の方は、別に、義務でやっている訳ではないので、後回しにしても、誰にも迷惑をかけないから、と言った。確かにそうである。自分は、仕事の方を優先させるべきである。

今日は何もしなかった。きっと疲れがたまっていたのだろう。仕事は、明日から始めれば良いと考えた。

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2009年4月18日 (土)

精神科クリニックに行き損なう

朝起きたら11時過ぎであった。今日の午前中に精神科クリニックを予約していたのだが、結局行けないこととなる。

昨日、夕飯に久しぶりにビールを飲んで、酔いが醒めてから抗精神病薬と睡眠薬を服用して寝たのだが、それがいけなかったのかもしれない。しかし、最近、職場での仕事をドタバタと片付けたり、プロジェクトが新しい段階に進んだり、といろいろあって、何となくビールを飲んでスカッとしたい気分だったのである。20090418blog

明日は、午前中から、情報処理推進機構という団体の主催する基本情報技術者試験を受験することになっている。この資格を取っておくと、ソフトウェアの仕事をする際、何かと役に立つことが多いと聞いて受けてみることにしたのである。受験勉強は、約三ヶ月前から行っている。今日、テキストを読み返して総復習をしようと思ったのだが、あまり気が乗らず、一時間半位で切り上げてしまう。

職場で、ここ一週間程、自分はCUDAというプログラム言語(環境)を勉強している。しかし、なかなか理解できなくて困っている。一難去ってまた一難という感じである。自分が困るなと感じているのは、このCUDAという言語仕様を今覚えても、あと二三年すると、もうこの言語は一般的に使われていない、という状況になるのでは、ということである。CUDAという言語は、アメリカのNVIDIAという企業が発表した、グラフィック用のチップセットで並列計算するための実行環境である。しかし、このNVIDIAという企業が今後も業績を伸ばして、この種の技術のde facto standardを打ち立てられるかどうかについては、自分は幾分懐疑的である。

CUDAは、現時点では、NVIDIA社の提供するグラフィックカード(GeForce)を搭載したコンピュータでないと動作しないことになっている。例えば、NVIDIA社がGeForceの技術を無料公開して、どのメーカーのグラフィックカードでもCUDAが使えるようになれば、この技術は永く生き残れるかもしれない。しかし、NVIDIA社がそこまで体力のある企業かどうかは、ちょっと疑問である。(何だか批評家みたいなことを言っている。)

量子暗号の計算は、何だか変な具合になっている。期待した答えと、全然違う結果が得られてしまったのである。どこかで計算を間違えたか、それとも、元々そういうモデルだったのか。いろいろ考えなくてはいけない。研究ノートをまとめたら、早々にBさんに送ろうと考えていたのだが、一つの話にきちんと仕上がるには、まだ時間がかかりそうである。

ちょっと前に、自分は、oasisの最新アルバム「Dig out your soul」をついに買った。それで、夜寝る前に聴いたりしている。以前のアルバム「Don't believe the truth」は、好きになるまでに相当時間がかかった。(別に、嫌いな曲があったという訳ではないのだが。)今回のアルバムも、ゆっくり聴いた方が良さそうである。

話はさらにoasis絡みになるが、自分は三枚目のアルバム「Be here now」を非常に気に入っているのだが、批評家によると、これは駄作ということになっているようである。また、四枚目のアルバム「Standing on the shoulder of giants」も、イギリスに住んでいた頃、何回も繰り返し聴いて、歌詞も覚えてしまったくらいなのであるが、売れ行きはさほど良くなく、oasisのメンバー自身(Noel Gallagher)も、あまり良い作品とは考えていないようである。このように、自分のロック音楽に関する好みは、世間のそれと幾分ずれている。

明日は早起きしようと思う。

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2008年11月30日 (日)

ムソルグスキーとドヴォルザークの演奏会を聴きに行く

今日(11月29日)の午前中は、Jaynes-Cummings modelの崩壊・復活現象に関する研究の続きをする。Jaynes-Cummings modelの厳密解では、しばしば、非常に取り扱いの困難な無限級数に出くわすことがある。級数のindexをnとして、nを0から無限大の和で取る際、n番目の項が、nの平方根に比例する値を変数とする三角関数となっているのである。(通常のFourier級数では、和を取る各項が、nに比例する値を変数とする三角関数の形をしている。つまり、Fourier級数は波長の比が整数倍のモードの重ね合わせになっている。物理学に出て来る級数というのは、多くがこの形と考えてよい。しかし、Jaynes-Cummings modelの厳密解では、波長の比が整数の平方根となるモードの重ね合わせが出て来てしまうのである。)20081129blog

この無限級数を上手くさばくために、自分は、Whittaker & Watsonの物理数学の教科書に出て来る、とある公式を使ってみた。(このアイデアは、もともとは、A. B. Klimov, S. M. Chumakovが考え出したもののようである。)その結果、無限級数は、1個の定数項と3個の定積分項で表すことが出来た。ここまでは良かったのだが、そこから先が進まなくなってしまった。

定積分の被積分関数に、gamma関数の-1乗が含まれていて、簡単には積分出来そうにないのである。このgamma関数は、もともとは、無限級数の各項に含まれるnの回乗の逆数を、全複素平面上に解析接続するために、自分が少々無理を承知で導入したものである。これを思い付いたときは、自分で勝手に良い工夫をしたと思い込んでいたのだが、今になって、それが仇となってしまっている。困ったものである。

この研究は、もう一つ、自分で新しいアイデアを思いつかない限り、先へは進めない気配である。早く結果を出して、年内にも新しく論文が書ければと考えていたのだが、見通しが甘かったようである。

夕方、ティアラこうとうコンサートホールに出掛ける。江東シティオーケストラの演奏会を聴きに行くためである。アマチュアの演奏会ということで、入場無料であった。ティアラこうとうでオーケストラを聴くのは、これが二度目である。

曲目は、ムソルグスキー「はげ山の一夜」、ドヴォルザーク「チェロ協奏曲ロ短調作品104」、ムソルグスキー「展覧会の絵」、であった。コンサートの途中、チェロのソリストによるアンコールが一曲演奏された。聴いたことのあるメロディーだったが、曲名は分からなかった。コンサートの最後に、アンコールでラヴェルの曲が演奏されたのだが、これも知らない曲だった。

会場は、ほぼ満員だった。自分は、このことに少し驚いた。アマチュアのコンサートなのに、大した人気である。江東区にはクラシックファンが多いのだろうか、と真剣に考えた。

自分は、「展覧会の絵」のCDを持っており、しばしば聴いているので、この組曲のメロディー、構成は、大体覚えているつもりである。しかし、実際に演奏されているのをこの目で見て、いろいろ新たな発見があった。特に、この「展覧会の絵」という組曲では、打楽器類が非常に多用されているということに気が付いた。ティンパニー以外に、シンバル、木琴、トライアングル、銅鑼、それから名前も知らないすりこ木のような音を出す楽器まで、いろんな種類の打楽器が効果的に使用されていた。打楽器奏者も4人ぐらいいて、演奏中しょっちゅう立ち位置を変えて、順次、各楽器を使い分けていた。曲の最後の場面(「キエフの大きな門」のラスト)では、銅鑼の物凄く大きな音が鳴り響き、結構、度肝を抜かれた。CDを聴くだけでは想像できないシーンであった。

例えば、モーツァルトやベートーヴェンの交響曲では、このような、派手な打楽器の使い分けは、ちょっと考えられないのでは、と思ったりした。「展覧会の絵」は1874年にムソルグスキーが書いたピアノ曲を、1922年にラヴェルという人がオーケストラ用に編曲し直した、ということである。自分は、古典的な音楽の年代から離れた、ラヴェルという20世紀の人でなければ、こんな編曲は出来なかったのでは、と考えた。(この考えは、単なる自分の見当はずれかもしれない。自分は、格別、クラシック音楽に詳しいわけではない。このラヴェルという昔の有名な作曲家の編曲に対する自分の持った感想は、単なる素人の持った感想に過ぎない、と考えて、読み進めて下さい。)

理論物理においても、古典的な物理と現代的な物理(量子力学)の分類は、極めてはっきりとしている。(そうでもないという意見も存在するのだが。)自分は、組織立った理論物理を最初に建設した人は、やはりニュートンだろうと考えている。理論物理と数学の交流を最初に明確にしたのも、やはりニュートンだと思う。

その後、理論物理は、ファラデーやマクスウェルの電磁気学、アインシュタインの特殊相対性理論、一般相対性理論へと発展を遂げていく。(マクスウェルとアインシュタインの間にも、様々な理論物理の発展はあったわけだが、ここでは省略する。熱力学、統計力学、流体力学等の発展も重要だが。)アインシュタインの一般相対性理論(1915年)で、古典物理学は完成されたと考えていいだろうと思う。(もちろん、カオス系等の古典物理学における重要事項の再発見は、20世紀の後半で強く認識されるに至っているのだが。)

1925年に産声を上げた量子力学を筆頭とする現代物理学は、やはり、これらの古典物理とは大きく世界観がかけ離れていると思う。音楽や美術(絵画)の世界で、古典的な芸術と現代的な芸術が対比されるように、理論物理においても、古典論と量子論は、強く対比される構造を持っていると、自分は考えている。

自分は、大学院生時代、1980年代後半からの数理物理の発展を追いかけざるを得ない立場にあった。そうしないと、博士論文が書けない状況だったのだ。超弦理論の発展があって、それに誘発された数理物理をマスターしないと時代に乗り遅れてしまう感じがした。conformal field theoryを初めて勉強したときは、出来のいいパズルの話を聞かされているようで、「これって物理と言えるのだろうか」、と不思議に思った記憶がある。

しかし、では、自分は、そのような1980年代後半からの、現代的な物理数学をきちんと理解出来たかと言うと、答えはノー(「否」)である。大学院生時代、自分は五里霧中の中にいて、溺れかけているような状態だった。新しい物理数学の波に全く乗れていなかった気がする。

今の素粒子論は、一体どんな状況にあるのだろうか、と時々ふと考えたりする。M-theory等の登場を耳にするが、それがどんなものなのか、自分の理解の範疇を完全に超えた存在のような気がする。

今日は、アマチュアのクラシックコンサートをきっかけにして、いろんなことを考えてしまった。(この文章は、11月29日の夜11時過ぎに書き始めたため、書き終わった時点で、翌日の11月30日の日付となってしまいました。)

11月30日の出来事をここに書くことにする。

朝起きて、Jaynes-Cummings modelの崩壊・復活現象に関する研究の続きをする。Jaynes-Cummings modelの厳密解には、取り扱いに苦労する複雑な形をした無限級数が出て来る。自分は、この無限級数を、何とかして、数個の定積分項に変形することが出来た。(その際、A. B. Klimov, S. M. Chumakovの論文で提案されている方法を採用して、Whittaker & Watsonの物理数学の教科書に掲載されている公式を使用した。)しかし、得られた表式に対して、解析的に積分が実行出来なかった。そこで、試しにMathematicaで数値計算をさせてみる。しかし、被積分関数が、高速で振動する三角関数を含んでいるため、なかなか積分値が収束してくれない。

しかし、どうにかこうにか、いろいろ計算してみて、何となく様子をつかむことが出来た。自分が当初予想していた筋書きとは、少し違う展開になりそうである。それでも、何とか一つの話にまとまりそうな感じがしてくる。それで、これまで計算してきたことを改めて原稿として書いてみることにする。

妻から、「あなたは、いろんなものを、部屋のあちらこちらに置いて、とても邪魔だ」、という意味のことを言われる。それで、少し、本やノートを片付けたりした。

今日はNHK大河ドラマ「篤姫」を見て、早めに寝ようと思う。

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2008年10月25日 (土)

アイヴズに関する取り違い

午前中、精神科クリニックに向かう。お医者さんに、転職先がなかなか見付からないことを話す。「自分が統合失調症であることをオープンにして就職活動をすべきかどうかで悩んでいる」、という内容の相談をする。お医者さんは、「オープンにすべきでない」、との意見のようであった。「常識的に考えて、企業の人事担当者は、精神病患者を採用するのを、ためらうだろう」、とのことであった。正直、自分はどうして良いか分からないでいる。お医者さんと相談して、かえって頭の中が混乱する結果となった。20081025blog

自宅アパートに戻って、数ヶ月前にarXiv.orgにuploadした論文の手直しをする。そして、自分は、あまり深く考えずに、その手直ししたばかりの論文原稿を、学術雑誌に再投稿してしまった。もっと時間をかけた方が良いのに、と少し後悔したが、「もうこれ以上、この論文について、くよくよ悩むのに、おさらば出来た」、と考え直す。少し、さばさばした気持ちになれた。結局、これでいいのだろう、と考える。

先日、目黒区立洗足図書館で、アイヴズというアメリカの現代音楽作曲家のCDを借りたのだが、今日になって、そのCDケースの表示、解説パンフレットと、CD自体が一致していないことに気が付いた。CDケースには、アイヴズの交響曲「アメリカの休日」および「ニューイングランドの3つの場所」という曲が収録されていると表示されているのに、中に入っているCD自体に収録されている曲は、アイヴズの交響曲第2番と第3番であった。ちなみに、解説パンフレットは、交響曲第2番と第3番の説明が書かれていた。

誰かが、CDとケースをごっちゃにして、取り違えたのだろうか。図書館の人も気付いていないようである。ちなみに、CDケースに表示されている指揮者も、CD自体の収録曲の指揮者も、どちらも、ユージン・オーマンディという人であった。これも、取り違いが起こった原因の一つではと思われる。

アイヴズという人は、生涯、アマチュアの作曲家で通した人のようである。自分も、アマチュアとして量子情報理論を研究している。それで、少し、アイヴズという人に関心を持った。アマチュアだから、理論物理の研究をしたり論文を書いたりしてはいけない、という法律は、幸い今のところ、どこの国にも無いようである。だから、自分は間違ったことをしているわけではない、と考えている。

先日、Oasisの最新アルバムが発売された。また、Guns n' rosesの最新アルバム「Chinese democracy」も、近々発売される予定とのことである。Guns n' rosesが、オリジナルアルバムを発表するのは、実に17年ぶりだそうである。アルバムタイトルが「Chinese democracy」になるらしいということは自分も数年前から、音楽関連の雑誌で読んで知っていた。(もしかしたら、そのことを読んで知ったのは十数年前のことかもしれない。)Guns n' rosesには、最早オリジナルメンバーは、ヴォーカルのアクセル・ローズ一人しか残っていない、との報道も聞いていた。はたして、アクセル・ローズは、「Chinese democracy」を完成させることが出来るのだろうか、と自分は心配しながらも注目していた。しかし、ついに完成されたようである。前作、黄色と青色の2枚のアルバム「Use your illusion I, II」を自分は非常に熱心に聴いた。その時期が、今から17年前というのは、非常に感慨深い。とにかく、素晴らしいことである。

Oasisの新作も、Guns n' rosesの新作も、生活が落ち着いたら購入しようと考える。

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2008年9月 6日 (土)

オーケストラを聴きに行く

今日、午後2時から開演のオーケストラの演奏会を聴きに、ティアラこうとうに行く。霞ヶ関フィルハーモニー管弦楽団というアマチュアの楽団の定期演奏会ということであり、入場料は無料であった。20080906blog

演奏曲目は、メンデルスゾーン「真夏の夜の夢」序曲、チャイコフスキー幻想序曲「ロメオとジュリエット」、ドヴォルザーク交響曲第9番ホ短調作品95「新世界より」の、三曲であった。ドヴォルザークの「新世界より」が無料で聴けるということなので、行ってみようと思い立ったのである。

会場の客席は、2/3くらいが埋まっていた。この楽団は、霞ヶ関周辺で働いている公務員の人たちが中心になって結成されたということである。省庁の官僚と言われている人たちの楽団なのかもしれない。しかし、会場に来ているお客さんたちは、若い人から年配の人まで様々で、皆普段着であった。いかにも官僚っぽい人は見かけなかった。(そんな人、いるわけないか。)とにかく、楽団員の家族の人たち、もしくは、音楽好きの人たちが集まったという風で、いい感じである。

(なお、このブログのページに載せている画像は、演奏会が始まる直前の、団員が席に着く瞬間に、携帯電話で撮影したものです。指揮者が入場する際に、携帯電話の電源を切りました。演奏中は携帯電話の電源を切るようにとの指示が、会場のアナウンスでありました。)

演奏は素晴らしかった。セミプロ級かもしれないと思った。(多分、そうなのではと思う。)自分は熱心なクラシックファンではないので、この楽団の演奏レベルがどれほどのものなのかを述べる資格が自分にあるとは思えない。しかし、自分としては、演奏を聴いて非常に満足した。(自分は、「新世界より」の演奏を聴いて、自分の持っているCDと同じメロディーだ、と喜んでいるような程度のクラシックファンである。)この楽団は、指揮をプロの人に依頼しているようであった。アマチュアと言えども、演奏技術の向上に真剣に取り組んでいるのかもしれない。

アンコールでは、チャイコフスキー「くるみ割り人形」の「花のワルツ」が演奏された。この曲は、自分の知っている大好きなクラシックの曲の中の一つなので、とてもうれしかった。「新世界より」といい、「くるみ割り人形」といい、このオーケストラはメジャーな曲を演奏する傾向があるのでは、と思った。ここの楽団員の人たちはサービス精神が旺盛なのでは、と思った。

演奏会が終わったら、どこにも寄らずに、自宅アパートに帰った。

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2008年9月 1日 (月)

フジ子・ヘミングのCDを借りる

昨日、日曜日に大崎図書館に行ったのだが、そこで、「フジ子・ヘミングの奇蹟」というタイトルのCDを借りた。フジ子・ヘミングという人のことは、以前、ビートたけしのテレビ番組で紹介されているのを見て知った。とにかく、才能豊かなピアニストなのだが、若い頃からとても苦労している人、ということだった。それで、その人のCDを借りてみようかなと思っていたのだが、いつも貸し出し中のようであった。それが、昨日、たまたま棚に置いてあるのを見付けて、借りてみたのである。20080901blog

テレビで評判になっているから借りてみるというのは、我ながらミーハーだなと思うのだが、とにかく借りて聴いてみた。リストとショパンの名曲集ということであった。自分は、これとは別に、「ショパン名曲100」というCDを持っている。(6枚組みで3000円だったので、安いと思って買ったのだ。)それで、フジ子・ヘミングさんのショパンの演奏と、自分の以前から持っているCDのショパンの演奏に、違いがあるのだろうかと考えたのだが、あまりよく分からなかった。これでは、わざわざフジ子・ヘミングさんのCDを借りた意味が、あまりないような気がした。自分のクラシック音楽に対する感性は、所詮、その程度のものなのだなと考えた。

今日は、職場で製作する来年用のカレンダーのグラフィックスの準備の仕事をした。ハーベイ・ゴールド、ジャン・トボチニク著「計算物理学入門 」(ピアソンエデュケーション)という本を読んでいたら、パーコレーションで銀河形成の様子をシミュレーションをする方法が説明されていた。これは、L. S. Schulman, P. E. Seiden, 'Percolation and Galaxies', Science 233, 425 (1986)の仕事を紹介したものであった。L. S. Schulmanという人のホームページを見てみると、この論文のPDFファイルがダウンロードできるようになっていた。(これは、出版社の版権を無視しているので、厳密には法律違反なのでは、と思ったのだが、親切と言えば、確かに親切である。)それで、読んでみて、面白そうなので、何とか自分でやってみようと考えた。

ハーベイ・ゴールド、ジャン・トボチニクの「計算物理学入門 」のテキストには、このシミュレーションを実行するためのプログラムが掲載されていた。しかし、そのプログラムを見ても、自分は、あまりよく理解できなかった。それで、自分で一からプログラムを書いてみることにした。また、グラフィックをカラーにしたりして、自分なりの工夫を付け加えられそうだと考えた。

そんなわけで、今日は色々、プログラムを書くための下計算等の準備をしたりした。

夕方、スーパーに寄って、シュウマイとサラダを買って、アパートに帰った。

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2008年8月16日 (土)

ブラームスと和田アキ子

朝から、論文を書く作業に没頭する。数日前に仕上がったJaynes-Cummings modelに関する計算結果を論文にまとめている。すんなり学術雑誌に掲載されればいいなと考える。前に論文を書いたのは去年の11月頃だから、結構間が開いてしまったなと考える。20080816blogjpg

CDを聴きながら論文の原稿を書く。昨日、品川区立大崎図書館からクラシックのCDを10枚借りて来たのである。

ブラームスの交響曲第1番ハ短調を聴く。子どもの頃、NHKの「みんなのうた」で、和田アキ子が「旅立ちのうた」という曲を歌っていたのを聴いた覚えがある。歌詞の出だしは、「私はビルの谷間を抜けて」というのだったと記憶している。しばらくしてから、この曲は、ブラームスの交響曲第1番のフレーズを編曲して歌詞を付けたものだということを、誰かから教えてもらった。それで、以前から、ブラームスのこの曲を全部通して聴きたいと思っていたのである。CDを見ると、ギュンター・ヘルビッヒ指揮、ベルリン交響楽団とクレジットされてある。この指揮者が世界的に有名なのか、ベルリン交響楽団が評判の高い楽団なのか、クラシックに詳しくない自分には今一つ良く分からない。けれど、聴いていて、元気の出そうな演奏であった。

ちなみに、和田アキ子の歌声を「みんなのうた」のこの曲で聴いて、和田アキ子という人はバラエティ番組の出演が多いが、本当は歌が大変上手な人なのだと認識した覚えがある。でも良く考えてみたら、毎年、紅白歌合戦で見かけているような気もするので、多くの人から立派な歌手として評価されているのかもしれない。今度、テレビで和田アキ子さんが歌っているところを見かけたら、できるだけ注意深く聴くことにしようと考えた。

今日は、洗濯もした。部屋の掃除は明日することにする。昼食にそうめんを食べた。

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2008年7月 6日 (日)

引越しの準備をする

今日は一日中、引越しのための荷造りをする。引越し業者から手渡された段ボール箱50箱に、どんどん家の中の荷物を詰めて行く。それなりに大変な作業だった。息子も手伝ってくれる。夕方頃、このままでは段ボール箱が足りなくなることに気付き、引越し業者の担当の人に追加の段ボール箱をお願いする。20080706blog

最近、よくYouTubeでDavid BoeieのHeroesという曲のpromotion videoを見ている。1977年作だから、今から三十年以上前の曲ということになる。けれど、全く古さを感じさせない出来である。

歌詞も何となくいい感じである。冒頭、David Bowieは、「僕は、君がイルカみたいに泳げたらいいのにと思う」、と歌っている。そして、曲の途中で、「僕達は、たった一日でヒーローになれる」、と歌っている。何となく、元気にさせられる歌詞である。

明日も仕事を休ませてもらって、引越し準備に励む予定である。

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2008年3月16日 (日)

散髪に行く

今日は、散髪に行ったり、ホワイトデーのためのお菓子(マドレーヌ)の詰め合わせを買ったり、背広をクリーニングに出したりと、細々とした用事をこなす。20080316blog

最近、YouTubeで安室奈美恵の「A walk in the park」という曲を熱心に聴いている。自分は、格別、安室奈美恵のファンというわけではないのだが、この曲だけは非常に気に入っている。曲だけでなく、歌詞も良いと思っている。特に、「地球は私にも今日は優しい」というフレーズは、イメージが大きく広がる感じがする。

今日も、H. Everettの'Relative state' formulationの原論文を読む。量子力学における状態の収縮を取り除きたいという趣旨の論文である。出てくる数式は全く難しくないのだが、その意味を汲み取るのに手間取っている。きちんと理解するには、もう少し時間がかかりそうである。

昨日、次のようなことに気付いた。大崎図書館から借りたoasisのベストアルバム「Stop the clocks」のCDに付属しているブックレットを何気なく読んでいた。そこに、「Wonderwall」という曲の歌詞の日本語訳が載っていた。

自分はこれまで、この「Wonderwall」という曲は男性(ノエル・ギャラガー)が(女性の)恋人に語りかける内容の曲と解釈していた。もっと詳しく言うと、理由は分からないのだがとにかく世間から非難されている恋人を励まし、その恋人が自分の心の行き着く先(wonderwal)であると歌っていると解釈していた。自分は、この、「Wonderwall」が収録されているCDを輸入版で購入していたので、歌詞の日本語訳を見たことがなく、英語の歌詞を読んで自分で勝手にそう理解していたのだ。

しかし、そのブックレットに載っている、「Wonderwall」の日本語訳では、あまり恋人というニュアンスが読み取れなかった。よく読むと、男性が自分の恋人に語りかけている曲であることが何とか分かるのだが、翻訳で使用されている語句は硬い感じで、ラブソングという印象が薄くなっていた。どちらかと言うと、非常に理詰めの言葉を連ねた歌詞となっていた。

特に、翻訳では恋人のことを「お前」と呼んでいる。そして、使われている言葉に論理的な単語が多く、簡単には「お前」と呼びかけている相手が異性とは気付き難いようになっている印象を持った。自分としては、「君」と訳した方が良いのではと感じた。また、翻訳で出てくる他の言葉も、もっと平易な単語にした方が良いのではと感じた。

自分は、この日本語訳を非難しているのではない。専門家が訳しているのだろうから、こちらの方が正しいニュアンスを伝えているのだろうと思う。ただ、とにかく、その日本語訳の歌詞の内容および調子は、自分が普段から考えていた「Wonderwall」と全く異なるものだった。

自分は、これらのことに少し驚いた。極端な話、自分の英語力が否定された気がした。それとも、本来、ロックの歌詞というものは読み手によってこんなにも想起されるイメージが異なってしまうものなのだろうか。これからは、人様に、自分は英語が読めるなんて言わない方が良いなと感じた。

今週末は、仕事もなく、ゆったりと休息することができたのだが、それでも時折、気分が沈みこむことがあった。特に、論文を読んでいるときがそうであった。過去の妄想の内容が心の中に現れたりした。また、道を歩いているとき、一度だけ、知らない人に注視されているような感覚があった。この感覚は、病気の症状がひどかったときは頻繁にあったのだが、最近はすっかり消えたはずのものだった。あまり良い気持ちはしなかった。

夕方、妻にメールした。NHK大河ドラマ「篤姫」を久しぶりに見た。

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2008年2月27日 (水)

疲れる一日

朝5時に目を覚ます。完成させた論文原稿をアメリカの学術雑誌編集部に送る。前に投稿した原稿に計算ミスが見付かり、書き直したものを送る旨の手紙を添える。coldplayの2003年ライヴ盤CDを聴きながら作業を行う。このCDは図書館から借りたものである。今度の週末に返却に行かねばと思う。20080227blog

午後、仕事で川崎にある鉄鋼関係のメーカーの技術者(研究者)の元へ。熱流体シミュレーションの解析結果を説明する。厳しい質問、と言うより追及、が行われる。自分が役目を果たせたかどうか良く分からない。

仕事の帰りにお惣菜屋で、ゼリー入りトマトサラダを買う。何だか珍しそうなサラダだなと思ったからだ。

部屋に戻って、妻にメールする。今日は疲れる一日だった。でも、困った症状のようなものは出なかった。一年前の今頃は、緊張したりストレスにさらされると体が揺れて止まらなかったが、今はそういうことはない。

最近、またロックが聴きたくなって来た。このところ、クラシックのCDを中心に聴いているのだが、YouTubeでoasisなんかの映像を見て、やっぱり自分はロックが好きなんだなと再確認する。暇なとき、YouTubeでRandy Rhoadsの在籍していた当時のOzzy Osbourneバンドの演奏の様子を記録した映像を見たりしている。Randy Rhoadsは、I don't knowなどを演奏している。テレビ番組のリハーサルの様子のように思える。観客のいないスタジオのような所で録画されているからだ。Randy Rhoadsは不運にも若くして亡くなってしまったわけだが、こうして記録映像が残っていることは感無量である。

明日はいつもより少し遅く起きて、ゆっくり目に仕事に出かけようと思う。

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2008年2月23日 (土)

春一番

朝起きて洗濯と掃除をする。昨日、職場の同僚、神戸の化学メーカーの研究員の人たちと駅前の居酒屋に行く。そのため、今朝はやや二日酔い気味である。20080223blog

学生時代からの友人の中国人のSさんとメールする。来週末に会うことを約束する。

妹夫婦のマンションに行く。昼食をご馳走になる。自分の姪にあたる生後6ヶ月の赤ちゃんは元気であった。妹のだんなさんはTOTOのCDを聴いていた。St George and the dragonを聴いていた。自分も初期のTOTOの大ファンである。そのことについてもっと話したかったのだが、なぜか話せなかった。

妹夫婦と昼からカニ鍋をご馳走になったのだが、そのとき、窓の外はすごい風が吹いていた。春一番ということであった。

今日は何もする気が起きない。疲れ気味である。昨日ビールを飲み過ぎたせいかも知れない。

部屋に帰って訳もなく気分が落ち込む。今日店員さんにおつりが違っていることを告げた。おつりを多くもらい過ぎていたのだ。その言い方が唐突だったようで、店員さんは少し驚いたようであった。そんなことを思い出して気分が沈む。妹のだんなさんとも、もっとましな会話をすべきであったと思い、また落ち込む。

昨日、アルコールを飲んだのでセロクエルを服用しなかった。そのせいで気分が落ち着かないのだろうかと考える。一日薬を飲まなかったぐらいで、そんなにすぐに影響が出るものだろうか。このことについて考えるのは止めよう。

明日は論文の手直しをしようと思う。

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2008年2月19日 (火)

coldplayを聴く

久しぶりにすっきりした気持ちで朝5時に目覚める。昨日の夜9時ごろにベッドに入ったおかげだと思う。論文の訂正作業を行う。図書館から借りたcoldplayの2003年ライヴ盤CDを聴きながら、論文原稿の手直しをする。どの曲もいい曲だと思うのだが、特にClocksとIn My Placeが気に入っている。きりのいい時間で作業を終える。少し早めに仕事に出かける。20080219blog

職場で、まだ誰も来ていない時間に群論の勉強をする。無限巡回群は組成列を持たないことを長時間かけてやっと理解する。同僚が到着し始めるのを見計らって勉強を終える。

流体シミュレーションの仕事があまり上手く行かない。非圧縮性粘性流体と固体の熱伝導を組み合わせたような問題に取り組んでいるのだが、時間スケールの調整が正しく出来ていないようで、同僚と議論する。今日は普段より遅くまで仕事をする。

仕事の帰りに、お惣菜屋で春雨の和え物、鳥の唐揚げ、コロッケを買う。部屋に帰って妻にメールする。

ときどき、昔のことが頭の中をよぎる。昔といっても、十年くらい前から数年前までの期間のことで、特に学会に参加していた際の記憶がフラッシュバックする感じである。すでに統合失調症(もしくは妄想性障害)の症状が出ていた時期の記憶である。そんなとき、何だか心の中がざわざわして落ち着かない気持ちになる。こういったことは一過性のもので、時間が経てばなくなると思う。とにかく、規則正しく静かな生活をして、気持ちの調子を整えようと思う。

今日も早めに寝ようと思う。

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2008年1月28日 (月)

四川風麻婆豆腐

朝起きて、こりずにJaynes-Cummingsモデルの論文の手直しをする。昨日Bose, Fuentes-Guridi, Knight, Vedralの2001年頃出された論文(プレプリント)を読んで、自分がこれまで計算してきた物理量は、二準位原子と熱的光子場との間の量子もつれ合い量の下限を与えていることに気付く。それで、その線に沿って書き直そうと考えたのだ。落ち着いて考えてみると当たり前のような気もしてきて、わざわざ論文に書く必要もないのではないかとも思えるのだが、他にいいアイデアもないわけで、とにかく書いてみることにする。20080128blog

論文の手直しをしながら、昨日図書館で借りてきたCDを聴く。クラシックのCDだった。最近、ロックを聴いていない。別に嫌いになったわけではないのだが何となく遠ざかっている。もっとも、東京に来るときロックのCDを一枚も持って来なかったので、聴こうにも聴くことが出来ない状況にある。今度図書館に行ったらロックのCDを借りてみようかなと思う。coldplayなんか借りられたらいいなと思う。以前からcoldplayをアルバムを通して聴きたいと思っている。

その後、仕事に出かける。今度一緒に仕事をする神戸の化学メーカーの研究者の人たちに見せる資料について、同僚と検討する。自分の書いた資料は分かりにくいということになり、一部書き直すことにする。そのことで一日が終わる。

夕方、仕事帰りにお惣菜屋さんに寄って四川風麻婆豆腐を買う。自宅に電話をかけて、妻と息子と話す。息子は、自分が永く家を空けていることについてあまり気にかけていないようだった。何となくがっかりする。

仕事は一応出来ているようだ。毎日の生活もうまく行っている。以前のように妄想が現れるということもない。薬もきちんと服用している。出来ればもう少し職場の人と気軽に話せたらと思う。

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2008年1月19日 (土)

品川区立大崎図書館

午前中、部屋の掃除をする。それから、品川区立大崎図書館に出かける。閲覧室の席に座って三時間ばかり物理の本を読む。この図書館でCDを借りられることに気付き、何か面白そうなCDはないかと探してみる。20080119blog

クラシックのCDの棚で、シェーンベルクの「浄夜」というタイトルを見つける。以前、中学、高校、大学を通しての同級生で大のクラシックファンのIから、現代音楽の作曲家としてシェーンベルクの名を教えてもらっていた。では、シェーンベルクとは一体どういう音楽を作曲する人なのだろうと思い、借りてみることにした。結局、シェーンベルクのCDを二枚、エリック・サティの名曲集を一枚借りた。そう言えば、Iは最近どうしているだろうか。このところずっと連絡を取り合っていない。

部屋に戻ってシェーンベルクの「浄夜」を聴いてみる。何だか良く分からない音楽だった。モーツァルトやショパンみたいな普通のクラシックの曲とはだいぶ違う。覚えやすいメロディーが出て来ない。でも、何回も繰り返し聴けば良さが分かるかも、と思うことにする。

妻から宅急便が届く。チョコレートパンが一個入っていて、それを遅い昼食として食べた。

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